一日目(月) 俺が評議委員だった件

 生徒総数は約2500人。一学年800人以上のマンモス校、屋代学園。

 AからFの六ハウスによって構成されている校内で、最高学年に進級した俺達C―3の教室は吹き抜けになっているハウスホールの一階から二階へと移動している。

 二週間あった春休みもあっという間に終わり新学期がスタート。今日のロングホームルームでは最初にやるべきことである係や委員会決めが行われていた。


「では評議委員をやりたい者は手を……おお、米倉か」

「おっ!」

「櫻とかマジかよ」

「不服か?」

「やべえ! コイツ王下七武海だ!」

「食べたのがヨネヨネの実なのかサクサクの実なのか、気になるところだお」


 あだ名的にはネクネクの実とか、クラクラの実って名前もありかもな。

 クラス替えはなく代わり映えのしない顔馴染みのクラスメイト達が冗談交じりに囃してくる中、周囲を見渡してみるが他に手を挙げている立候補者はいなかった。

 こうして男子の評議委員はすんなりと俺に決定し、続いて女子が尋ねられる。しかしながら女子陣は立候補する生徒がおらず、誰も手を挙げる気配がない。

 勿論クラスの中にも積極的な女子は二名ほどいて、一年の時はジャンケン。二年の時も一発で決まったものの、一度やったためか今年は二人とも遠慮している様子。別に男子が俺だから敬遠されているとか、そんなことは決してないと思いたい。


冬雪ふゆきちゃん、やってみたら?」

「……私?」

「うん。それアタシも思ってた。男子が米倉君だと、女子は音穏ねおんって感じするよね」

「わかるわかる!」


 …………何だか押し付けあいっぽく見えるんだが……物凄く不安になってきた。

 俺はキングボ○ビーじゃないと自分に言い聞かせる中、評議委員なんて全くもって似合いそうにない眠そうな半目の少女は、少し間を置いた後で手を挙げる。


「……やります」


 こうしてマジで優しい冬雪さんと共に評議委員になると、俺達は前に出て最初の仕事を開始。司会進行役として、他の係や委員会の希望者を確認していく。

 基本的には俺が声を張り冬雪が黒板に書いていくというスタンスだったが、これといった問題が起こることもなく無事にクラスメイトの分担は決まりホームルームが終了した。


「なあ冬雪。評議委員になって本当に良かったのか?」

「……どうして?」

「いや、何て言うか俺のせいで無理矢理に決められたみたいな感じだったからさ」

「……そんなことない」


 放課後を迎えると、俺は冬雪と共に芸術棟へ向かいながら質問をする。少女の隣には友人である目隠れ編み込み博多っ娘、如月閏きさらぎうるうも一緒だ。

 今日は頭髪検査があったため、年に数回しか見ることのできない如月のレアな姿を拝むことができたが、数時間経った今ではすっかり元通り。個人的には普通に可愛い部類だと思うし、前髪で顔を隠さない方が良いと思うんだけどな。


「……決めたのは私だから問題ない」

「まあ、そう言ってくれると助かるけどさ。何かしら困った時は去年やってたアキトの奴に色々聞いてみるし、俺も色々と頑張るから一年間宜しく頼むな」

「……(コクリ)」


 三年になって俺が評議委員に立候補した理由。それは一年や二年の頃の委員会選択とは違い、何となくだとか楽そうだったからとかではない。

 一つは内申上昇効果を少しでも期待してのこと。そしてもう一つは、俺も周囲から一目置かれるような何かをやり遂げてみたいという欲が沸いたためだった。

 要するに今でも続けている英単語の記憶や筋トレといった自己研鑽の一種であり、クラスをまとめる評議委員をやったら少しは自分に自信が付くかもしれないという浅い考えだったりする。


「う、うちも……」

「……?」

「うちも……手伝う」

「……ルー、ありがとう」


 三人でいる時は喋る機会も増えてきた如月に別れを告げると、俺達は陶芸室の中へ入る。

 今日から見学や体験も始まる部活動だが、そこには既に先客が一人いた。


「……マミ、お疲れ」

「あー、お疲れ……」

「相変わらず辛そうだな」

「最悪よ。スギとか全部焼き払いたいくらいだわ」


 長机に置いていた鞄へ顔を乗せてスマホを弄っていたのは、髪を二つ縛りにしているむちましいマスク少女。昨年同様にこの時期は花粉症で辛いらしく、普段より声のボリュームが半減している。

 そんな火水木天海ひみずきあまみの向かいに冬雪が鞄を置き、俺は火水木の二つ右隣の椅子へ腰を下ろす。新入部員が入ってきたら、この定位置もまた変わるんだろうか。


「やあ」

「よう」

「……ミナ、トメ、お疲れ」

「お疲れ様でぃす」


 少しして陶芸室に入ってきたのは、阿久津水無月あくつみなづき早乙女星華さおとめせいかの二人。人呼んで黒谷南中の夜空コンビだ……呼んだことはないけど。

 相変わらず長い黒髪がトレードマークの阿久津は冬雪の鞄が置かれた隣の席へ。そしてそんな先輩が大好きなデコ出しツインテールの後輩は阿久津の隣へと腰を下ろす。


「今日はウノとトランプ、どっちが良いでぃすか?」

「……どっちも駄目」

「見学の子が来た場合に備えて成形と削りを一人ずつくらいはやっていた方が良いだろうし、体験の子が来た場合は人手が足りなくなるかもしれないからね」

「じ、冗談でぃすよ。星華もやります!」


 冬の間は水が冷たく遊んでばかりいたため、すっかり毒されて習慣づいていた早乙女が開けた引き出しを慌てて閉める。心なしかマスク越しに火水木がニヤリとしている気がした。

 冬雪と早乙女が成形をするなら、見学用の人員は充分に足りているだろう。俺は阿久津や火水木同様に体験が来た場合の指導役として待機がてら、英語の参考書を取り出すと文法を覚えていく。


「ちわッス!」

「よう。今日は珍しく遅かったな」


 十数分経った後で陶芸室にやってきたのは、地毛は茶色だが脳内はピンクの後輩。かつては坊主頭だった鉄透くろがねとおるだが、昨年の夏終わり辺りから髪を伸ばし始めたらしく、今ではすっかりチャラ男っぽい男子生徒になっていた。


「いやー、頭髪検査に引っ掛かっちゃいまして」

「毎度のことながら大変そうだね」


 俺のクラスでも髪を染めてる奴はスプレーで黒くさせられたりしていたが、コイツの場合は地毛であるため説得が大変とのこと。担任はともかく、他の教師の頭が固いらしい。

 そんな苦労話をしながら、テツは俺と火水木の間へ。阿久津の正面であるその席は昔の俺の定位置だったが、大抵の場合はコイツの方が早く来るためすっかり奪われてしまった。


「新入部員来るッスかね?」

「まだ初日だから厳しいと思うけれど、来てほしいところだね」

「他の部活は昼休みにハウスホールでパフォーマンスしたり、中庭で勧誘とかしてましたけど、陶芸部はああいう感じのやらないんスか?」

「昼休みのパフォーマンスはともかく、中庭での勧誘に関してはやらないというよりやる人がいない感じかな」

「あー、成程納得ッス」


 阿久津がチラリと火水木に視線を送ると、それを見てテツが察する。確かに本来なら間違いなくやりそうな性格だが、この時期だけは花粉のせいで外に出たくないんだろう。


「とりあえず一人は候補がいる訳だし、友達を連れてきてくれるかもしれないぞ?」

「もしかしてウメちゃんが来てくれるんスかっ?」

「違うっての。のぞみちゃんだよ」

「あー、ユメノン先輩の妹さんでしたっけ?」

「そういえば去年の文化祭で、ノートにそんなことを書き込んでくれていたね」

「すっかり忘れてたッス。そういえば今日はユメノン先輩って休みなんスか?」

「何で俺に聞くんだよ? 聞く相手はそっちだっての」

「いやー、ネック先輩なら知ってるんじゃないかなーって思いまして」


 恐らくは単なる冗談かと思われるが、ズバリ言い当てられて動揺しかける。

 普段なら俺の右隣に座っている少女、夢野蕾ゆめのつぼみとは春休み中にも何度か会っており、その際に新学期の最初は陶芸部に行けなさそうという話を聞いていた。


「ユメノンなら音楽部が忙しくなるから四月はあんまり来れないって言ってたわよ。本当はいつも忙しいけど、この時期はパート分けとか新歓で特に大変みた……ふぇっくしっ!」

「大丈夫ッスかミズキ先輩? 肩揉みましょうか?」

「それでこの苦しみから解放されるなら、土下座してでもお願いするわよ」


 鞄の中からポケットティッシュではなく、箱ティッシュを取り出す火水木。本当に大変そうだなと思って眺めていると、テツが俺に小声で耳打ちしてくる。


「ミズキ先輩がくしゃみすると、おっぱいぷるんぷるんッスね」

「…………お前がいると新入部員は男子だけになりそうだな」

「何でっスかっ?」


 こうして陶芸部でくだらない話をしながら、のんびり過ごせるのも残り三ヶ月か。

 この時はまだ、悠長にそう考えていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る