11章:俺の受験がスタートだった件

初日(火) 俺の妹の合格発表日だった件

 受験……それは人生において大きな分岐点であり、数少ない自分との戦いだ。

 基本的には中三と高三、中学受験も含むなら小六の時が受験ということになるが、進級した直後は単なる最高学年に過ぎず真の意味で受験生になったとはいえない。

 受験を意識するようになって、人は初めて受験生と呼ばれるべき存在になる。

 例えば高校受験の場合なら、部活を引退した周囲の仲間達が勉強をし始めることによる危機感から、夏休みの頃に受験生となる者が多いだろう。

 その学校に通いたいという意志を持ち、自ら定めた目標に向かって走り続け、どれだけ自分を厳しく律することができるか。努力なくして学力は身につかないものだ。


「何事かと思えば、合格発表でござるか」

「ああ。そうだな」


 そして我が家にもまた一人、高校受験という厳しい戦いを終えた妹がいた。

 運命の審判を迎える今日、移動教室のため二階の渡り廊下を歩いていると、階下にいる中学生の群れを見て友人である火水木明釷ひみずきあきとがポツリと呟く。

 今の時代はネットで合否を確認することもできるが、屋代は貼り出されるのが午前九時に対してホームページでの発表は午後一時だったりする。

 まだ掲示まで十分ちょっとあるにも拘わらず、募集人員も志願者も普通の高校の倍以上あるマンモス校だけあって、普段は部活動の成果を掲示している校舎前のスペースには多種多様な制服を着ている少年少女達が既に集まり始めていた。


「米倉氏から見て、妹君の合格確率は何パーセントで?」

「五分五分だ」

「それはまた随分と厳しいですな」

「元々は勝率一割もなかったことを考えれば、これでも頑張った方だと思うぞ」

「さいですか」


 そんな話をしながら教室に入り席に腰を下ろすと、始業のチャイムが鳴り響く。

 どうしようもない妹ではあるがアイツなりに頑張ってたみたいだし、俺も兄としてできることはやったため悔いはなく、全てが終わった今となってはどんな結果でも受け入れるしかない。

 いや本当、我ながら良い兄貴っぷりを見せたと思う…………。




 ★★★




「…………行ってきます…………」

「ま~ま~緊張するな若者よ。こんなこともあろうかと……カモン!」

「イエスマムッ!」

「はえ? お兄ちゃん……?」

さくらと!」

ももの!」

「櫻桃コント~」


「ふっ……謎は全て解けた」

「なんですってっ? こんなに難しい問題がもう解けたというのっ?」

「この程度の事件、落ち着いて考えれば簡単ですよ」

「事件は簡単」

「事件」

「「受験! ハイッ!」」


「同じ血を引いている貴女にだってわかる筈ですよ」

「そんな……そんなの嘘よ! こんなに難しい問題、私に解けるわけがない!」

「貴女はもっと自分に自信を持つべきだ。頭の良さは互角なのに」

「互角なのに」

「互角」

「「合格! ハイッ!」」


「どうも」

「ありがとうございました~」

「桃姉……お兄ちゃん……うん! 行ってきます!」




 ★★★




 相変わらずプレッシャーに弱い妹のために、初めてやった姉貴とのコント。事あるごとに見せられていたため割と上手くいき、笑顔にさせるという使命も達成できた。

 夏休み以降は模擬試験の判定は安定して合格圏に入るくらいには成長していたし、一度だけ安全圏を取ったこともある。本番でミスさえしなければ合格できる可能性は充分にある筈だ。

 気掛かりとしては一年と二年の内申があまり良くないこと。そして帰宅後に手応えを聞いたら、浮かない表情で微妙と言っていたことくらいだが……と、その時だった。


『ヴヴヴヴヴ……ヴヴヴヴヴ』

「!」


 ポケットの中でバイブレーションによる振動を感じる。

 先生が黒板に書いている隙を見て、俺は携帯を取り出すと受信メールを確認した。


『祝! 合格!』


 米倉梅よねくらうめと表示されている送り主からの本文は至ってシンプル。しかしながらこれでもかというくらいに貼られている大量の絵文字を見れば、喜んでいる様子が充分に伝わってくる。

 一斉送信されているメールの宛先欄を見ると、俺以外に送っていた相手は姉貴に加えてお世話になった家庭教師(仮)。長い春休み中を我が家でくつろいでる姉貴に送る分には問題ないが、、アイツも俺も今は授業中だっての。

 文字だけでも伝わってくる騒々しさに呆れて溜息を吐きつつも、俺は先生の目を盗みつつ一ヶ月後には後輩となる妹へ返信を送るのだった。


『よく頑張ったな。うめでとう!』

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