一日目(火) 今、俺と夢野が、ベッドで、恋人ごっこだった件

「ネック先輩。この部屋に暇そうな女子を呼んでも大丈夫ッスか?」


 夕飯を食べ終えて景色の良い風呂を満喫した後は、昨年同様に花火……の予定だったものの、生憎と雨が降ってきたため急遽中止になってしまった。

 室内での催し物は昨日の時点で心理テストなり王様ゲームを充分に満喫したため、今日は自由時間ということになったのだが、暇を持て余していた後輩が唐突に口を開く。


「呼ぶのはいいけど、何するつもりなんだ?」

「腕相撲大会とかどうッスか?」

「却下だ」

「えー? いいじゃないッスかー」


 若干下心が見え隠れしているような気がしないでもない腕相撲大会も多少なり盛り上がりそうだが、仮にやったとしたら優勝するのは十中八九テツに違いない。

 そして当然ながら男である俺は二位になる筈……と言いたいところだが、火水木辺りには勝てるか不安なところ。負けたらこれ以上ない屈辱であるため、下手に女子勢の評価を下げないためにも企画そのものを潰しておいた。


「じゃあアレなんてどうッスか? いつどこゲーム!」

「まあ、それなら」

「じゃあ声掛けてくるッスね」


 言うが早いか、テツは意気揚々と部屋を出ていく。やる気満々なのは良いことだが、暇なのは俺達くらいで他の連中は自由時間を満喫してるんじゃないだろうか。




 ――五分後――




「いつ、どこで、誰が、何をしたゲーム!」

「「「「「「イエーイ!」」」」」」

「…………」


 俺達の部屋に集まったのは女子六人……すなわち、全員が暇だったらしい。

 今年の部屋は若干狭く八人が入るには窮屈だが、部屋割りは丁度二人ずつ。誰の部屋でも広さは変わらないため、俺とテツはベッドに腰を下ろし何とか円状に座る。


「じゃあ始めるわよ。まずはアタシ達からね」

 このゲームは一人一人が指定された『いつ』『どこで』『誰が』『何をした』を書き、それを繋げることで面白い文章ができるというシンプルな遊びだ。

 アレンジとして『どのように』や『なぜ』といったお題を追加することで五人以上でも遊べるが、今回はグループを四人ずつに分け基本ルールで行うことになった。

 先攻はチーム火水木。発表は阿久津→夢野→火水木→テツの順番だ。




「三日前」

「世界の中心で」

「イトセンが」

「紐なしバンジーっ!」




「そうなると昨日今日と星華達を引率してたのは、一体誰なんでぃすか?」

「幽霊か、双子の弟だろうな」


 初っ端から中々にインパクトのある内容で笑いが起こり、適度に考察して話を深める。

 そして後攻は俺のチーム。発表は俺→早乙女→望ちゃん→冬雪の順番だ。




「一週間後」

「水の中で」

「米倉先輩が」

「……菊練りをした」




「マジッスかネック先輩」

「まあ俺くらいになれば、もう水の中でも余裕だな」

「ふむ。覚えておこう。来週が楽しみだね」


 …………え、マジでやらされるの?

 一週間後に身の危険を感じる中、次は夢野→火水木→テツ→阿久津と順番を一つずらす。そんな調子でお互いのチームが、とんでもない文章を交代で発表していった。






「三日前」

「陶芸室で」

「ウメちゃんが」

「携帯を釉薬に落とした」

「……似た者兄妹」






「毎晩」

「人気のない神社で」

「……ミナが」

「カラオケしてた」

「ふふ。また今度、一緒にカラオケ行こっか」






「この後すぐ」

「この部屋で」

「望君が」

「ソーナ○スの真似をした」

「そ、そーなんす……」






「一年前」

「……窯場で」

「テツと火水木が」

「コスプレして踊ってた」

「一体何を企んでいたんだい?」






「……ふぁ…………」


 十時を回ったところで、冬雪が眠そうに欠伸をして瞼を擦る。

 それを見た阿久津は大きく身体を伸ばすと、ゆっくり立ち上がった。


「明日も早いし、そろそろボク達は失礼させてもらおうかな」

「……(コクリ)」

「そうでぃすね。星華達も休みますか」

「はい」


 次いで早乙女も腰を上げると、同じ部屋である望ちゃんも付き添う。

 残ったのは俺とテツ、そして火水木と夢野の四人になった。


「ミズキ先輩とユメノン先輩は、まだまだいける感じッスか?」

「うん。私はもうちょっと起きていたいかな」

「アタシもオッケーだけど、ちょっとトールに話しておきたいことがあるのよね」

「おっ? 何ッスか?」

「ここじゃアレだから、場所を変えるわよ」


 そう言うなり、火水木がテツを連れて部屋を出ていく。

 また何か悪い企画でも考えているのかと思っていると、夢野が溜息を吐いた。


「もう……ミズキってば、そんな気を遣わなくても良かったのに」

「ん? 気遣うって……ああ、そういうことか?」

「うん。きっとそんな気がする。よいしょ♪」


 二人きりになるなり夢野は立ち上がると、ベッドに腰掛けていた俺の隣に座り直す。

 ニコッと可愛く微笑みかけられると、心臓がトクンと脈打った。


「でも今は、その厚意に甘えちゃおっかな」


 友人の相生葵あいおいあおいが、修学旅行の時に言っていた言葉を思い出す。

 今のままでも充分に楽しいかもしれない。

 だけど恋人でしか楽しめないことだって沢山ある。

 その言葉の意味が、最近になって少しわかってきた気がする。


「…………」


 夢野の整った顔を間近で見ていると、思わず吸い寄せられそうになる。

 その艶やかな唇を、奪ってしまいたくなる。


「米倉君にも甘えちゃったりして」


 軽くもたれかかってきた少女は、俺の肩にコテンと頭を乗せた。

 夢野の肩に手を回したい衝動に駆られたが、そうすると歯止めが利かなくなりそうだったためグッと堪える。


「合宿、明日で終わりなんだね」

「そうだな」

「楽しい時間って、本当にあっという間で嫌になっちゃう」

「逆に辛い時間は長く感じるのにな」

「本当。逆だったらいいのにね」

「…………なあ夢野。待たせてる俺が言うのも何だけど、待ってるのって辛くないか?」

「うん。辛い時もちょっとあるかも」

「だよな……その、無理して待ってなくてもいいからな?」

「もしも私が他の男子と付き合ったら、米倉君はどうするの?」

「…………多分、すっげー後悔すると思う。告白しておけばよかったーって、そりゃもう心の底から後悔して、後悔して、後悔しまくって、暫くの間は立ち直れないだろうな」


 俺がそう言うと、夢野は予想していた答えと違ったのかキョトンとした顔を浮かべる。

 何か変なことを言ったかと思ったが、少女はクスッと笑いつつ答えた。


「ううん。何でもない。立ち直れないほど後悔して、その後は?」

「そうだな。最終的には夢野が望んだことだし、祝福すると思うよ」

「それなら、私と同じだね」

「ん? 同じって?」

「もしも米倉君が誰かと付き合ったら、私もきっと物凄く落ち込むと思う。立ち直るまで時間も掛かると思うけど、最終的には米倉君が選んだ相手だから祝福してあげたいな」


 夢野は乗せていた頭を起こしつつ、優しい口調で語る。

 そして柔らかく温かい掌を、そっと俺の手の上に重ねた。


「辛い時もあるけど、今はまだこうやって恋人ごっこで我慢できるから」

「夢野……」

「それに米倉君の場合は受験勉強だけじゃなくて、文化祭準備も忙しくて大変なんでしょ? 大事な時期なんだから、そっちに集中して大丈夫だよ」

「文化祭準備のこと、知ってたのか?」

「勿論。米倉君のことなら、何だって知ってたりして」

「じゃあ、俺の好きな数字は?」

「うーん……7とか?」

「残念。正解は128だ」

「もう、意地悪……」


 その理由は子供の頃に「1足す1は2、2足す2は4、4足す4は――」と口ずさんでいた際「64足す64は128、128足す128は……」と毎回行き詰まっていたのがきっかけ。好きって言うよりは、印象に残っている数字と言うべきか。

 文化祭準備のことは、恐らく葵から聞いたんだろう。不正解だったことに不満そうな表情を浮かべた夢野は、俺の頬を人差し指で軽く押した。


「ねえ米倉君。夏休みの間、二回だけ会えない?」

「二回?」

「うん。一回は私の家で、一緒に課題できないかなーって」

「了解だ。もう一回は?」

「八月十四日の日曜日、花火大会に行かない?」

「奇遇だな。俺もその日に誘おうと思っててさ」

「本当っ?」


 行き先を聞いてみれば、どうやらお互いに考えていたことは同じだったらしい。まあ比較的近場で花火が有名な夏祭りとくれば、必然的に数は限られるもんな。


「また新しい楽しみができたね」

「そうだな。これで俺も頑張れそうだ」

「ふふ。良かった」

「夢野、本当にありがとうな。それと…………本当に悪い」

「ううん。米倉君にはちゃんと決めてほしいから」

「愛想尽かされないためにも、もっと恰好良くなるよう努力するから許してくれ」

「うん。それなら許してあげる。それじゃあ、おやすみなさい」

「ああ。おやすみ」


 パタンとドアが閉じられた後で、俺はふと窓の外を見る。

 気付かないうちに雨はすっかり止んでいたらしい。明日も暑い一日になりそうだ。

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