元旦(土) 久し振りのミナちゃんだった件
「よう。あけおめ」
「やあ。明けましておめでとう。今年も宜しく頼むよ」
新年になっても私服は相変わらずボーイッシュ。ジーンズを履きニット服の上からコートを着ている、流水のような長髪がトレードマークの阿久津と挨拶を交わす。
家の中から現れたのは幼馴染の少女だけではなく、その背後からひょこっと見慣れない少年が顔を覗かせる。身長が阿久津のお腹の辺りくらいまでしかない、まだ幼い男の子だ。
「みなちゃん、あれなに?」
「櫻だね」
「へえー。こんにちは! さくら!」
「こ、こんにちは……」
人のことを物扱いしてから無礼に指さした上に、呼び捨てという出会い頭のトリプルコンボ。まだ顔を合わせて僅か二秒足らずだが、俺の中でこのガキんちょの評価は50点くらいにまで落ちた気がする。
「駄目だよ。ちゃんと櫻お兄さんと呼ばないとね」
「さくらおにいさん」
「はい。よくできました」
「えへへ」
前言撤回。あの阿久津から「櫻お兄さん」なんて貴重な発言を引きずり出すとは、ナイスファインプレーだ。ただそれだけで頭を撫でられてるのは気に食わんがな。
阿久津に手を握られた少年は、腕をブンブンと大きく振り回す。
「新年早々、大変そうだな。どこに行くんだ?」
「南小だよ。あそこには色々と遊ぶ物があるからね。そういう櫻はどうしたんだい?」
「ちょっと年賀状を出しにな」
「羨ましいね。ボクには一枚も来なかったよ」
「まあ今はそれが普通だろ。俺も去年は来なかったし」
「みなちゃん、はやくはやく!」
「まあまあ。そう慌てなくても学校は逃げないよ」
「はーやーくー」
急かす少年に手を引っ張られて歩き出す阿久津。それを見ていた俺は取り出しかけた自転車の鍵をポケットに戻すと、二人に合わせて歩き始めた。
「あのね、ぼくすっごいんだよ!」
「その子は?」
「ハル君だよ。ボクの従兄の子供だね」
「えっと……要するに、はとこか?」
「いいや。はとこはボクの子供と従兄の子供の関係かな。ボクも呼び方が気になって調べてみたけれど、従兄の子供は従兄違いとか
「ほー。そうなのか」
「ねーえー」
「ゴメンゴメン。ちゃんと聞いているよ。何が凄いんだい?」
「あのねあのね――――」
米倉家の親戚の集まりは明日だが、阿久津家では今日だった様子。近所から時々幼児の鳴き声が聞こえていたが、あれもひょっとしたら阿久津のところだったのかもしれない。
しかしこのハル君、とにかく喋りまくる。休む間もなく「あのね」から始まり、少しでもスルーすると聞いて貰えるまで繰り返す……お喋り九官鳥と名付けてやろう。
「ハル君、何歳なんだ?」
「さんさい!」
…………と言いながら指を四本あげるハル君。一体どういうことなのと阿久津を見る。
「早生まれだからまだ三歳だけれど、もうすぐ四歳で今度年長になるよ」
「ああ、成程な」
「いいかいハル君。まだ三歳だから指はこうだね」
「さんさい!」
「そうそう。よくできました」
「さんじゅっさい!」
「それは少し違うね」
「じゃあひゃくさい! えへへ」
「いつの間にお爺ちゃんになったんだい?」
「さくらはひゃくさい!」
「俺かよっ?」
「えへへ」
「櫻お兄さんだよ」
「さくらひゃくさいおにいさん。えへへ」
「全く……すまないね」
「別にいいっての」
この脈絡のないぶっ飛んだ会話で笑うハル君。多分ウンコチンコ言うだけで無駄に喜んだりしそうだし、今になって考えると子供のツボってマジで意味がわからないな。
いくら櫻お兄さんと正したところで、ハル君は阿久津が櫻と呼んでいるのを真似して呼び捨てにしている気がする。阿久津はそのことに気付いていないようだし、何かもう面倒くさいので呼ばれ方に関しては諦めることにした。
「ポストならそっちだけれど、こっちまで付いてきていいのかい?」
「南小の前にもポストはあるだろ?」
「気を遣ってもらってすまないね」
「どうせ家にいても暇してたから気にすんなって」
その後もハル君によるあのねのねを聞かされながら、かつて通学路だった筈の道が驚くほど変わっていたことに寂しさを感じつつ歩くこと数分。俺達は懐かしの黒谷南小へと到着した。
ポストに年賀状を投函してから校門の中へ入ると、似たような境遇で子供に引っ張り回されたと思わしき親子連れが何人か来ている様子。中には凧揚げをしている人もいるが、今日は風があまりないため調子は悪そうだ。
「わあーっ! にんにん!」
安全の保証された校庭へ着いてから阿久津が手を離すと、弾けるように駆け出していくハル君。そして何をするかと思いきや、真っ先に取った行動は砂場へのダイブだった。
「うわー。お笑い芸人並に身体張ってるなー」
「はあ……多少なり汚れるとは思っていたけれど、いきなりとは参ったね。後で着替えとお風呂を用意してもらうよう連絡しておかないといけないかな」
「大変だな。ハル君の両親は何してるんだ?」
「従兄にはハル君の他に小学一年生の男の子と二歳の女の子がいるんだけれど、三人もいると流石に手が回らないみたいでね。大抵ボクが世話役を任されるんだよ」
「そりゃまた災難だな。親も親で任せっぱなしなのか」
「普段面倒を見て疲れている分、こうして集まっている時くらいはリラックスしたいだろうさ。それにボクとしても、子供の面倒を見るのは嫌いじゃないしWINWINだよ」
「成程な」
こちらの苦労も知らず、起き上がるなりエヘヘと笑うハル君。更には見て見てと再びダイブしてからゴロゴロ転がる姿を前にして、阿久津が深い溜息を吐く。
そして起き上がるなり両手を重ね、人差し指を伸ばす忍者ポーズを取った。
「にんにん!」
「ニンニン」
「えへへ」
「今の子供は忍者がブームなのか。あ、もしかして放送してる戦隊物が忍者とか?」
「いいや、何でも最近従兄夫婦が忍者村へ旅行に連れていったらしくてね。家の中でも兄弟揃ってやっていたし、単にハル君の中でのマイブームなだけだよ」
「成程な」
「あ! みてみてみなちゃん! きれいないしみつけた!」
「本当だ。綺麗だね」
「こっちにも! こっちにもあった!」
砂場から出るなり、コンクリートの欠片を拾い始めるハル君。どれもこれも同じにしか見えないし、どの辺が綺麗なのかいまいちわからないが……まあいいか。
「ねーねーさくらー。いまからいしなげるから、どのいしかあてて!」
「ん? 動体視力の特訓か? 難しそうだな」
「め、つむって!」
「音だけで当てろとっ?」
「はーやーくー」
「わかったわかった。はい、瞑りました」
「いくよー?」
瞑ったと言いながらちゃっかり薄目を開けておき、ハル君が投げた欠片の軌跡を追う。投げたのが石ならまだしも、欠片だと小さすぎて音とかほとんど聞こえないじゃん。
「はい! あてて!」
「よし。見てろよ?」
投げられた欠片の落下地点は大体わかっているため、速やかに移動して候補を絞る。それっぽい欠片は何個かあったが、恐らくはこれだろう。
「わかった! これだ!」
「ぶぶー」
「んー。じゃあこっちか?」
「ぜんぜんちがう! にんじゃしっかく!」
そんなこと言われても、生まれてこのかた忍者の修行なんてやったことがない件。仮に挙げるとすれば中学時代の運動会の種目で、忍者ハットリ君とかいう長い巻き物を片手に持って走り相手の巻き物を踏みつけるリレーがあったくらいか。
自称一流忍者らしいハル君は、俺のいる落下地点とは見当違いの方向へ駆け出した。
「これでしたー」
「いやいや、さっきのと形とか違うだろ?」
「しょうがないから、もういっかいね」
「スルーですか、そうですか」
「つぎはみなちゃんも!」
「ボクもかい?」
「め、つむって!」
どうせ違うと言われるだろうが、再び薄目を開けておく。保育園でボランティアをしている夢野は、一体どんな風な気持ちで子供達と触れ合っているんだろうか。
ハル君の合図で目を開けた俺達は、それぞれ別の方向へ向かい欠片を拾い上げた。
「これだろ?」
「ぶぶー」
「これかな?」
「せいかい!」
「アイエエエエ! ニンジャ!? ニンジャナンデ!?」
「全く、子供相手にムキになってどうするんだい? ボク達は大人なんだから、ちゃんとレベルを合わせてあげないと駄目じゃないか。薄目を開けてまで当てようとした罰だよ」
「うぐっ」
出来レースに勝利した阿久津が溜息を吐きつつ呟く。相変わらずこちらの考えは完全に見透かされていたらしく思わずぐぬぬとなるが、確かに言う通りかもしれない。
最初は綺麗な石探しをしていた筈なのに、気付けば石当てへと派生。更にハル君は校庭の遊具も本来の使い方ではなく、障害物として次々と新しい遊びを生み出していく。
「したにおちたら、まぐまでしぼうね!」
半分だけ埋められたタイヤの陸地に上るなり、いきなりそんなことを言い出すハル君。どうせ自分は落ちてもバリアーを張ってるからセーフとか言うんだろう。汚いなさすが忍者きたない。
「お! ハル君。阿久津が落ちてるぞ?」
「あくつじゃないよ! みなちゃんだよ!」
「ん? あー、そうか……」
阿久津の親戚となれば大半は阿久津姓であり、阿久津のことを阿久津と呼ぶ人はどう考えてもいない。ミナちゃんというのも、恐らくは従兄の呼び方を真似たものなんだろう。
ハル君に訂正されて今更ながらそのことに気付いた俺は、先程阿久津に注意されたことを思い出す。ここで否定するのは容易い話だが、仮に俺の呼び方を真似して阿久津と呼び捨てにし始めるようなことがあっては教育上あんまりよろしくないだろう。
俺はチラリと阿久津の方を見た後で、改めて名前を言い直した。
「そうだったな。ハル君、ミナちゃんが落ちてるけどいいのか?」
「みなちゃんはいま、むてきつかってるからせーふ! にんにん!」
「マジかよ」
まあ確かにアイツなら無敵とか使えそうな雰囲気あるし、案外間違ってもないか?
大体予想通りの反応に苦笑いを浮かべ、これでいいんだろと阿久津の方を見る。
「――――」
しかしながら当の本人はと言えば、普段見せないような表情でこちらを見ていた。
心なしか頬が染まり、唇を緩ませ、くすぐったいような顔つきだ。
「…………何だよ?」
「な、何でもないよ……」
俺が声を掛けるなり、幼馴染の少女は俯き加減に視線を逸らす。
確かに小学生以来の呼び方ではあったが、軽く流されるとばかり思っていたため、そんな反応をされるとは思わずこっちの方が照れてくるのだった。
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