三日目(金) 修学旅行の思い出だった件

「はいっ?」

「いいなー。私も米倉君と水族館デートしたかったなー」

「いやいや、ちょっと一緒に見ただけで――――」

「ちょっとー?」

「えっと……一時間くらい……?」

「二人で一緒に写真撮ったり?」

「撮ったっていうか、撮られたっていうか……」

「水槽を見ながら楽しく話したり?」

「楽しいっていうか、いつも通りっていうか……」

「じー」

「と、とにかく一緒に回っただけで、別にデートとかそういう雰囲気じゃなかったから! どっちかって言うと夢野と一緒に文化祭を回った時の方がデートっぽかったし!」

「本当にー?」

「マジのマジ! 大マジだから! 嘘だと思うなら阿久津に聞いてみろって!」

「ふーん。じゃあ、そういうことにしておいてあげよっかな」


 滅多に見られないふくれっ面も可愛かった少女は、俺の腕から離れるなり仕方なさそうに口を開いた。とりあえず理解してもらえたことに安堵する一方で、恋人気分だった至福の時間が終了しちょっと寂しかったりもする。

 文化祭の時も阿久津から似たようなことを言われた気がするが、夢野と一緒に回ったのはデートと言われても仕方ない。しかし阿久津と一緒に回ったアレをデートなんて言った日には、間違いなく俺が躊躇いのない罵詈雑言でフルボッコにされるだろう。


「首里城の方はどうだったんだ?」

「楽しかったよ。全体的に物凄く赤かった!」

「何だそりゃ?」

「ちょっと待ってね。米倉君のために、沢山写真撮ってきたから……ほら、これ!」

「おお! 確かに物凄く赤いな」


 スマホを取り出し操作した夢野は、俺にも画面が見えるように身を寄せてくる。見せられた正殿の写真は言葉通り、建物から地面に至るまで赤一色だった。

 写真をスライドさせて最初に戻ると守礼門から始まり、市街を見下ろせる城壁や静かな雰囲気の庭といった景色の数々を経て正殿の中へと進んでいく。


「それで、これが琉球国王の王冠なんだって」

「へー。この王冠、何で横からでっかい釘が貫通してるんだ?」

「これは釘じゃなくてかんざし!」

「じゃあこの電飾みたいに沢山付いてるイボイボは?」

「これはレプリカなんだけど、本物は金とか銀とか七種類の宝石が付いてるらしいよ」

「マジか」


 センスの良し悪しが分からない俺でも、この王冠は華やかというよりはゴテゴテしていて見栄えが悪く微妙に見える。王冠であると教えられていなかったら、ぶっちゃけ足つぼマッサージの道具か何かと聞いてしまいそうな見た目だ。

 こうして写真を見せられると、行ってみたいという欲望が掻き立てられる。中には撮影禁止の場所もいくつかあったらしいが、紅芋とマンゴーのソフトクリームを食べる二人なんて微笑ましい写真も挟みつつ、夢野は説明を交えながら色々と見せてくれた。


「俺も今度から、少しくらいは写真を撮ってみようかな」

「思い出、残したくなった?」

「まあそれもちょっとあるけど、こういう風に何かしら共有したいものがあって説明する時とかは写真があった方がわかりやすいなって思ってさ」

「ふふ。でしょ? それじゃあ早速撮ろっか」

「ん? いや、俺が言ったのは景色とかであって――――」

「いいからいいから」

「お、おいっ?」


 言うが早いか、カメラモードに切り替えた夢野が腕を絡めてくる。

 距離が近づきふわっと良い匂いがする中、綺麗な夜景がバックに入るよう精一杯に腕を伸ばす少女。そして俺が止める間もなく、あっという間にコールがされた。


「撮るよー?」

「…………」

「ふー」

「ひょわっ? 何するんだよっ!」

「はい、チーズ!」

「っ?」


 不意に耳に息を吹きかけられ驚いたが、抗議する間もなくコールされる。

 表情を作る間もなく慌ててポーズだけ撮ると、撮影音が鳴り響いた。


「うん。バッチリ!」

「そうか?」

「じゃあもう一枚撮る?」

「勘弁してください!」


 確かに普段よりは写真写りが良いものの、やはり所詮は美女と野獣。それにこうやって自撮り形式である以上は仕方ないが、夜景はあんまり写っていなかった。


「夢野は自分が撮られるのとか嫌じゃないのか?」

「うーん。こういうときは特別だし、あんまり気にしないかな。それに友達と写真を撮るときは普通に撮るよりも、こっちで撮ることが多いし……あ! 米倉君可愛い!」

「あー、成程な。確かにこれなら納得だ」

「それじゃあもう一枚ね♪」

「何ですとっ?」


 スマホを軽く操作した夢野は、再びギュッと抱きつきつつ腕を伸ばす。

 今回は先程と違い、顔認証システムにより半自動的に加工や合成ができるアプリを利用しての撮影。画面に映っている俺と夢野の鼻は犬の鼻になり、頭には犬耳が付いていた。


「リラックスリラックス。米倉君の表情が硬くなったら、またふーってやっちゃうよ?」

「そう言われてもな」


 少し顔を近付ければキスできるくらい間近にいる夢野は嬉しそうに微笑む。

 これが硬くなる原因なんだよなと思いつつ、息を吹きかけられないよう笑顔を作った。


「はい、チーズ!」


 アプリの影響で先程以上に夜景が映っていないが、撮れた写真を見て夢野は納得した様子。腕を解放された俺は、高鳴っている鼓動を落ちつけるべくゆっくり息を吐く。


「最初で最後の修学旅行なんだから、思い出は沢山作らないとね」

「まあ、そうかもしれないけどさ……」

「それじゃあもう一つ、思い出作ろっか」

「まさか、また写真かっ?」

「ううん。じゃーん♪」


 夢野は財布を手に取るなり、その中から一枚のお札を取り出す。

 そこに描かれていたのは人物の肖像画ではなく、先程写真で見たばかりの守礼門。今となっては伝説にすらなりかけている、二千円札だった。


「おー。そういえば沖縄だと普通に流通してるって聞いたことがあったけど、ちゃんと存在してたんだな。買い物とか結構したけど、一度も見なかったよ」

「欲しい?」

「ん? 欲しいって言ったらくれるのか?」

「うん。答えが当たったらね」

「!」


 確かに金額的には近いが、そのために手に入れたんだとしたら本当に用意周到だな。

 俺は大きく深呼吸をした後で、古い記憶を遡る。

 そして最後の謎である、2079円の答え合わせを始めるのだった。

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