二十日目(日) 悪戯娘におしおきだった件
鳥居のように真っ赤な竜宮の門をくぐった先は竜宮城。そんなEハウスに到着した俺達は、運動部と思わしき男子達が必死になって回す人力コーヒーカップを楽しむ。
その後で丁度お腹も空いてきたため、インクを撒き散らす某イカゲームがテーマになっているFハウスへ向かうと、夢野のクラスであるF―2で牛丼を購入した。
「はーい、お待たせー」
「ありがと♪」
クラスメイトと思わしき少女は、容器を二つ夢野に手渡す。そして一歩引いて待機していた俺と目が合うなり、何やら含みある笑みを浮かべた。
F―2には日本史の授業で何度も来ているし、普段から夢野や火水木と話しているところを見られていることもあってか、これといって声を掛けられはしない。
しかしながら何も聞かれないというのも逆に怖いもので、心なしか男性陣からの視線は痛い気もする。中には「マジかよ……」とボヤいた後で、項垂れたまま去っていくクラスメイトと思わしき男子もいたが、あれはやっぱりそういうことなんだろうか。
「行こっか」
「ああ」
牛丼屋の売れ行きは好調らしく、混雑するピークの時間帯ということもあって店の周りには人ばかり。そのため俺達は落ち着いて食べられる場所まで移動することにした。
「ここに来るのも久し振りだな」
「前に来たのは、米倉君がまだ私のことを「夢野さん」って呼んでた頃だもんね」
ということでやって来たのは芸術棟四階……の更に上。生徒立ち入り禁止と書かれた看板の先にある小窓から行くことが可能な、音楽部しか知らない秘密の屋上だ。
真夏日だったら流石にキツいが、今日程度の日差しなら問題ない。心地よい風を感じつつ遠くから聞こえる吹奏楽部の演奏に耳を傾けながら、割り箸をパキッと折る。
「もし私が米倉君のこと、好きって言ったらどうする?」
「っ?」
「そんな質問もしたよね」
「そ、そうだったか?」
「うん。そういう誤解を招く発言は困るからやめろって怒られたんだよ?」
「あー、言われてみればそんなこと言ったかもな」
唐突な発言に一瞬ドキッとさせられてしまい、箸がとんでもない割れ方をした。恐らくは意図して紛らわしい言い方をしたであろう少女は、クスクス笑いつつ話を続ける。
「アドレス交換したり、プレゼントしてもらったり……懐かしいね」
「300円の答えがクラリ君だと思ってたからな」
どうしても見つからなかったからアキトに頼んで、店長に用意してもらったんだっけ。まあ結果としては大外れで、本当はチョコバナナだったなんてのも今では良い思い出だ。
夢野のスカートのポケットからチラリと顔を覗かせているトランちゃんのストラップを見ながら、懐かしい話に花を咲かせつつ「いただきます」と声を揃えた俺達は、道中の自販機で二人して買った桜桃ジュースと合わせて牛丼を堪能する。
「この間は迷惑掛けて本当にごめんね」
「ん? ああ、別にいいっての。それにそういう時は謝るよりも、お礼を言う方が良いって誰かが言ってたぞ」
「そっか。それじゃあ改めて、本当にありがとうございました」
「どう致しまして。それで、お母さんの容体はどうなんだ?」
「うん。無事に退院したから大丈夫」
「それなら良かった。あんまり一人で抱え込んで無理するなよ? 望ちゃんがいなかったら大変なことになってたし、陶芸部のメンバーだって心配してたんだからな?」
「はい、反省してます……お母さんにも同じようなこと言われちゃった」
「そりゃそうだ。二つの部活とバイトを掛け持ちしてるだけでも大変なのに、それに加えて家のこともするなんて、いくらなんでも無茶し過ぎだっての」
「部活は単に私がやりたいことだし、バイトも自分のためだから。それに米倉君にお姫様抱っこしてもらえたし、頑張った甲斐はあったかも……なんてね♪」
「倒れるまで頑張ったりしなくても、俺で良いならお姫様抱っこなんてお安い御用だぞ。言ってくれれば、いつでもどこでも喜んでやってやる」
「ふふ。ボーっとしててあんまり覚えてないから、それなら今度またお願いしよっかな」
いつでもどこでもと言ってはみたものの、今ここでやってとか言われたらどうしようかと思ったので一安心。来るべき時に備えて、少しずつ筋トレを始めておこう。
お祭りの賑わいから離れた空の下、二人で過ごす静かな時間。他愛ない雑談をしながら牛丼をペロリと平らげた俺は、少女が食べ終わるのを待ちつつ桜桃ジュースを飲む。
「夏休みの宿題とかは大丈夫だったのか?」
「うん。ちょっと危なかったけど、ちゃんと提出日には間に合ったよ」
「そっか。それにしてもあっという間の夏休みだったな」
「米倉君の一番の思い出は?」
「んー、やっぱ合宿か? 中学の頃は帰宅部だったから部活で泊まりなんて初めての経験だったし、肝試しとかバーベキューとか花火とか楽しかったからな」
「私も一番は陶芸部の合宿。美術館とかの見学も勉強になったけど、イベント盛り沢山で本当に面白かったよね。それに私の知らなかった米倉君の昔話も聞けたし」
「昔話って言うよりは、完全に黒歴史だけどな」
今でもたまに自転車に乗りながら思い出したりすると「あーっ!」と思わず声を上げてしまう程に忘れてしまいたい過去なんだが、都合の悪い記憶だけを抹消する研究はまだ完成しないんだろうか。
牛丼を食べ終え箸を置いた少女が桜桃ジュースで喉を潤す中、恥ずかしい中学時代の話を掘り下げられたくない俺は冗談交じりに質問してみる。
「夢野は黒歴史とかないのか?」
「私? うーん……パッと思いついたのは、この前バイトしてた時にレジにお客さんが来て「いらっしゃいませ」って言うところを「いただきます」って言っちゃったことかな?」
「それ、その後どうなったんだ?」
「お客さんポカーンってしてて、すっごく恥ずかしかった」
てっきり「めしあがれ」とか「食べないでください」みたいな返しをしてくれたのかと思ったけど、まあ普通ならそんな反応にもなるか。
「でもこれって黒歴史なのかな?」
「恥ずかしい話ではあるけど、人に話せるレベルなら黒歴史じゃないかもな」
「だよね。うーん…………黒歴史かどうかわからないけど、人に話しにくい恥ずかしい話ならそれっぽいことがあるにはあるけど……聞きたい?」
「超聞きたい」
「えー? うーん、まあ米倉君ならいいかな。中学の体育の時間の話なんだけどね、準備体操で…………やっぱり恥ずかしいし、言うのやめてもいい?」
「いやそこまで話したなら最後まで話してくれないと、気になって眠れないっての」
「その……準備体操でジャンプしてたらね……ブラのホックが外れちゃったことがあって……」
「へっ?」
「テニスの授業だったんだけど、何とかそのまま頑張って続けて……休み時間に付け直したんだけど、あれは本当に恥ずかしかったかも……」
「そ、そうなのか……落ちたりしなくて良かったな」
「え?」
「ん?」
思わぬ黒歴史(仮)を聞いてしまい、若干反応に困りつつも言葉を返す。しかしそれを聞くなり、どういう訳か夢野は不思議そうな顔を浮かべつつ首を傾げた。
何か変なことを言ったかと思っていると、少女は確認するように尋ねてくる。
「もしかして米倉君、ブラのホックが外れたら服の隙間から落っこちると思ってる?」
「えっ? 違うのっ?」
「違うよっ? 確かにチューブトップのブラとかもあるけど、普通のブラって肩にも紐が掛かってるから、ホックを外しただけじゃ落っこちたりしないの」
「へー。そうなのか」
「桃さんとか梅ちゃんの、見たりしないの?」
「見ることはあるけど、そこまで研究することはないな」
よくよく考えてみれば、肩の出ている服を着ている際にブラ紐が見えるときがある。もしかしなくても高校二年生くらいになれば、ブラの構造というのは知っていて当然ともいえる常識的な知識だったのかもしれない。
一応の言い訳をするなら、こんな勘違いをしたのはアキトが原因だろう。アイツに奨められて見たアニメの大半には水着回があり、ヒロインのビキニが波に攫われるという定番のラッキースケベばかりだったせいで防御の薄さが印象づいたんだ。そうに違いない。
「ほらここ、触ってみて」
「!?」
くるりと俺に背中を向けた夢野が、自分の肩の辺りを指さす。
唐突な誘いに若干躊躇いはしたものの、気が付けば本能に従い弾力のある丸い肩へと手を添えていた。
確かにそこにはクラスTシャツ越しに、紐と呼ぶには少し太い感触がある。
「これか?」
「うん。それだよ」
当の本人は全く気にしていないようだが、布越しとはいえ下着に触れているという状況に興奮しない訳がなく、俺の脈拍は徐々に速くなっていく。
それだけじゃない。
無防備な少女のうなじもまた、目が釘付けになるほど魅力的だった。
「で、こういって……ここに繋がると……」
まるで研究でもするような素振りを見せつつ、ちゃっかり服の上からブラ紐をなぞる。
肩から肩甲骨、そして背中へ……。
夢野が止めないのをいいことに、俺の指先はホックと思わしき箇所へと辿り着いた。
「じゃあ仮に今これが外れても大丈夫なのか」
「大丈夫って訳じゃないけど…………外してみる?」
――ドクン――
心臓が大きく脈打つ。
外してみる?
つまりそれは、外しても良いということなのか?
前に夢野はこう言っていた。
『そういうエッチなことはちゃんと相手の了承を得ないと駄目だからね?』……と。
布越しに触れていた背中の留め具をそっと摘む。
少女は動かない。
そのまま軽く持ち上げてみるが、抵抗する気配はなかった。
ゆっくりと左手も近付ける。
――ドクン、ドクン――
右手だけじゃなく両手の指先を使い、ホックを外しに掛かる。
どうすれば外れるのか。
興奮で無我夢中になりながら、適当に弄っていた時だった。
「ぁ……」
夢野が小さく声を上げる。
偶然にもホックは外れ、両手で摘んでいた一本の紐が左右に分かれた。
ドキドキが止まらない俺をよそに、少女はこちらへ見返りつつ口を開く。
「ね? 落ちてこないでしょ?」
可愛い笑顔だった。
悪戯好きの小悪魔みたいなその表情に、完全に魅了される。
夢野だったら、何をしても許してくれるんじゃないだろうか。
そう思い、俺は欲望のままに尋ねた。
「じゃあ肩のも外れたらどうなるんだ?」
「勿論そうしたら落ちちゃうけど…………っと!」
その答えを聞くなり、素早く右手を肩のブラ紐へと向かわせる。
しかし少女の柔らかい手は、その進行を遮るように肩へ乗せられた。
「だーめ♪」
「やっぱり駄目か?」
「うん。これ以上は駄目です。阻止します」
左肩もガードした夢野は、余裕ある雰囲気で答える。
俺が見たアニメの主人公なら、この辺りで既にヘタレて止めていただろう。
しかし本当の思春期男子は止まることを知らない。
「…………」
俺は黙ったまま、何とかして夢野の手をどかそうとする。
しかしながら少女の防御は固く、手を引っ張っても思うように動かない。
それならばと肩と掌の隙間を縫うように指先をねじこみ、そのまま奥へ潜り込ませた。
「もう、駄目だってば」
指先が再びブラ紐に触れると、夢野の声が若干焦り始める。
少女の制止も無視して、指先を首元から肩へ擦りブラ紐をずらしていく。
――ドクン、ドクン、ドクン――
少しずつではあるが、確実にずれていくブラ紐。
抵抗も虚しく、夢野の手が守る位置もまた徐々に移動していった。
首の根元から肩、そしてとうとう二の腕にまで辿り着く。
最早ブラは下着の役割を果たしていない。
落ちることこそ無いが、肘からぶら下がっているだけの例の紐のような状態。
そんな惨状になったところで、俺はようやく進撃を止めて手を離した。
「!」
ホッとした様子の夢野が、慌ててブラの位置を元に戻そうとする。
しかし俺はそんな少女の両手首を掴んだ。
「えっ?」
そのまま夢野の前に持っていき、手首同士を近づけさせる。
そして大きな掌を使い、右手だけで少女の両手首を抑え込んだ。
こうすることで、俺の左手がフリーになる。
それが何を意味しているのかを理解してか、夢野は拘束を逃れようと必死に手を動かす。
しかしながら陶芸で鍛えられた俺の握力は65㎏。そう簡単には外れない。
「よ、米倉君……思ったより力強いね……」
「だろ?」
「ちょ……待って……」
腰を捻って逃げようとする夢野だが、Tシャツの裾からゆっくりと左手を侵入させる。
目指す先は言うまでもなく、守りを失った双丘だ。
服の中へ手を突っ込んでいるという光景が、一層興奮を加速させる。
股間に集まる血液。
心臓が飛び出しそうなくらいに脈打ち、精神状態も極限に達していた。
もう止まらない。
元はと言えば挑発した夢野が悪いんだ。
――ドクン、ドクン、ドクン、ドクン――
脇腹から先に進もうとした俺の左手を、夢野が必死に肘で防ごうとする。
その程度の防御、迂回すれば問題ない。
奥へ、奥へ。
少女の魅力的な肢体を、俺の左手が蛇のように這っていく。
あばらを超えた辺りで、役目を失ったブラに手の甲が触れた。
もうすぐだ……。
あと少しで夢野の胸に到達する…………そんな時だった。
「米倉君!」
いつも以上に大きな声が発せられる。
何かと思い左手を止めると、少女はハッキリと俺に告げた。
「それ以上は本当に怒るよ?」
――ドクン――
その声色は、今までとは少し違った。
冗談めいたものではない、真剣な雰囲気が伝わってくる。
後ろから羽交い絞めをしているような体勢のため、夢野が一体どんな表情をしているのかはわからない。
「………………」
胸はすぐそこ……あとほんの数㎝手を動かすだけだ。
夢野が怒る。
女子の胸に触れるチャンス……ましてや直接だなんて、そんな貴重な機会を逃すのか。
まだ許してくれるかもしれない。
今なら思う存分に揉める……乳房を鷲掴みにすることだってできるんだぞ。
でもこの先に行ったら、もう二度と引き返せない。
そんなのは所詮建前……ここまでやった以上、既に手遅れだってのはわかってるだろ。
どうする。
どうしたい……。
どうすればいい。
悩みに悩んで悩み抜き、やがて俺は結論を出した。
「!」
名残惜しさを感じつつも、夢野の服の中からゆっくりと左手を抜く。
抑えていた両手首も解放すると、夢野は肘の辺りまで下がっていたブラを戻し始めた。
…………わかっている。
怒らないから正直に言いなさいなんて言葉で、実際に怒られなかった試しなんてない。
今更止めたとしても、間違いなく夢野は怒っている……いや、呆れているだろう。
まだ許してくれるなんて、世の中そんなに甘くはない。
そう理解していながらも、小心者の俺は夢野に嫌われたくはなかった。
本当、何を浮かれていたのやら。
夢野から好かれているなんて勘違いも甚だしい。
目先の興奮に負けてしまった自分の愚行を深く後悔する。
「…………ゴメン」
謝って許されると思っているのか?
そうわかっている筈なのに、俺の口からは謝罪の言葉しか出てこなかった。
「ふー。ちょっと米倉君のイメージ、変わったかも。ビックリしちゃった」
後ろに手を回しホックを止めた夢野は、くるりとこちらを振り返りつつ答える。声色は普段通りの優しい雰囲気に戻り、赤みがかった顔が浮かべていた表情は苦笑いだ。
それを見た俺は、少女に頭を下げつつ再度謝る。
「その……本当にゴメン!」
「別に気にしてないから大丈夫だよ。それより、そろそろ時間だし行こっか」
「え?」
「私の行きたかった場所。もしかしたらここより暑いかもしれないし、飲み物も新しいの買っていった方が良さそうだから、思ったよりギリギリになっちゃうかも」
空になった牛丼の容器とペットボトルを手に取った夢野は、立ち上がるなり小窓を抜けて校舎の中へと戻っていく。
その後ろ姿をポカーンと眺めていると、特に怒っている様子もない少女は動かない俺を急かすのだった。
「ほーら。のんびりしてたら置いてっちゃうよ?」
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