九月(上) 心の声
初めまして。
私の名前は
私は屋代学園に通う高校二年生です。
しかし、私は今とても困っています。
「唐突に何ば言いだしたんかて思えば、学校に行きとねえ? どげんしたと?」
「…………お兄ちゃんのしぇいばい」
「何ば言いよーったいお前は」
「お兄ちゃんが電話ばしてきたけん、うちが博多弁ば喋りよーところば見られたんばい」
「それが?」
「どうかしたと?」
「~~~~っ」
「閏! どこさ来るたい!」
…………何故なら、私のお父さんとお兄ちゃんが分からず屋だからです。
私は中学二年生の時に引っ越しをしました。
新しい学校で会った人達は、標準語を話していました。
私が自己紹介をすると、クラスの皆は驚いた表情を浮かべていました。
女の子達は優しくしてくれましたが、男の子達は私の喋り方を笑っていました。
私は、男の人が怖くなりました。
ある日、私は別のクラスの男子に告白されました。
私はビックリして、思わず断ってしまいました。
すると、優しかった女の子達まで私の陰口を言うようになりました。
結局、私は新しい学校で友達を作ることがほとんどできませんでした。
だから私は、できるだけ人と話をしないようになりました。
「…………」
高校で私の方言のことを知っているのは、友達の音穏ちゃんだけでした。
ある日、私が音穏ちゃんと話している時に、うっかり喋ってしまったからです。
私は、勇気を出して正直に打ち明けました。
音穏ちゃんは私の方言のことを聞いても気にも留めず、他の子にも黙っていてくれました。
だけど先日、私はある人に方言を聞かれてしまいました。
きっとこの一週間で噂は広まり、既に私はクラスの笑い物になっているかもしれません。
昨日で夏休みも終わり、今日から学校が始まります。
もしも学校に行ったら、あの人から話を聞いた皆が私のことを笑うに違いありません。
だから私は、学校に行きたくありませんでした。
「閏、何かあったと?」
「!」
「アンタ、泣きよーと?」
「泣いとらん」
部屋に閉じ籠っていた私に声を掛けてきたのは、お母さんでした。
私の家族の中でお母さんだけは、元々の住まいの関係もあって標準語も話せます。
それなのにどうしてお母さんが博多弁を話すのか、私には理解できません。
前に私はお母さんを真似て標準語を話す練習をしたこともありました。
でも私が実際に話してみると、アクセントやイントネーションが違っていたみたいで、やっぱり笑われるだけでした。
「…………クラスん人にうちが方言ば喋ることがバレたけん、学校に行きとねえ……」
「方言んこと、友達は知っとーんじゃなかったと?」
「知っとーんな一人だけやし、今回は別ん人。それも男ん子ばい…………」
音穏ちゃんに話したのは、信頼できたし秘密を守ってくれそうだったからです。
だけど、あの人は違います。
もしもあの時、秘密にしてほしいとお願いできていたとしても、あの人は友達に喋っていたと思います。
「そん男ん子は、何か言うとったと?」
「…………博多弁、最高ですたいって言うとった」
「良か子やなかと」
「そげんことなか。ふじゃけた雰囲気やったし、絶対に陰で馬鹿にしとー」
「勝手に決めつくるんな良うなかて思うばい。それともそん子はそげん悪か子と?」
私とあの人は去年、編集委員として一緒に活動していました。
あの人は私に仕事を押しつけたりせず、ちゃんと分担して手伝ってくれました。
音穏ちゃんは、悪ノリもするけど意外に頼れる人だと言っていました。
「…………別に悪か人やなかけど……前にうちが言うとった、電子辞書んロックば解除してくれた人やけん……」
「ちかっぱ良か子やなかと」
「ばってん……」
それでも私には、あの人が秘密を守ってくれるようには見えません。
それにやっぱり、男の人は怖いです。
「…………お母しゃん、学校ば休みたか……」
「馬鹿なこと言うとらんで、しゃっしゃと御飯食べて学校に行きんしゃい!」
…………やっぱりお母さんも分からず屋です。
気が重い中、私は御飯を食べると電車に乗って学校へと行きました。
「……ルー、おはよ」
「ぉ……ょぅ」
教室の中は、いつもと変わらないように見えます。
音穏ちゃんと挨拶をした私は、目立たないよう静かに席へと座ります。
男の子も女の子も、話している内容は文化祭のことばかりです。
「アキト……この世界を涼しくする技術の開発を要求する……」
「それはまた唐突ですな」
「小さい頃に読んだ絵本で、こんな話があったんだ。大きな箱を用意して、夏の温かい空気をその中に入れる。それを冬に開ければ、きっと温かくなるんじゃないかってな」
「外気温に影響されず一定の温度を保ち続けられる箱さんマジぱねぇっス」
「マジでそんな魔法でも使わない限り、世の中の気温がヤバ過ぎてやっていけないだろこれ。お前もオタクならマヒャドとかブリザガとか唱えてくれよ」
「無茶振り乙。別に拙者は履歴書の特技欄にイオナズンと書いた訳じゃないですしおすし」
「仕方ない。そんなお前に魔法のアイテムを渡してやろう。何でもこの団扇を俺に向けて扇ぐことで、エアロの魔法が唱えられるらしいぞ。さあやってみるといい」
「実は寝ている間に耳の中にはGが……マヒャド!」
「うぐっ!」
「家に帰ったら母親に見つかってしまった秘蔵のエロ本達が机の上に……ブリザガ!」
「溜めたチケットで引いたガチャが全部外れた……リフレク!」
「ひでぶっ?」
「お、おはよう……二人とも、何やってるの?」
「突然相生氏が筋肉ムキムキのマッチョマンになっていた……フリーズ!」
「ぐああああああっ!」
「えぇっ?」
…………あの人達以外は、文化祭のことばかり話しています。
不思議なことに、私の話をしている人は誰もいません。
本当に、普段と何一つ変わらない教室です。
「!」
あの人が私と目が合うなり「よっ」と挨拶するポーズを取りました。
私は思わず目を背けてしまいましたが、あの人は私に対して何も言いません。
友達と茶化してくるようなことも、一切ありませんでした。
「…………?」
結局、始業式の日は何事もなく過ぎ去りました。
翌日も。
そしてその次の日も。
そのまた次の日も、今までと何一つ変わらない一日でした。
そんな毎日を、私は不安を抱えたまま過ごし続けていました。
「……ルー、何かあった?」
「っ?」
「……ここ数日、様子が変」
「…………」
「……どうしたの?」
文化祭前日になって、私は音穏ちゃんに方言を聞かれてしまったことを話しました。
そして不安を吐露すると、音穏ちゃんは私の肩にそっと触れました。
「……大丈夫」
「?」
「……ヨネは良い人だから、笑ったりなんてしない」
「…………」
「……それにちゃんと言えば、秘密だって守ってくれる」
音穏ちゃんにそう言われて、私は少しだけ気持ちが楽になりました。
そして文化祭二日目になって、あの人は私達美術部の展示に突然やって来ました。
「そんじゃまた…………ああ、そうだ。もう冬雪から聞いたか?」
「?」
「あれ? まだ聞いてないのか。あのことなら誰にも言ってないから心配すんなって」
「!」
「ただ余計な御世話かもしれないけど、そんなに恥ずかしがる必要もないと思うぞ? 少なくとも俺は好きだし、黙ってるよりは良いと思うからさ。そんじゃ、また後でな」
あの人が去っていく後ろ姿を、私はボーっと眺めていました。
この喋り方を笑うどころか、好きだなんて言われたことに驚いていました。
「お母しゃん」
「?」
「こん前に言うとった男ん子、良か子やったばい」
「良かったやなかと。閏はお母しゃんに似てあいらしかっちゃけん、もっと自信ば持ちんしゃい」
…………黙ってるよりは良い。
去り際にあの人が言っていた言葉は、不思議と私の心に残っていました。
「…………」
うちん名前は如月閏。屋代学園に通う高校二年生ばい。
ばってん、うちゃ今少し困っとー。
…………あん人と面と向かって、ちゃんと会話しきるか不安ばい。
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