三日目(金) ペンギンが日本列島だった件
「なあアキト。サンドブラストって何なんだ?」
「それは勿論、古より伝わりし必殺の奥義ですしおすし。強力な全体攻撃な上、喰らった相手には50%の確率で命中率低下の状態異常を付加するお」
「そうかそうか……魔導レーザー!」
「アウチョッ!」
バスでの移動を終え到着したのはガラス工芸館。ここでは体験は色々な種類があり、阿久津達とは目的地こそ同じだったものの流石に体験内容までは違ったらしい。
ガラス工芸館へ行くということまでしか知らなかった俺は、これから行うサンドブラストなる体験について今更ながらアキトに尋ね、返された厨二的解答を聞くなり脇の下へ人差し指をブスリと刺しておいた。
「拙者も軽く調べた程度で具体的には理解してないですし、どうせ中に入ったら説明があるかと思われ」
「それなら中途半端な理解でいいから三行で頼む」
「砂を吹きつけて、表面を削ると、曇りガラスっぽくなる」
「…………何言ってんだお前?」
「オートボウガン!」
「ぐはっ!」
そんなアホなやり取りをしながら建物の中へ。売店には食器に花器、風鈴やアクセサリーといった様々な種類かつ色鮮やかなガラス製品が並んでいる。
「冬雪氏に聞いてみては?」
「いや、今の冬雪に水差すのはちょっとな」
「おk把握」
楽しみにしていたガラス細工や制作工程を目の当たりにして、いつになくテンションが高めの冬雪。相変わらず表情の変化には乏しいが、目を輝かせ心ぴょんぴょんしそうな動きを見れば喜んでいるということは付き合いの長い俺じゃなくてもわかるようだ。
それならばと、方向性こそ違うが冬雪同様に芸術を志しており、何となくその手の知識に詳しそうなイメージがある如月の方を見る。
「如月さ……じゃなくて、如月はサンドブラストって何か知ってるか?」
「(フルフル)」
俺が如月に尋ねる一方で、アキトも川村に聞いてみるが収穫は無し。もっとも如月の場合は、例え知っていたとしてもアキトや川村がいる今は喋ってくれないだけかもしれない。
しかし体験内容を決めた本人しか知らないって、流石に適当過ぎるだろ俺達。
「……♪」
「それにしてもこの冬雪氏、ノリノリである」
「陶芸部でも滅多に見ないレベルだからな。合宿で美術館に行った時くらいか」
「見ていて微笑ましいですな」
「そう! あれこそ人呼んでクラフトデザイナー、エリュシオン冬雪!」
「略してCDEF! …………これ、単にアルファベットを羅列しただけだお」
この上なく幸せそうな冬雪を先頭にして作業する部屋に案内されると、そこに用意されていたのは色々な形や大きさをしている粘着性シートで覆われたグラス達。それに加えて、そのグラスに描くことのできる絵柄の数々だった。
スタッフの人から話を聞いた限り、大体の作業工程としては好きな絵を描いた後でカッターを使って切り取る。するとその切り取った箇所に砂が吹き付けられ、白い曇りガラスのような模様になるらしい。
「……別にこの中から選ばずに、自由に描いても大丈夫」
「(コクコク)」
確かに美術部の如月なら、こんなお手本を使う必要もないだろう。画力があることを羨ましく思いつつ、俺は細長いグラスとペンギンの絵柄を選び終える。
描くといってもカーボン紙を当てて絵柄を転写するだけでオーケーのため、絵のセンスがなくても問題なし。飲むときの口当たりを考えてグラスの口付近には模様がこないようにするという注意点もしっかり守り、思っていた以上にスムーズに進めることができた。
「……」
「…………」
しかしながら難しいのはここから。転写を終えた俺はカッターを手に取ると輪郭に沿って慎重に切り始めるが、粘着性シートの抵抗によって思うように手が進まない。
グラスは曲線であるためカッターの刃が表面をつるりと滑ってしまいがちであり、だからといって力を入れ過ぎると今度はグラス本体の方を傷つけてしまう危険がある。
「………………」
「……………………」
各々が作業に没頭し、無言の時間が続く。
ハートマークや星マークといった簡単な絵柄は輪郭を切り取るだけで完成だが、俺が挑戦しているペンギンは背中や頭は黒だがお腹は白い生き物。そのため輪郭を切り取っただけでは終わらない。
作業開始から三十分ちょっと過ぎた頃になって、お腹部分の枠取りがようやく終了。ペリペリっと綺麗に剥がれた瞬間は、ちょっとした快感だった。
「ふう……我ながら未だかつてないくらい上手くできた気がするんだが、見てくれよこれ」
「ほほう。米倉氏、中々に良い仕事をしてますな」
「だろだろ?」
不器用である俺はこの手の類に挑戦すると、大抵理想と大きく異なる結果になり溜息を吐くのが定番だが、今回は限りなく理想に近い出来具合だ。
勿論複雑な薔薇の絵柄を切り抜いている冬雪や、ネズミーのキャラクターを自分で描いた如月のグラスに比べれば完成度は大きく劣るが、それでも個人的にはかなり満足である。
「拙者の方も無事に完成したみたいだお」
「お?」
サンドブラスト機に掛ける工程は、スタッフの人がやってくれるとのこと。俺が自信作であるペンギングラスを預けると、一足先に切り抜く作業を終えサンドブラストされたアキトのグラスが入れ違いで帰還する。
眼鏡をクイッと上げたガラオタがゆっくりと粘着性シートを剥がしていくと、そこには切り抜いたイルカの絵が曇りガラスとなって白く映っていた。
「おお! へー、こんな風になるのか」
「かがくのちからってすげー!」
試しに触れてみるとサラっとした感触。この曇りガラスが金剛砂と呼ばれる研磨材であり、圧縮空気に混ぜて吹き付けることでこうなるんだとか。成程わからん。
友人の完成品を目の当たりにして、自分のグラスはまだかとテンションが上がっていく。女子三人が切り抜く姿を眺めつつワクワクしながら完成を待っていると、ナイスタイミングで俺達より先に別の体験を終えたと思われる阿久津達がやってきた。
「やっほ~。音穏ちゃ~ん。閏ちゃ~ん。遊びに来たよ~」
「調子はどうだい?」
男子達はお土産コーナーに行く旨を告げ、女子二人は如月と冬雪の切り抜いているグラスを覗き込む中、阿久津は待機中である俺の隣に座りこむ。
「ふっふっふ。もうすぐ完成だ。楽しみにしておけ」
「ふむ。こういうのはキミの苦手分野だと思っていたけれど、いつになく自信ありげだね」
「まあな。そっちはどうだったんだ?」
「それなりに上手く出来たよ。完成品は二日くらいかけて冷ます必要があるらしいから今は手元に無いけれど、写真を撮ってもらったから見るかい?」
「おう。見たい見たい」
阿久津達が体験したのは吹きガラスと呼ばれるもの。筒状になっている長い竿の先端に溶かしたガラスを巻きとり、息を吹き込むことでガラスを膨らませるという製法だ。
「竿から切り離した後の、飲み口の仕上げが中々に難しくてね」
「へー。そっちも面白そうだな」
「サンドブラストはどんな感じなんだい?」
「ああ。最初にグラスと形と絵柄を選んで――――」
ここまでの工程について簡単に説明すると、ついに待ち焦がれたマイグラスが帰還。丁度いいとばかりに、阿久津の前で完成品であるペンギンの姿を披露した。
「見るがいい! これが俺の…………」
「俺の、何だい?」
「何じゃこりゃあっ?」
「ボクに言われてもね。これは日本列島かな?」
「米倉氏、一体何があったの……ブッフォ!」
「……輪郭の切りが細すぎるとこうなる」
粘着性シートを剥がしてみれば、曇り加工がされて白くなったのはお腹部分だけ。冬雪の言う通り輪郭部分を太く切らなかったため、ペンギンを象っている一番大事な線が消滅してしまい何が何だかわからない物が誕生した。
「違うんだ! ペンギンなんだよ! ペンギン! ほら、これ!」
「ふむ。ああ、そういうことかい? 実にキミらしい失敗だね」
「あァァァんまりだァァアァ」
阿久津が笑い、アキトが腹を抱えて爆笑し、初対面に近い女子二人にまでも嘲笑される。違うんだよ。切った段階までは未だかつてない完成度だったんだよ。
残った冬雪達も無事にオリジナルグラスを完成させる中、俺のサンドブラスト体験だけは得体の知れない造形で終了するのだった。サンドブラストって何なんだ?
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