八月(下) 夢野世界を
「おはよう
「おはようお姉ちゃん。十一時ちょっと前だけど、もう少し寝てたら?」
「ううん。一晩休んで大分楽になってきたから大丈夫。それに昨日から眠り過ぎちゃって、もう横になっても眠れないってば」
「それなら起きてもいいけど、油断しちゃ駄目だよ? 米倉先輩もしっかり休めって言ってたでしょ? とりあえずちゃんと熱を測ってから!」
「はいはい」
この様子なら病院とかに連れて行く必要はなさそう。でも米倉先輩が厳しく言ってくれてなかったら、きっと今日も無理してバイトに行ってたんだろうなあ……危ない危ない。
やっぱり昨日の熱は熱中症を起こしたとかクーラーに当たって風邪を引いたとかじゃなくて、単なる疲れによるものだったみたい。今の体温は36.5℃……薬を飲んでこれだからまだまだ油断はできないけど、とりあえずは大丈夫なのかな?
「お姉ちゃん、喉とか乾いてない?」
「喉は乾いてないけど、少しお腹空いちゃったかも」
「食欲あるなら、お粥でも作ろうか?」
「うん。食べたい。でも望、ちゃんと作れるの?」
「もう、お姉ちゃんってば。私だってレシピがあれば料理くらいできるよ」
そういえば料理って、いつ頃からできるようになればいいんだろう?
お姉ちゃんは中学生の時から色々作ってた気がするし、私もいつかは結婚するかもしれないんだから、将来のために少しずつ料理する習慣とか付けた方がいいよね。
お母さんはどれくらいから作り始めたのか、今日お見舞いに行って聞いてみよう。
「米倉君と一対一で話してみて、どうだった?」
「突然電話が掛かってきた時はビックリしたけど、お姉ちゃんの言う通り優しい人だった」
「でしょ?」
「初対面なのに話しやすかったし、シュークリームまで貰っちゃった」
「いいなー。私の分は?」
「病気の人には、あと十分くらいでお粥できるから」
「えー?」
「文化祭に行った時に、何かお礼の品とか米倉先輩に持って行った方が良いかな?」
「お礼なら私がしておくから、望はそういう余計なこと考えなくていいの!」
考えてみたら私が米倉先輩と会ったのって、まだ片手で数えられる程度……たった五回だけなんだよね。
五回目はお世話になった昨日のこと。
四回目はお姉ちゃんと一緒に応援しに来てくれた、この前の最後の大会。
三回目は梅ちゃんが偶然見つけてくれた、年末の初詣。
二回目は去年の秋に私が遅刻してきた、黒谷南中での練習試合。
そして最初の一回目は私がまだ小学校四年生の時に、コンビニで…………。
「そんなことより望。米倉君とはどんな話したの?」
「どんな話って言われても、別に大した話はしてないよ? お姉ちゃんのこと、凄く心配してくれてたし……」
「そっか。米倉君に何か余計なこととか話したりしなかった?」
「とりあえずお母さんのことは話しておいたのと、後は……危うくにゃんこっちのことまで話しそうになっちゃったけど、米倉先輩は気付いてなかったから大丈夫だと思う」
「もう! そのことは話しちゃ駄目って言ったでしょ?」
「でも米倉先輩、本当に覚えてないみたいでちょっとビックリしちゃった」
「仕方ないよ。もう一、二、三、四……五年? も前の話だし、そもそも望だってあの時に会った相手が米倉君だったなんて気付かなかったでしょ?」
「だって私はお姉ちゃんと違ってまだ四年生だったし、会ったのも初めてだったんだよ?」
「ふふ。それもそっか」
「でも、また米倉先輩に助けてもらっちゃったね」
「本当だね。私ってば、いつも助けてもらってばっかり」
「お姉ちゃん、このまま思い出して貰えなかったらどうするの?」
「うーん……その時は、またその時になってから考えよっかな」
「…………」
私のお姉ちゃんは米倉先輩のことが好きだ。
筍幼稚園に通ってた頃はよく一緒に遊んで、別々の小学校になってからは会う機会も無かったけど、不思議なことに辛いことがあると助けに来てくれたらしい。
こういうのも何だけどそこまで恰好良い外見とは思わないし、直接話してみても普通の人にしか感じなかったけど、きっとお姉ちゃんには王子様みたいに見えてるんだと思う。確かこういうのをハロー効果とか背光効果って言うんだって、前に梅ちゃんから聞いたっけ。
「くしゅん!」
「もう、起きるなら起きるでちゃんと着ないと」
「誰かに噂されてるだけだってば。平気平気」
「駄目! 何か羽織るものとか持ってくるから!」
今日も気温は暑くなりそうだけど、熱があるなら身体は冷やさない方が良いよね。
部屋に戻ってパジャマの上から着られそうな薄手の長袖と靴下を用意。後は首に巻いてもらうためのタオルを取りに和室へ……どうせならネギも一緒に巻いて貰おうかな?
「…………あっ!」
呑気にそんなことを考えていたけど、パパの仏壇を見てふと気付く。
こんなに大事なことに今更気付くなんて……どうしよう……。
「お姉ちゃん……ごめんなさい……」
「どうかしたの?」
「もしかしたら……ううん。間違いなく……その…………米倉先輩にタオルの場所を聞かれて、和室にあるって教えちゃったから…………」
「和室…………? あ……そっか……」
「本当にごめんなさい……どうしよう……私……」
「そんなに気にしなくても大丈夫だってば。それよりもお粥、そろそろできたんじゃない?」
「う、うん……」
とりあえず持ってきた洋服と靴下とタオルをお姉ちゃんに渡して、動揺しながらもお粥の仕上げに掛かる。
米倉先輩は、パパの仏壇を見てどう思ったんだろう……。
それにお姉ちゃんだって平気そうにしてるけど、今まで話してなかったのは知られたくなかったからだろうし……私が全部台無しにしちゃった……。
「望、ありがとうね」
「え……?」
「いつかは話さなくちゃいけないことだったし、幼稚園の頃の私の苗字が土浦だったことは米倉君も知ってるから。それにもしかしたら今回のことがきっかけで、あのことを思い出してくれるかもしれないでしょ?」
「そ、そうかもしれないけど……本当に良かったの?」
「うん。きっとパパが協力してくれたんだよ。だから望は責任なんて全然感じなくていいの。寧ろ私の方がそろそろ我慢できなくて、ヒントあげようとしてたくらいだもん」
「お姉ちゃん…………ありがとう」
「ふふ。どう致しまして」
そういう風に考えたら、少し気が楽になった気がする。
米倉先輩に負けず劣らず優しいお姉ちゃんに感謝しながら、ようやくお粥が完成。軽く味見もしてみたけど、我ながら上手にできたんじゃないかな?
「はい、召し上がれ」
「わー! 思ってた以上に美味しそう!」
「だからレシピさえあれば、私もちゃんと作れるってば!」
「いただきます!」
「お味の方は?」
「うん、美味しい♪」
高校生になったら、私もお姉ちゃんみたいにアルバイトを始めてみようと思う。せっかくだし飲食店とかにすれば、きっと料理も学べて一石二鳥だよね。
今回みたいなことがまた起こらないように、もう少し私も自立しなくちゃ。
「さーて、これ食べ終わったら夏休みの宿題も終わらせないと!」
「え…………お姉ちゃん、今日で夏休み最後なのにまだ終わってなかったの……?」
「高校生の課題は中学生と違って多いの!」
「もう! それでまた知恵熱とか出さないでよ?」
しっかり者のお姉ちゃんだけど、勉強だけはちょっと不安……本当に大丈夫かな?
私が溜息を吐いていると、お姉ちゃんは笑顔を見せながら枕元を指さす。
「心配しなくても大丈夫。ちゃんとお守りだってあるから」
そこにあったのは、米倉先輩が置いていってくれた手紙と桜桃ジュース。キーホルダーやスノードームに続いてまた一つ、お姉ちゃんの宝物が増えたみたい。
だけど私は、時々考えることがある。
お姉ちゃんのその気持ちって本当に……ううん、余計なことは言うべきじゃないよね。
「ごちそうさまでした!」
「御粗末様でした。あ、ちゃんと薬も飲んでね?」
「はいはい」
今はただ、米倉先輩が思い出してくれるのを待っているだけで良いんだと思う。
さーて……私も屋代に合格できるように、今日も勉強を頑張ろう!
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