八日目(月) これが高校生のゴールデンウィークだった件

「ゴールデンウィークって、まだ二週間くらいあるだろ」

「それを言うなら、もう二週間しかないの間違…………ふぇっくしっ! ふぁ……ふぇっくしっ! とりあえず各々、二十九日から五日までの予定が空いてる日を教えて頂戴」

「そんな体調で大丈夫なんでぃすか?」

「駄目でもやんのよ! まずは忙しそうなツッキーからね」

「…………」

「ちょっとツッキー、聞いてる?」

「ん? ああ、すまない。何の話だったかな?」

「ゴールデンウィークの予定についてでぃす」

「ふむ。ゴールデンウィークは予備校次第だから、何とも言えないね」

「ちょっと待って。ツッキーが予備校とか初耳なんだけど、いつから通ってたのよ?」

「言っていなかったかい? 今月からだよ」


 さらりと答えた阿久津は、解いていた予備校のものと思わしき問題集を見せてくる。先週の火曜以降ずっと休んでいたのは、予備校が理由だったってことか。

 成績優秀な幼馴染は既に受験に向けてスパートを始めている。そんな衝撃的事実に焦りを感じると共に、思わぬ一大ニュースに正直驚きを隠せない。各々の反応を見た限りでは、冬雪と早乙女の二人は既に知っていたようだ。


「うーん。それじゃあ現状で確実に空いてる日とかってある?」

「そうだね。確実となると日曜と月曜くらいかな」

「ゴールデンウィーク中だと……五月の一日と二日ってことよね。二日は普通に学校あるし……三十日の土曜って休めたりしないの?」

「少し待っていてくれるかい?」


 今年のゴールデンウィークは金・土・日という三連休の後に平日を一回挟み、再び火・水・木の三連休の後に平日が一回。最後に土・日の連休という、これ以上ないくらいに微妙な形だったりする。本当、十連休くらいになれば良かったのにな。

 阿久津が鞄の中から手帳を取り出してスケジュールを確認する中、冬雪が小さく手を挙げるなり申し訳なさそうにポツリと呟いた。


「……一日は私が無理」

「はいユッキー。理由は?」

「……家族で旅行中」

「じゃあ家族旅行は中止で!」

「おい」


 さらりと無茶苦茶なことを言う火水木に対し、思わず突っ込みを入れる。普段なら何かしら言いそうな阿久津は、ボーっと手帳へ視線を下ろしたままだ。

 思い返してみれば、冬雪は昨年もゴールデンウィークには旅行へ出掛けていた気がする。その時に貰ったお土産が、これがまた滅茶苦茶に美味しかったような記憶があるな。


「仕方ないわね。ユッキーの旅行は何日から何日なの?」

「……二十九日から一日まで」

「じゃあ残る可能性は三日から五日しかないわね」

「あのー、オレも三日は実家で田植えの手伝いが」

「却下!」

「ッスよねー。何とかするッス」

「あ、五日は星華が無理でぃす」

「ホッシーは何があるのよ?」

「友達とイチゴ狩りに行ってきます」

「メッチ友達いたのがふっ!」

「ぶっ飛ばしますよ?」

「殴ってから言うなし……ってかイチゴ狩りとか乙女過ぎぁすっ!」


 削りを中断して素早く歩み寄ってきた早乙女が、見事なボディーブローを二発ぶちこんで去っていく。イチゴを狩るより先に、テツのイノチが刈り取られそうだな。


「そういうことなら五日はなしね」

「田植えは駄目でも、イチゴ狩りはオッケーなんスかっ?」

「アタシも五日に丁度行きたいフェスがあったのよ。まあ仮に他全員の空いてる日が四日五日だけだった場合は、諦めるつもりだったけど」


 確かにそれだけの覚悟があったなら、田植えくらいは何とかしろって話にもなるか。

 有給を取る際に一々理由を聞いてくる上司とかってきっとこんな感じなんだろうなと思いつつ、中々日程が合わずヤキモキしている火水木の話を聞きながら削り作業を続ける。


「じゃあ三日と四日で他に駄目な人は?」

「…………」

「いないっ? それなら三日と四…………あ……駄目だわ……」

「どうしてっスか?」

「四日だけはユメノンが無理って言ってたのよ…………はあ……去年が無理だったし今年こそはって思ったんだけど、早速計画が頓挫したわね」

「……三日は?」

「二日間ないと駄目なんスよユッキー先輩」

「……どうして?」

「それは勿論、泊まりで行くからに決まってるじゃない」


 道理で随分と早くから聞いていると思ったら、そういうことだったらしい。昨年も同じようなことを言ってた気がするけど、合宿の泊まりで満足してなかったのか。


「七日と八日の土日じゃ駄目なんスか?」

「アタシの経験から言って、大抵その頃になると課題に追われて旅行どころじゃなくなってる気がするのよね。そもそも土日で行けるようなら、毎週のように行ってるわよ」

「大丈夫ッスよ! 課題なんて何とでもなるッス!」

「そう言ってる本人が一番危なく見えるけどな」

「あーあ。こういう時はバッチリ予定が合って、都合良く海の見える別荘持ちの同級生とかがいて、皆で車に乗ってドライブしながら楽しい旅行をするのが普通でしょ?」

「どんな普通でぃすかっ?」

「……そもそも別荘持ちなんていない」

「いや、持ってそうな奴の心当たりならあるぞ」

「マジッスか?」

「そんな知り合いがいたならもっと早くに言いなさいよ!」

「そいつの家は滅茶苦茶でかい上に、何と二階へ直通する裏口があってな。更にはトイレも一階と二階に一つずつあるし、庭でバーベキューもできるんだ」

「トイレはともかく、バーベキューができるのは凄いッスね」

「ねえネック。まさかとは思うけど、それってアタシん家のことじゃないわよね?」

「情~熱~の♪ 赤い~薔薇~♪」

「はあ……ちょっと期待して損した気分だわ。まあ仮にネックのクラスメイトなり中学時代の友達にそんな御曹司がいたとしても、今から親しくなったところでゴールデンウィークに間に合わないのよね」


 卒業してしまった店長なら別荘ですら持ってそうなイメージだが、火水木の口から名前が出てこない辺り流石にそれはないらしい。仮に持ってたとしても所有権は親だろうしな。

 まあ高校生のゴールデンウィークの過ごし方なんて、半分近くが部活動に勤しみ残り半分近くは家でゴロゴロ。最終的に課題に追われるというのが普通である。


「第一、車っていうのも誰が運転するんでぃすか?」

「アタシの理想としては、やっぱりイトセンが良いんだけど」

「前にも言いましたが、無茶を言わないでください。仮にそんなことをしたら先生、何かあった場合に責任なんて取れません。下手したら懲戒免職になっちゃいます」

「ってことなのよ。店長はまだ仮免だって言ってたし…………ネックのお姉さんとかは?」

「却下……というか無理だろうな。姉貴本人はノリノリでオーケーと言いそうな性格だけど、親から許可が下りる筈ないし」

「まあそうなるわよね」


 結局のところ免許を持っていたとしても、車が親の物である以上は厳しいだろう。

 ことごとく理想を否定された火水木は、大きく溜息を吐きつつ肩を落とした。


「仕方ないから別荘もドライブも泊まりも諦めるわ。今回は日帰りにするとして、各自行きたい場所とかある?」

「はいっ! はいはいはいっ! プール行きたいッス! 行きましょうよ!」

「絶対に行かないでぃす」

「…………メッチのペタンコには興味ないっての」

「今何か言いやがりました?」

「別にー」


 隣にいた俺にはバッチリ聞こえていた件。阿久津は……手帳を戻して問題集を見ているけど、やっぱり聞いてなかったみたいだな。

 後輩同士が一触即発の火花を散らす中、火水木が溜息を吐きつつ呟く。


「プールかー。確かに定番ではあるんだけど、女子は行きたくないって意見が多いから難しいのよね。ユメノンも嫌って言いそうだし、ユッキーだってそうでしょ?」

「……そもそもまだ春」

「何言ってるんスかユッキー先輩! 子供の日を過ぎだら暦の上では立夏ッスよ! それに温水プールなら年中無休で問題なしッス! ですよねっ? ネック先輩!」

「いや、俺も正直あんまり行きたくない」

「何でッスかっ? 女子陣の水着姿を見たくないんスかっ? カナヅチッスか?」

「いや普通に泳げるけど、ずっと前から足の裏に変なできものができててさ。体育の時間とかも当たると痛いから、あんまり運動はしたくないんだよ」


 …………と言っても泳ぐ分には大して問題なく、これは建前に過ぎない。

 本音を言えば俺だって女子陣の水着姿は見たいが、普段から願望丸出しなテツはともかく、俺が行きたいなんて言った日には間違いなく引かれるだろう。


「そもそもゴールデンウィークに何かするって、元々は新入部員への歓迎会を含めてなんだろ? いきなり旅行とかになると、ちょっとハードルが高すぎないか?」


 実際のところ先程から時折様子を窺っていたが、新入部員の望ちゃんは完全に置いてきぼりな状態。ここまでぶっ飛んだ話題を聞かされたら、それも当然の話だ。


「確かに、言われてみればそれもそうね」

「そうッスか? オレは入部した時、普通に楽しみだったッスよ? それにプールならスポッチと大して変わらないと思うんスけどね」

「お前は色々と思考回路がおかしいだけだ」


 結局その後も色々と話し合った結果、今回は初心に戻って部室でパーティーをすることに決定。日時はゴールデンウィーク中を予定しているものの、今週か来週に入ってくるかもしれない新入部員の都合と阿久津の予備校の次第ということで、また後日になってから決める形となった。


「…………」


 具体的に何をやるか話し合い盛り上がる中、俺はチラリと幼馴染の少女を見る。

 他のメンバーには問題集に集中するあまり反応が遅れているように見えていたのかもしれないが、その日の阿久津はどこか虚ろな様子で終始ボーっとしているのだった。

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