八日目(月) やっぱりここは陶芸部だった件
今日は日直だったため、書き終えた学級日誌を職員室へ届けてから部活へ向かう。
陶芸室の中へ入ると、そこには先週も体験に来ていた少女の姿があった。
「お?」
「あっ! こんにちは。米倉先輩」
その呼び方をされると、いつぞや夢野としていた先輩後輩ごっこを思い出すな。
見ていて弄りたくなるようなお団子ハーフアップの髪。そして陶芸部に置いてあるエプロンを制服の上から身に付けて俺を出迎えたのは、夢野の妹である望ちゃんだった。
「いらっしゃい。今日も体験か?」
「いえ、入部させていただきました! これから宜しくお願いします」
「マジか! こちらこそ、宜しく頼むな」
「はい!」
先日体験に来ていた時にはクラスメイトらしき女子と一緒だったが、見たところ今日は一人の様子。恐らく友達は別の部活に行ってしまったんだろう。
その辺りの話はあえて聞かないでおき、俺は定位置へ鞄を置く。丁寧に礼をしていた望ちゃんは顔を上げると、ウキウキしている冬雪の元へ指導を仰ぎに行った。
「いやー、華が増えるっていいッスね」
「大掃除のことを考えると、男子も欲しいところだけどな」
「男の娘ならワンチャンありッスけど、オレとしてはハーレムを味わいたいッス」
「本当に懲りないなお前は。ひょろひょろの男の娘じゃ大掃除の戦力にならないだろ? 仮に女子だけってことになると、霊長類最強系の子が必要になるぞ?」
「いいじゃないッスか! オレ、ムキムキ系女子も好きッスよ! 腹筋とか背筋とか胸筋とか色々触らせてもらいたいッス!」
「じゃあお前がセクハラ発言をした時には、その子に腕をへし折って貰うよう頼むわ」
「なんでそうなるんスかっ? ネック先輩だって入部してくるなら筋肉モリモリマッチョマンの変態よりも、華のある女子の方が本当は嬉しいんでしょ?」
「比較対象が極端すぎるだろそれ。でもまあ、そうだな……実際こうして厄介な後輩に手を焼いている訳だし、まともなのに入ってもらいたいところだ」
「あー、わかるッス。確かにメッチみたいなのは困るッスよねー」
「早乙女のことじゃねーよ。鏡見ろ、鏡」
「誰が筋肉モリモリッスか!」
「違う、そこじゃない」
ちょっと会話しただけでドッと疲れる後輩に溜息を吐く。
今日は体験が来ていないものの、ろくろの前では火水木と早乙女の二人が作業中。特に早乙女は何があったのか知らないが、ここのところ毎日のように頑張っていた。
「…………」
音楽部との兼部かつバイトがある夢野が休みなのは仕方ないとして、それ以外のメンバーは以前なら週の半分以上が全員集合していたにも拘わらず今回は一週間ぶりだったりする。
というのも先週の月曜に顔を出して以来、珍しいことに阿久津が火曜から金曜まで休んでいたため。久し振りに来た今日も、問題集を開いてペンを握ったままボーっとしている。
「阿久津?」
「………………」
「おーい、阿久津ー? 大丈夫かー?」
少女の目の前に手を出し、横に軽く振ってみた。
すると阿久津は顔をあげるなり、小さく溜息を吐く。
「何だい?」
「いや、何か固まってたからさ」
「少し考え事をしていただけだよ」
「そうか」
そう言うなり、再び少女は問題集へ視線を下ろす。
普段に比べると、どこか覇気がないように感じるが……気のせいだろうか。
少し心に引っ掛かりながらも俺は一旦陶芸室を出ると、先週の金曜に成形した作品の削り作業を行うためムロから作品を取ってきた。
「……ノノ、上手」
「本当ですか? ありがとうございます!」
相変わらず文字通り手取り足取りの密着指導で菊練りを教えている冬雪。テツの時は無事に回避できたが、仮に体験で男子が来た場合は俺が教えないと駄目だな。
ちなみに上履きの色を見た限り、望ちゃんは俺や冬雪と同じCハウス。ひょっとしたら陶芸室だけじゃなく、ハウスの中で見掛ける機会もあるかもしれない。
「ネック先輩。ウメちゃんは陶芸部にいつ来るんスか?」
「知らん。そもそも来るなんて言った覚えは全くもってないんだが?」
部員は増えた方が嬉しいと思うが、あのアホな妹だけは例外だ。家で一緒にいるだけでも騒々しいのに、この平穏な陶芸室で暴れられたら面倒でしかない。
幸いにもアイツのハウスはDハウスのため、学校内で会うことは滅多にないだろう。その点は屋代の構造に感謝している……仲が良い望ちゃんには悪いけどな。
「いやいや……いやいやいやいや! オレの輝かしい部活動恋愛計画はっ?」
「知らねーよっ! 寧ろ何を計画してんだお前はっ?」
「そりゃ勿論、ミズキ先輩が卒業した後は企画担当がオレに引き継がれる訳じゃないッスか。合宿とかハロウィンとかクリスマスだけじゃなくて、更にイベントをマシマシで――――」
「「ここは陶芸部だ」でぃす」
望ちゃんに指導中の冬雪の代わりに思わず突っ込むと、早乙女と意見がかぶった。チラリと成形作業中の少女の方を向くと、やや不満そうな顔を浮かべぷいっと視線を逸らす。
「そうですねえ。盛り上がるのは結構ですが、程々にしておいてほしいものです」
一人離れた席に腰を下ろし、俺達の会話を傍から眺めていた
相変わらず見学や体験の生徒、そして新入部員にも陶芸の手本を見せるようなことは一切せず、チョコを配るだけの白衣の顧問は狐のような細い目で俺を見た。
「時々名前を聞きますけど、その梅さんというのは米倉クンの妹さんでしょうか?」
「あ、はい。そうです」
「そうでしたか。仮に陶芸部へ来た場合、呼び方に困ってしまいますねえ。今もこうして夢野クンが二人になったのでどうやって呼び分けるべきか、先生悩んじゃってます」
「普通に名前呼びじゃ駄目なんスか?」
「今は何かとセクハラが怖い時代ですからねえ。ここはやっぱりフルネーム呼びでしょうか。まあ、その時になったら考えることにしましょう」
こうしていると本当に呑気で平和的な先生だが、あの怒りの夜を忘れることはない。それに関してはきっと、実際にその身をもって経験した早乙女によって語り継がれるだろう。
ハロウィンやクリスマスのパーティーで節度をわきまえた結果、冬雪から話を聞いた限り今年も無事に合宿は行えそうな様子。俺達のせいで中止なんてことにならず一安心だ。
「ネック先輩ー。何でウメちゃん呼んでくれないんスかー。こう見えてもオレ、陶芸部を盛り上げるために色々と計画してたんスよー?」
「一応聞いておくが、何を企んでたんだ?」
「ほら、去年の開校記念日に新入生歓迎会を兼ねてスポッチに行ったじゃないッスか。あんな感じで遊べる場所とかも色々調べましたし、仮に陶芸室でパーティーを開くことになった場合でもバッチリ盛り上がる内容を考えてたりしたんスよ」
「だそうだが、火水木、早乙女、冬雪、どう思う?」
「アウトね」
「アウトでぃす」
「……アウト」
「スリーアウトチェンジだ」
「どうしてそうなるんスかっ? まだ具体的な話は何一つしてないじゃないっスか!」
「日頃の行いだろ。悔い改めるんだな」
「とか何とか言って、ネック先輩は企画内容を聞いたら絶対賛成するッスよ!」
「じゃあ一応聞くが、その盛り上がる内容ってのを一つ挙げてみろ」
「そうッスね。例えばポッキーゲー」
「アウト。退場!」
「早いっ! 何でッスかっ?」
コイツが考える企画となると、十中八九ろくなもんじゃないとは思っていたが予想通り。ポッキーゲームとか自分でやる分には構わないが、夢野や阿久津を相手にコイツがやるなんて場合になったら許せる筈がない。
そんな話をしているうちに刺激されたのか、成形を終えて片付けも一段落ついた火水木が、大きく身体を伸ばした後でゆっくりと口を開いた。
「そうね。部活動体験期間も折り返しに入ったし、そろそろ決めておこうかしら」
「決めるって、何をだよ?」
少女が使っていた隣のろくろで削り始めていた俺は、一旦手を止めつつ尋ねる。
誰もが思っていたであろう疑問に対して、火水木は意気揚々と答えた。
「勿論、ゴールデンウィークの予定よ!」
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