七日目(月) 文化祭準備の参加率が二割だった件
ガラケーの俺はSNSのグループに入っていないため、アキトに連絡を頼んだ八月初日。男子はアキト以外に葵しか来ておらず、女子は冬雪の他に川村を含めた文化祭係の女子三人が集まった。
残り三十人以上は都合が悪かったらしく、参加率は二割程度。驚異的な数字ではあるものの予備校なら仕方ないし、文化祭準備なんて普通はこんなもんだろう。
そもそも一年や二年の文化祭で積極的に参加していなかった俺に責める資格はないため、特に気にすることもなく来てくれたメンバーに大体の工程の説明をしていく。
「――――ってことで、まずは壁部分から作る感じだ。何か分からないことがあったら俺かアキトに聞いてくれ。一応作るダンボール一覧の紙は、冬雪にも渡しておくから」
「……(コクリ)」
頷く少女に渡したルーズリーフには番号・寸法・装飾・収納場所・使用場所・備考を表にして書いており、約五十枚の用意すべきダンボールが二枚に渡って記されている。
完成した物を一時的に保管しておく収納場所の欄はまだ空白だが、仮にロッカーの隙間に挟み込んでおくとしたら『1―①・225×110・白紙(小絵)・前ロッカー・C―2(1)左手前壁』といった感じ。番号は俺の持っている見取り図と対応しており、これらがあれば組み立てる際にも一目瞭然という訳だ。
「これー、よねくら君が作ったのー? 凄くなーい?」
「何これっ? 超凄いんだけど!」
「別にそんなことないって」
とにかくやるべきことが多過ぎるため、何をすればいいのかわからないなんてことにならないようにまとめただけなんだが、予想以上に驚かれて少しテンションが上がる。
ただこの表もアキトみたくパソコンに詳しい奴が作ったら、俺よりも時間を掛けずに効率良い物ができたに違いない。俺にもそういう技術があれば良かったのにな。
「とりあえずこっちは1―①を作るから、そっちは1―②を頼む」
「おっけー」
教室のスペースを考えると、同時に作れるのはせいぜい二枚。人数も均等に近いため、男女で分担してダンボールの切り貼り作業を進めていく。
本来ならアキトは貴重な大工要員。ドリルやサンダー(魔法ではなく研磨用の工具)を使ってドア枠を作ったり、はんだごてを使ってダイオードの準備なりをしてもらいたいところだが、今はアキト以上に貴重な美術要員のために壁作業を手伝ってもらった。
「さ、櫻君。カッター使わないの?」
「米倉氏にカッターを持たせると死人がでるお」
「えっ?」
「間違ってないな。俺がカッターを使うと、折れた先っぽが手裏剣みたいに飛ぶぞ?」
「えぇっ?」
「あるあ……ねーよ」
「本当、苦手なんだよ。カッターって使ってるとこう、切ってる最中に引っ掛かったりするだろ? それでそのまま強引にいこうとしたらボキッてなってさ。後は前に机の上で作業してたら、カッターマットを敷いてたのに机が傷だらけになったこともあるな」
「そ、そうなんだ」
「不器用乙」
「いいんだよ。ハサミっていう文明の利器があるんだから」
他愛ない雑談を交えつつダンボールを切り貼りしていく。女子は女子でお互いの近況や最近のトレンドについて話しており、中々に盛り上がっているようだ。
女性陣は主に部活を引退した運動部メンバーばかりだが、葵はまだ八月末にコンクールを控えている音楽部。今日は忙しい中にも拘わらず駆けつけて来てくれた。
「おっしゃ! 一丁あがりっと」
そんな友人に感謝しつつも、桜桃ジュースで水分補給しながら汗を拭いつつ作業すること十数分。長い作業の始まりとなる一枚目、225×110の壁が完成する。
マジックでしっかり『1―①』とわかるように書いた後で一旦ロッカーに立てかけると、休む間もなく次の壁である1―③の制作へと移った。
「できたよー」
「サンキュー。そしたらそれもロッカーの所に置いといて、次は3―①を頼む」
「3―①って、この225×150っていうのでいいんだよねー?」
「ああ。宜しくな」
「はいはーい」
そんな調子で作業を進めてスタート直後にある三つのドアの両脇の壁、1―①から1―③の三枚と3―①から3―③までの三枚、計六枚の第一段階が無事に完成した。
ここで今まで手伝ってくれていたアキトは、ドア枠の下準備へと移行する。こちらは一つ目の工程に全員が慣れてきたところで、別の工程にも取り組めるように指示を出した。
「次は2番と4番、どっちを作ればいいのー?」
「いや、こっちと同じで紙を貼る作業を頼む。装飾の欄に白紙って書かれてたら、このA3用紙をこんな風にのりで貼ってくれ。緑紙って書かれてたら、そこにある緑色のA3用紙を貼っていく感じだから」
一足先に葵と二人で貼る作業していた俺は、作業途中のダンボールを見せつつ説明する。寸法通りに作り上げた壁の大半は森で使われるため、装飾の半分近くは緑紙だ。
しかしながら壁作りは、上から絵を描くことになる白紙を貼る物を優先している。その理由は俺達のクラスに美術部員が
その如月も昨年ブラックライトアートを描いていたように、今年も美術部の展示準備で忙しく中々時間は取れない様子。そのためせっかく来てくれたときに描く作業がないなんてことが起こらないよう、早目に六枚のキャンバスを作らなければならない。
「じゃあこの黒聞紙っていうのはー?」
「そこは後半のお化け屋敷部分の壁で、墨で黒く塗った新聞紙を貼る予定だ」
「ふーん。そーなんだー」
「黒いゴミ袋を買って貼る方が早くない?」
「それも考えたんだけど、縦に2m、横に30m分は必要だから予算的に厳しくてさ」
「そっか。変なこと言ってゴメンね」
「いや全然。何か気付いたことがあったら遠慮なく言ってくれ」
女子に納得してもらえたところで作業再開。俺は自前のスティックのりをA3用紙の輪郭に沿って塗り、それを葵にパスしてペタリとダンボールに貼り付けてもらう。
やがて六枚のうち四枚の壁が真っ白になって絵を描ける状態になったところで、日が沈み始めてきたため今日の作業は終了。今いるメンバーに都合が良い日を聞いた結果、次の準備日は明後日に決定した。
「俺とアキトは夏期講習があるから、ちょっと遅れると思う。悪いけどその間は残った二つの壁に白紙を貼る作業を優先して、それが終わったら壁作りの方を番号順に進めておいてくれるか? 何かハプニングがあった時は、新聞紙を墨で塗る作業を頼む」
「おっけー」
「それじゃ、お疲れさん」
「うん。お疲れー」
自分達がいない時の指示も出したところで女子達は解散。去り際に「これを五十枚ってヤバくない?」といった会話が聞こえたが、明後日も来てくれるだろうか。
「しかし米倉氏はリーダー気質がありますな」
「え……そんな調子こいて偉そうにしてる感じだったか?」
「いやいや、悪い意味ではないでござる。実に的確な指示だったお」
「う、うん。僕もそう思う」
「そうか?」
俺がリーダーっぽいことをやっていたのなんて、せいぜい小学生の頃まで。今は絵も描けないし工具も扱えない自分にできることを、精一杯やっているだけに過ぎない。
「それじゃ乙だお」
「が、頑張ろうね」
「ああ。二人ともサンキューな…………ん?」
昇降口を出て電車組の二人に別れを告げたところで、女子達と一緒に帰っていた筈の冬雪が戻ってくる。俺同様に不思議に思ったアキトが、すれ違いざまに声を掛けた。
「冬雪氏、どうかしたので?」
「……定期置いてきた」
それはまた随分な忘れ物である。
教室へ戻っていく少女を見ていた俺は、何となく気になり一緒になって引き返した。
「……あった」
しかしながら、どうやら無駄な心配だったらしい。
忘れた場所に見当はついていたようで、冬雪はロッカーの上に置きっぱなしだった定期入れを無事に発見。それを見て一安心した俺は、少女と共に再び昇降口へ戻った。
「……ヨネ、ちょっと待ってて」
「ん?」
そう言うなり、何を思ったのか自販機へ向かう冬雪。数十秒ほどした後で、少女は桜桃ジュースのペットボトルを大事そうに抱えて戻ってくる。
「……お礼」
「お礼って、定期を見つけたのは冬雪だし俺は何もしてないぞ?」
「……そうじゃない。私、評議委員らしいこと何もできてないから」
「そんなことないっての。こうやって準備を手伝ってくれてるだけで感謝だよ」
「……じゃあ、お礼じゃなくて応援」
「どう違うんだ?」
「……ふれー、ふれー、ヨーネ」
芯の入っていない声による、元気が出るというよりは脱力しそうな応援に思わず笑ってしまう。まあそう言うなら、お言葉に甘えて貰っておくことにしよう。
こうして俺達の作業初日は、何事もなく無事に幕を閉じるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます