元旦(土) 正月気分は正午までだった件

「明けましておめでとうございます。今年も宜しくお願いします」

「はい、今年も宜しくお願いします」


 年越し蕎麦を食べながら年末のテレビを楽しみつつ、歌合戦の後にある年越し番組が鐘の音と共に『0:00』を表示させたところで、この時間まで起きていた母さん及び実家に帰省している姉貴と親しき仲にも礼儀ありの丁寧な新年の挨拶を交わす。

 ちなみに梅の奴は阿久津&早乙女の先代部長コンビに誘われたらしく、同期のバスケ部仲間を引き連れて初詣を満喫中。今頃は皆で合格祈願のお参りをしている頃だろう。


『明けまし天丼。おめでトンカツ。新年ガチャで神降臨キタコレ!』

『明けましておめでとう! 櫻君、今年も宜しくね』

『あけおめことよろッス! 陶芸部メンバーで初詣とか行きません? もしかしたら女子陣の着物姿が拝めるかもしれないじゃないッスか! そんでもって着物といったらノーパンノーブラ! これはもうネック先輩が提案するしかないッスよ!』


 新年を迎えて次々と届く、クラスメイトや部員達からのあけおめーるに返信を送る。中には新年早々に告ってオーケーを貰ったなんて報告をしてくる奴もいたため、爆ぜろリア充と祝福の返事をしておいてやった。

 何年か前まではあった新年の挨拶による通信遅延の風物詩も、ここ数年ではすっかり無くなった様子。十分もすると返信も一段落し、他愛ない話をする姉貴と母さんをよそに新年を感じさせる第一段階が終了した俺はベッドで除夜の鐘を聞きながら眠りにつく。

 そして朝を迎えると、眠っている間に追加で届いていたあけおめーるに返信した。


『明けましておめでとう。昨年は色々あったけれど、今年も宜しく頼むよ』


 その中にはモーニングコールをするかの如く明け方になって送られてきた阿久津からのメールもあったが、内容はアイツらしく至ってシンプル。こちらも梅の初詣に付き合ってくれたことへ礼を言いつつ、当たり障りのない無難な返事をしておく。

 起きるなりリビングへ向かうと、昨日はテレビも見ないで早々に寝た父さんが駅伝を視聴中。新年の挨拶を交わしていると、トイレのドアが勢いよく開き梅が現れた。


「明けましておめでとうございます。今年も宜しくお願いします」

「あ! はよざっすお兄ちゃん! あけましてうめでとう!」


 リビングに戻ってきた梅は新聞を開くと、三が日の番組をチェック。姉貴は未だに眠っている中、俺は束になっているチラシに付いていたクロスワードパズルに挑戦する。勿論の応募するつもりなんてなく、梅が新聞を見終わるまでの暇潰しだ。


「ヴェエエエッ? エマージェンシーエマージェンシー! 8時から9時かぶった~」

「格付けチェックは譲れんな」

「お母さ~ん! ジャンケンしよ~」


 どの番組を見てどの番組を録画するかというテレビ争奪戦も正月恒例。もっとも家族で見る番組は大体決まっており、主に録画枠を取り合うのは梅と母親だ。

 熱いジャンケンバトルの行く末を聞きつつ、クロスワードを埋められるところまで解き終えた俺は悩んでいる箇所を父親に質問。何とか完成にまで至った後で、ふと宝くじのことを思い出しパソコンを起動する。

 当選番号を検索してみるが、そう上手くはいかず無事に全て外れ。そうこうしているうちに、母さんの手作りおせち料理の準備も終わったようだ。


「そろそろ桃起こしてきて頂戴」

「は~い! 音速は水中だと1500㎧くらいダァッシュ!」


 これぞ米倉家という一連の流れ。姉貴がいた頃の休日はいつもこんな感じだったっけな。

 ようやく起きてきた姉貴や梅と共に、父さんの御神酒(という名の普通の酒)に一杯だけ付き合いつつ、家族で豪華な朝食を堪能した後は待望のお年玉を貰う。大体この辺りになったところで新年を感じさせる第二段階が終了だ。

 それから少しして郵便屋さんのバイクの音を聞くなり、梅が勢いよく飛び出し年賀状を確認。携帯を持っていなかった頃は俺も楽しみだったが、今となっては0枚が当たり前だ。


「お父さん、お父さん、お母さん、お父さん、梅! お父さん、桃姉、梅! お父さん、お母さん、お父さん、桃姉、梅! 梅! お父さん、お兄ちゃん、お父さん――――」

「ん? 俺?」

「うん。蕾さんから届いてるよ~」


 ウキウキで年賀状の仕分けをしていた梅が、俺に一枚の年賀状を差し出す。確かに去年は夢野からあけおめーるが届いていたが、今年はまだ見ていなかった。

 受け取った年賀状の表を眺めると、流れるように綺麗な字で丁寧に宛名と住所が書かれている。恐らくは望ちゃん経由で梅の奴に聞いたんだろう。


『明けましておめでとう♪ 昨年は陶芸について教えて貰ったし、体調を崩した時とか本当にお世話になりました。米倉君のお陰で楽しい一年だったよ。今年も宜しくね!』


 裏を見れば色鉛筆で描かれた可愛い干支のイラストと、気持ちの籠ったメッセージ。ほんわかしつつ顔を上げれば、梅と姉貴がニヤニヤしながら覗きこんでいた。


「うめでとうお兄ちゃん! 良かったね~」

「へ~。ふ~ん」


 その顔がまたウザいのなんの……姉妹揃って張り倒したくなるな。

 とりあえず母さんから余っていた年賀状を貰い部屋に戻るが、いざ返事を出すとなると何を書いてよいかわからず試行錯誤。気が付けば家族で初詣に行く時間となっていた。

 例年は年明けに合わせて夜の出発だったが、今年は梅が阿久津達と行っていたため初となる昼の初詣。夜に比べると気温も暖かいし、来年以降もこうしようかなんて話が出る。


「合格しますように……合格したいです……合格させてください……」


 心の声が漏れているのか、盛大に鈴を鳴らし大きく手を叩いた妹が隣でブツブツと呟く。

 俺も両手を合わせると、普段は存在なんて気にも留めない癖に都合の良い時だけ頼ろうとしてごめんなさい。そんでもってウチの騒々しい妹が二度も顔を出して本当にすいませんでしたと、神様にしっかり謝っておいた。

 そして二週間後と二ヶ月後にそれぞれ私立と公立の受験を控える梅には合格祈願。俺には学業成就。姉貴には無病息災の御守りが母上から支給。父さんと姉貴と梅の三人が甘酒を飲んでいる間に昨年の御守りや御札を納め、米倉一家の初詣は終了した。


「ごちそうさまでした」


 帰宅した後で昼食に雑煮を食べれば、新年を感じさせる第三段階……というよりも正月らしい行事は大体終了。ぶっちゃけ正月気分を味わえるのは年が明けてから半日程度で、午後になった頃には普通の休日に戻っている気がしなくもない。

 例年ならゴロゴロまったり過ごすところだが、今年は悩んでいた夢野への年賀状を作成。結局シンプルになってしまった返事を書き終えた後で投函しに家を出ると、タイミング良くはす向かいの家の扉が開き幼馴染の少女が姿を現した。

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