10章:俺の彼女が2079円だった件

初日(金) 一年前のヒントだった件

 クリスマス。

 それは長い人生において、認識の仕方が大きく変化する一日だと思う。

 幼い子供の頃は、ケーキやプレゼントが楽しみだった。

 中学生を超えた辺りになると、プレゼントは無くなり単なる冬休みの一日と化す。

 大学生や社会人になれば、家族ではなく恋人と迎える特別な日になるかもしれない。

 そして親になった時は、我が子へ夢を与える平日となる。

 ただし異性と縁がない場合は、中止のお知らせをするくらいに忌むべき祭日だ。


「ふーふふーふーん♪ ふーふふーふーん♪」


 ちなみに俺達陶芸部にとっては、今年もパーティーの日だったりする。

 俺は透き通るようなハミングで『きよしこの夜』を歌っているニット帽の少女、夢野蕾ゆめのつぼみと共に、すっかり葉が落ちてしまった並木道を自転車で走り抜けていた。

 夢野と一緒に帰りながら鼻歌を聴くことは別に珍しいことじゃなく、普段なら『夕焼け小焼け』や『故郷』といった夕方の曲や『ちいさい秋みつけた』みたいな季節に合ったものが多い。恐らくは保育園や幼稚園でも歌われている童謡や唱歌だろう。


米倉よねくら君はクリスマスソングって言ったら何が好き?」

「そうだな…………チャンチャンチャーン、チャンチャンチャーン」

「あ! ジングルベル?」

「タラララランタンターン。残念、青い山脈だ」

「えー? ちゃんちゃんちゃーららーん♪ じゃないの?」


 耳が痛くなるほど冷たい寒空の中で、夢野が別の意味で耳の痛くなりそうな陽気な音楽を歌い返す。電飾が灯るこの季節では町の至る所で流れているが、それこそコンビニでバイトなんてしていたら飽きるほど聞かされていること間違いなしだろう。

 日の入りの時間もすっかり早くなり、沈んでいく太陽によって雲が綺麗な紅色に染まっている。楽しかったクリスマスパーティーに加えて心癒される夕焼け空を目の当たりにしたせいか、今日の夢野はいつも以上に御機嫌だ。


「また来年も皆で一緒にパーティーできたらいいのにね」

「推薦とかで合格が早く決まれば、来年もできるんじゃないか?」

「そっか。じゃあ頑張らなくちゃ!」


 そう言ってはみたものの、流石に来年は厳しいだろう。ちなみに今年のクリスマスパーティーも内容は昨年と大して変わらず、メインイベントは宵闇鍋&プレゼント交換だった。

 昨年のリベンジに燃える少女と加減を知らないアホな後輩のせいで、今年は随分とえらいことになった宵闇鍋の味が未だに鼻に残っている。ちゃんとカレールーが用意されていたから良かったものの、危うく食べ物を粗末にするところだったぞアレは。


「そういえば米倉君、うめちゃんの誕生日は何かプレゼントしてあげたの?」

「ああ。鉛筆を渡しておいた」

「ひょっとして、合格祈願の?」

「いいや、バトル鉛筆だ。あれならアイツも困った時にコロコロして決められるからな」

「ふーん。わざわざももさんと一緒に買い物まで行ったのに?」

「情報が早いな。のぞみちゃんか?」

「ふふ。そうやって梅ちゃんをおちょくる冗談ばっかり言う米倉君には秘密でーす♪」

「一応これでも応援はしてるっての。まあ、合格鉛筆なんて所詮は気休めだけどな」

「ううん。それでもプレゼントしてあげたのは梅ちゃんの自信になったと思うよ」


 確かにアイツの場合、普段は能天気な癖にいざとなるとプレッシャーに弱いから、気休めでしかない神頼みも満更捨てたもんじゃないか。

 今年も昨年同様に兄妹三人で両親のクリスマスプレゼントを選ぶ買い物に行ったりもしたが、ひょっとしたら今の夢野にはその辺りの情報まで望ちゃん経由で伝わっているのかもしれない。


「米倉君も、当たるといいね」

「ん? 闇鍋の食あたりか?」

「もう。そっちじゃなくて、プレゼントの宝くじ!」

「あー。万が一大当たりで一億円が当たったとかなんてことになったら「やっぱり返してください。先生、お金欲しいです」とか言われたりしてな」

「ふふ。確かに言いそうかも」


 陶芸部のプレゼント交換も、今年は無難な物が多かった気がする。

 ざっとまとめると、大体こんな感じだ。




米倉櫻よねくらさくらのハーブティーセット → 伊東先生へ。

阿久津水無月あくつみなづきの入浴剤セット → 火水木へ。

・夢野蕾の手作りハンドタオル → 阿久津へ。

冬雪音穏ふゆきねおんのお手製キャラ陶器 → 早乙女へ。

火水木天海ひみずきあまみの面白アイマスク → 鉄へ。

鉄透くろがねとおるのアルコール入りチョコレート → 冬雪へ。

早乙女星華さおとめせいかのアロマオイル → 夢野へ。

伊東いとう先生の年末の宝くじ三枚 → 俺へ。




 俺は今年も姉貴に相談して選んだプレゼントだが、他の面々は実に個性がわかりやすいプレゼントだったと思う。特にテツのチョコなんて、いつぞやの火水木と同じ発想だ。

 そんな和気藹々としたクリスマスパーティーも終わってしまうと、今年も残り一週間。このクリスマス→大晦日→元旦の流れは、毎年のことながら本当に忙しなく感じる。

 文化祭が終わった後の九月、十月、十一月は体育祭とハロウィンくらいしかイベントがないんだし、いっそのこと一つくらい分けてあげてもいいんじゃないだろうか。


「ねえ米倉君。去年のイブのこと覚えてる?」

「ん? パーティーの内容は今年と大して変わらないし、まあ覚えてるっちゃ覚えてるな」

「じゃあ問題です。去年ここで、私が米倉君に渡したものは何でしょうか?」

「ああ、羊毛フェルトで作った猫だろ? 梅の誕生日プレゼントにって」

「正解♪」


 別れ場所である横断歩道前で止まるなり、質問をしてきた夢野は微笑みつつ答える。数ヶ月前に梅の部屋へ足を踏み入れた時にもパッと見た感じでは大事にしているっぽい雰囲気だったし、流石にそのことは覚えていた。


「実はね、今年も用意したの」

「マジか。何か悪いな」

「一日遅れになっちゃったけど…………さて、問題です。この中身は何でしょうか?」

「うーん。じゃあ犬とか?」

「半分正解♪」

「半分?」

「うん。半分だけ。はい、どうぞ」

「中、見てもいいのか?」

「うん」


 夢野は鞄の中から掌よりやや大きいサイズの箱を取り出すと、俺に差し出してくる。

 半分だけ正解となると、まさか合成魔獣キメラでも産み出したのだろうか……なんてアホなことを考えながら箱を受け取った後で確認してみれば、中に入っていたのは羊毛フェルトで作られた可愛い招き猫と招き犬だった。


「猫は梅ちゃんへのプレゼントで、犬は米倉君へのプレゼント」

「俺に?」

「うん。梅ちゃんの分だけ作るのもあれかなーって思って」

「大変だろうに、わざわざ作ってくれたのか。何か悪いな」

「ううん。簡単にできるから。梅ちゃんに受験勉強頑張るように伝えておいて。黒猫って不吉とか縁起が悪いって言われることもあるけど、昔は魔除けとか厄除けとか幸運の象徴だったんだって」

「ああ。きっとアイツも喜ぶよ。本当にありがとな」

「どう致しまして。それじゃあ、良いお年を」

「おう。良いお年を」


 水が冷たくなった今の時期は、陶芸をすることもあまりない。それに今年は大掃除も早目に済ませてしまったため、次に会うのは冬休みが終わった後になるだろう。

 夢野と別れを告げた俺は、後ろ姿を見届けた後で自転車を漕ぎ出した。

 去年は猫。

 今年は犬。

 もしかしたらこの羊毛フェルトは梅への誕生日プレゼントとしての意味だけじゃなく、俺のために用意してくれたヒントの一つだったのかもしれない。

 2079円。

 その金額が何を意味しているのか、一つの仮説を立てたのはかれこれ三ヶ月も前のことになる。

 しかし俺は未だに、最後の謎の答えを夢野に話すことができていない。

 本当に伝えていいのか。

 伝えた後に、どうすればいいのか。

 かつて少女が120円だった理由を思い出した時には気にも留めていなかったことが、今の俺にとっては大きな問題となっていた。

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