二十日目(日) 夢野の目的がバンドだった件

「な、なあ、夢野……?」

「何?」

「その……怒ってないのか?」

「別に怒ってないよ?」

「…………何で怒らないんだ?」

「何でって言われても、米倉君は私に怒られたいの?」

「そういう訳じゃないけど……じゃあ、呆れてるとか……?」

「もう、あんまりそういうこと言うと本当に怒るよ?」

「え……いや、でも…………ゴメン……」

「さっきから米倉君、謝ってばっかりだね」


 夢野の言う通り、口からは謝罪の言葉しか出てこない。

 それもその筈。あれだけのことをしでかした俺の脳内は今、後悔でいっぱいだった。

 しかしそんな反省の裏では、触りたかったという欲も残っている。記憶に刻まれている感触だけでも興奮してしまう、そんな救いようのない自分がいるのもまた事実だ。

 それを理解しているからこそ、未だかつてないほど自己嫌悪に陥る。

 米倉櫻という馬鹿野郎に、心底嫌気が差していた。


「やっぱりこの時間帯だと混んでるね」

「あ、ああ……そうだな……」

「うーん、外から行くべきだったかな?」


 本来なら口を利かれなくなってもおかしくない筈なのに、夢野は声を掛けてくる。

 その優しさが逆に、俺の罪悪感を一層加速させていた。

 阿久津の時みたいに見放された方が、まだ心が楽だったかもしれない。


「…………」


 普段通りに振る舞う少女の気遣いも虚しく、反応が悪い俺のせいで若干気まずい空気になり始めた頃になって、どこが行き先なのか何となくではあるが見えてきた。

 小さな学校が六つあるような広さを持つ屋代は、当然ながら部活動も多種多様。そのためな体育館もまた用途別で複数あったりする。

 文化祭においてはバレー部が招待試合を行うのが第一体育館、新体操部の発表は第二体育館といったように分かれており、夢野が向かっていたのは文化祭の定番ともいえるバンド演奏の発表をメインとしている第三体育館だった。


「良かった。間に合ったみたい」


 道中でゴミを処分してから新たな桜桃ジュースも購入し、準備万端になったところで熱気の籠っている屋内に足を踏み入れる。

 体育館の中は全ての暗幕カーテンが閉められており、ライトアップされているステージ上ではイケメン男子四人組による激しい演奏が行われていた。

 所詮は学校の文化祭。有名バンドのライブのように観客で埋め尽くされるなんてことは一切ない……というよりも立ち見が基本なのか、椅子が用意されていなかったりする。

 それでも母数が多い屋代では客もそこそこ集まるらしく、ステージ付近には既に数十人の生徒が密集していたため俺達は端の方へと移動した。


「ありがとうございまーす! いやマジ、物凄く下手な演奏でスンマセン! それもこれも全部、コイツが今朝の午前二時半に電話してきたせいなんです!」

「ちょ、それ話すのかよ?」

「文化祭当日の午前二時半ですよっ? 何かハプニングとかあったのかと心配するじゃないですか! それなのにコイツ、何て言ってきたと思います? ほら、言ってみろよ!」

「ビ……ビデオ通話、試してみたくて…………」

「聞きました? 午前二時半ですよっ? しかも結局ビデオ通話できてなかったから、やり方を教えちゃいましたよ! 深夜二時半なのにっ!」

「いや本当悪かったって」

「次の曲は、そんなコイツが大好きな曲です。弾いてる俺達の演奏は下手糞なんですけど、元になってる曲は滅茶苦茶に恰好良いんで聴いてくださいっ!」


 客の笑いを誘うMCも流暢にこなすイケメン男子達。その中の一人は夢野と同じクラスTシャツを着ているが、まさか見たかったというのはコイツのことなんだろうか?

 曲が始まると音楽に合わせて手拍子が始まる。男のバンドということもあって、前の方でノリノリになっている大半はメンバーの友人と思わしき男子生徒が多い。

 イケメンパワーなのか女子生徒もそれなりにはいるものの、全体をざっと見た限りでは七割近くが男子であり、一人じゃ心細いという少女の言葉にも納得できる。


「夢野ってこういうバンドとか好きだったりするのか?」

「え?」

「バンドとか好きなのかっ?」


 スピーカーから鳴り響く激しい音に遮られたため、声を大きくしてもう一度尋ねた。

 周囲ほどノリノリではないにしろ、リズムに合わせて小さく身体を揺らしていた少女は少し悩む素振りを見せた後で答える。


「ライブを見に来たのは初めてだよ。今回はどうしても見たかったから」

「そ、そうか……」

「でも楽器とか弾ける人って、恰好いいよね」


 ステージ上にいる男子をジーッと見つめながら、そんな言葉がポツリと呟かれた。

 夢野はクラスでも人気があると、火水木が言っていたのを思い出す。

 どうしてだろう。

 前に夢野が葵の話をしていた時には、こんな気持ちにはならなかった。

 葵が片想い中だった頃は二人の恋を素直に応援できていた筈なのに、相手が知らない男子だからなのか、あの時と今では異なる感情が心の中に渦巻いている。


「…………」


 例えるなら、橘先輩が阿久津に告白したのを目撃した時と似たような感覚。

 それを何と表現すれば良いのか、俺にはいまいちわからない。

 確かに言えることは、この一年間で夢野は単なる知人ではなくなったということ。

 ネームプレートに値札を付けていた謎のコンビニ店員であり、幾度となく出会っていた幼馴染であり、一緒に陶芸部で活動するようになった彼女は、今の俺にとって掛け替えのない存在となっているということだけは間違いないだろう。


『――――サザンクロスの皆さんでした』


 一人で色々と考えているうちにバンドグループの演奏が終わっていたらしく、拍手が沸き起こった後でお約束とも言えるアンコールの掛け声が重なる。

 しかしながらタイムテーブルの関係もあってかイケメン男子達が再びステージ上に姿を現すことはなく、無情にも司会は次のバンドの紹介を始めた。


『続きまして、夢幻泡影によるバンド演奏です』


 それを聞くなりアンコールと叫んでいた男子連中も諦めて去っていき、入れ替わるようにして後ろにいた女子達が前へと向かう。

 同じTシャツを着ている男子数人とすれ違った後で、夢野は大きく息を吐いた。


「ふう……私達も行こっか」

「ああ…………ん?」


 てっきり帰るという意味かと思いきや、前の方へ行こうという意味だったらしい。

 人の間を縫うようにして進む少女の後に続き、ステージが見えやすい位置まで移動するものの、暑い上密集した空間に息苦しさを感じ始めた俺は思わず夢野に尋ねる。


「見たいバンドって、他にもあるのか?」

「…………? 他も何も、私が見たいのはこの次だけだよ?」

「え? それってどういう――――っ?」


 話していた途中で歓声が上がり始めたため、俺はステージ上へと視線を向ける。

 拍手に迎えられて現れたのは五人の女子生徒……そしてその中の一人、ドラムの前で立ち止まった作務衣姿の少女を見て呆然とした。

 周囲にいた観客の女子達は、応援に来たバンドメンバーの名前を声に出す。


「ミズキーっ!」


 隣にいた夢野も負けじと、俺もよく知る陶芸部員の名を呼んだ。

 俺達に気付いた火水木は笑顔を見せると、ドラムスティックでリズムを刻む。


「1、2、3、4、1、2、3!」


 大きな声が発せられた後で、ギターによるテンポの良い前奏が始まる。

 軽快なリズムに合わせてボーカルとキーボードの少女が手を叩くと、それを見ていた俺達もまた他の観客と一緒になって手を叩き始めた。

 この曲は知っている。

 五人の少女によって演奏された最初の曲は、有名な軽音アニメのもの。メンバーの人数や楽器構成が全く同じである辺りからは、どことなく火水木の意志を感じた。




『――――アタシはこの個性溢れるメンバーでこそ、バンドがやりたいのよっ!』




『あーあー。掃除なんかするなら、やっぱりバンドしたいわね』




 バンドがしたい。

 思えば火水木は、事ある毎にそんなことを言っていた。

 しかしコスプレや闇鍋程度ならまだしも、楽器の演奏となると容易じゃない。

 ましてや音楽に関しては素人に近いであろう陶芸部のメンバーでバンドを組むなんて、誰がどう考えてもできる筈がなかった。

 テツや早乙女が入部した時にも楽器ができないか聞いており、最近は話に出すこともなくなったため流石に諦めたのかと思ったが、どうやらこういうことだったらしい。


「どうも! 夢幻泡影です!」


 一曲目が終わったところで、ボーカル兼リードギターを務めている華やかなピンク色の着物を着た少女が挨拶を交わすと、バンドメンバーの紹介をしていく。

 担当する楽器と名前に加えて、何故か華道部という所属部活まで名乗る少女。サイドギターを担当する渋い抹茶色をした着物少女の紹介でもまた、茶道部であることを言及した。

 そしてベースを務める三人目は、タスキを掛けた袴姿の少女。その所属が書道部と明らかになったところで、観客も違和感に気付きざわつき始める。


「更に更にー、ドラムは陶芸部! ミズキーっ!」


 作務衣を着ている火水木が紹介されたところで、ここまでのメンバーが音楽要素のない芸術尽くしな部活動ばかりであることに小さな笑いが起こった。

 最後に残った忍装束のキーボード少女が演劇部と明かされると、体育館内は笑いだけじゃなく拍手にも包まれる。本当、見事なまでにバラバラだな。

 単に和風ロックバンドをイメージした衣装なのかと思ったが、どちらかといえばそれぞれの部活動を連想させなくもないものを選んだというべきだろうか。


「こんな私達がバンドを組めたのは、そこにいる店長ことノブオ君のお陰だったりします! 実は今日の私達の衣装も、ノブオ君がはりきって用意してくれました!」

「せーの!」

「「「「「店長! ありがとーっ!」」」」」


 まさかのプロデューサーの名前を聞いて思わず驚き目を丸くする。

 俺もいつぞや世話になった店長の御尊顔を拝したいところだが、女子五人からの黄色い声援を受けた当の本人はといえば、周囲にいた男子連中の嫉妬により揉みくちゃにされているようで姿までは見えなかった。

 考えてみれば部活動が華道部や茶道部と言っても、着物なんて易々と用意できるようなものじゃない。それに先程のバンドグループは普通にクラスTシャツだったし、登場した時の観客の反応を見ればこうした衣装を着るのは珍しいことなんだろう。

 道理で凝っているとは思ったが、店長がバックに付いていたなら納得もできる話。しかし非売品やコスチュームの手配だけじゃなくて人材派遣サービスまでやってるとか、マジで何者なんだよ店長……。


「それじゃ二曲目! 聞いてください!」


 息の合った五人のメンバーがハーモニーを生み出す。

 楽しそうにドラムを叩く火水木を見て、俺の身体は自然とリズムに乗っていた。

 一体どれだけ練習したんだろう。

 夏合宿以降、陶芸部に姿を見せなかったのも納得がいく。

 夢野が見たかったもの。

 それはイケメン男子の演奏なんかではなく、大切な友人の晴れ舞台だった。

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