12章:俺の高校生活が山場だった件

初日(木) 必要な机が186台だった件

 人生のピークとはいつだろうか。

 とある心理学者の研究によれば、お年寄りを対象に自分の人生を物語として三十分間で語ってもらったところ、楽しい経験も辛い経験も含めて最も多かったのは十七歳から三十歳までの間に起こった出来事だったらしい。

 勿論これは結果の一つに過ぎず、ピークは人によってそれぞれ違うだろう。しかし結婚や子供の誕生を考えれば、納得のできる年齢でもある。


「とりあえず、大体の意見を整理してみたんだが、見てくれるか?」


 クラスメイトが十八歳を迎える中、早生まれの俺は十七歳の折り返しを迎えていた夏休み二週間前。今年の夏も猛威を振るいそうな片鱗を見せている中、親友である火水木明釷ひみずきあきとに、文化祭の案をまとめた四枚のルーズリーフを差し出した。




○構想『不思議な国のC―3』


①小さいドア→中くらいのドア→大きいドアと順番に通る。

 両サイドの壁の絵も、ドアを抜ける度に大きくなっていく。

・演出……自分がだんだん小さくなる。


②階段を上る。すると目の前には大きな鍵穴と滑り台。

 階段を上った人が見る光景は、顔のついたドアが鍵穴もとい口を大きく開けている様子。この顔つきドアは天井まであるくらい巨大にする。

 着地点がどうなっているか見えない滑り台を作り(スタッフは頭上注意と滑り方注意を呼び掛け)鍵穴を抜けると大量の青玉にダイブ。周りの景色は海へ。

・演出……小さくなった自分が、顔つきドアの鍵穴から広大な海へと旅立つ。


③辺り一面は森に。森の奥には双子のうちの一人、双子X(仮)がいる。

 双子Xからピコピコハンマーと風船を受け取る。風船は髪ゴム等を使用し、すぐに客の足に付けられる状態にしておく。客が二人いる場合は片方がピコハン、もう片方が風船を付ける(※双子Xは音声か紙文字でも代用可?)。

・演出……森に入って双子の話を聞く。本来はお茶会へと続くが……?


④布の向こうにはオカマ×2。足に付けた風船を割ろうとしてくる。

 三十秒ほどの一定時間後、先へ進む(※オカマ役、衣装ともに未定)。

・演出……C―3オリジナル。ただし背景は従来通りお茶会。


⑤オカマを超えるとまた森へ。

 道を抜けると双子Y(仮)がいるので、ピコハンと風船を返却(※双子Xの台詞が音声だった場合、事前に返却する地点を「向こう側にいる~」と指定する。双子Xが紙に書いた文字だった場合、双子Yの地点に「こちらで返却」と書いて置いておく)。

・演出……特になし。


⑥C―2とC―3を繋ぐトンネル。中は暗いがダイオードの光を道標に歩く。

・演出……特になし。


⑦トンネルを抜けると広い森へ。奥にある木の上にペシャ猫が。

 ペシャ猫が行き止まりであることを見せた後、魔法を掛けてドアを作ってくれる(※回転ドアを回すことで森の行き止まりが扉に。詳しい手順と操作方法は別紙より)。

・演出……従来通り。


⑧回転ドアを抜けると、隣にいるスタッフからライトを貰う。

 ライトを持って先へ進むと、兵士たちの惨劇を描いた四枚の絵がある。

・演出……C―3オリジナル。四枚の絵は、この後プチお化け屋敷になる暗示。


⑨真っ暗な中を進んでいくと、血まみれのトランプ兵士に襲われる。

 追い掛けられてゴールイン。

・演出……想定の範囲外。




「ここまでしっかりまとめてあるとは、正直驚きですな。大変だったのでは?」

「別にそんな苦労してないっての」

「それでも充分凄い希ガス…………いや本当、これは脱帽かと」


 ルーズリーフの内容を確認していたアキトは、目を疑うように眼鏡をクイッと上げる。俺とは比べ物にならないくらい有能なコイツから、そこまで褒められるとは思わなかった。


「案としては問題ないかと。これで文句を言う輩がいたら処刑するレベルですな」

「了解だ。それでダンボールとか机の必要になる量を計算したいから、測るのを手伝ってくれないか? メジャーなら用意してあるからさ」

「おk把握」


 俺とアキトは協力して、放課後になり誰もいない教室の寸法を調べ始める。その後で机の縦と横の長さも測り、いくつまで積み上げられるか高さも確認した。

 ルーズリーフの三枚目と四枚目には大体の見取り図を描いてきたため、それを基に大体の目安として机を目印代わりに移動させながら計画をイメージしていく。


「まず教室の中に入ったら、ここに小さいドア、中くらいのドア、大きいドアって感じで進んでいって…………滑り台の階段は、角を曲がった後の方がいいか」

「そうしないと、ドアが窮屈になりそうだお」

「左側は壁を作る訳だけど……っと。机は……二、四、六、七個だな。それで角を曲がって階段を上がったら、大体こっちの角くらいまで滑り台で滑る感じになると」

「滑るのを怖がる子供が来たときのことを考えて、歩道も用意した方が良さそうでござる。向こうの角までとなると、机は九台ほど必要になりそうですな」

「九個で歩道っと……オッケーだ。それでここがオカマゾーンで――――」


 俺達のクラスの協調性は普通であり、過去の文化祭においてもそこまで力を入れたことはない。それが今回に限って壮大な企画になっているのは、三年になり評議委員となった俺が原因だったりする。

 というのも文化祭で何をやりたいかクラスメイトに候補を聞き、アンケートを取った結果『アトラクション』『オカマ』『お化け屋敷』の三種がまさかの同数。見事なまでに意見が割れて、収拾がつかなくなってしまった。

 そこで俺の出したアイデアが、いっそのこと全部やろうという突拍子もない提案。そうして生まれた構想が、この『不思議な国のC―3』という訳だ。


「ここから先がC―3でおk?」

「ああ。まず正面にペシャ猫で、その辺りに回転ドアだろ? そんでもって――――」


 本来文化祭で使用できるのは自分のクラスのみ。しかしながら俺達はC―2が体育館で出店すると聞き、隣の教室も使うことができないかと考えた。

 渋い顔をするC―2の担任に頭を下げてお願いしたり、忙しそうな文化祭実行委員から許可をもらったりと中々に大変だったが、それでも何とか承諾してもらうことに成功。こうして前代未聞の二クラスを合併した、不思議な国作りが始まった訳だ。


「しかし米倉よねくら氏が文化祭でここまで本気になるとは思わなかったお」

「どうせやるなら、何かしら評議委員らしくやり遂げたいと思ってさ…………ん?」


 大体の配置を確認したところで、実際の縮尺を踏まえて見取り図を正確な物に仕上げる。そして測った数値や並べる机の数を元にして、アキトと共に必要な量を計算した。

 やがて出てきた数字を前にして、俺達は思わず固まる。


「ちょま! あるあ……ねーよ」

「どうした?」

「必要な机の数が、186台ですな」

「…………マジかよ。ちなみにこっちも中々にヤバい数が出たぞ」

「いかほどで?」

「必要なダンボールの合計量が縦に2m、横に1kmの実質2000㎡だ」

「ブッフォ! キロメートルとか単位違いすぎてワロタ」

「どう見ても正確な数値です、本当にありがとうございましたって……どうすんだこれ」


 …………こうして高校生最後の熱い夏は、今まさに始まりを告げようとしていた。

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