九日目(水) 文化祭準備が博多弁だった件

 夏休み終了まで残り一週間を切る中、今日は文化祭準備のために登校。クラスメイト全員が協力的なんてことは当然なく、集まっているのはほんの二、三割程度だ。

 もっとも去年の俺も準備には一度も行かず、参加したのは当日の店番だけ。今年は仕切っているのがアキトであることと、当日のオカマ役を回避するため参加しているだけに過ぎなかったりする。


「第一回!」

「チ、チキチキ!」

「御伽噺4コマ大会だお!」

「「「イエーイ!」」」


 七枚前後の花紙をまとめてハリセンのようにジグザグに折り、真ん中を輪ゴムで止めてから一枚ずつ広げ花にするという単調な作業を繰り返す中で大会は始まった。

 卓を囲んで花紙を折っている男は四人。向かいに座っている女子っぽい声の男子こと相生葵あいおいあおいは準備に協力的ではあるものの、残念ながらオカマ役は強制らしい。まあ間違いなく人気ナンバーワンになるだろうから仕方ないか。


「…………何言ってんだお前ら……?」


 素っ気ない反応を返したのは斜め前に座る寡黙な男、渡辺わたなべ

 今まで準備には一度も参加していなかった男、渡辺。

 うっかり夏課題の答えを失くした男、渡辺。

 アキトに解答を借りるついでに手伝いに来た男、渡辺。

 文化祭ではオカマの男、渡辺。

 葵が男からの推薦が多かったことに対し、イケメンなコイツは女子からの推薦が多かったらしい。他のメンバーも面の良い奴ばっかりだし、オカマですら所詮は顔なんだな。


「そういえば渡辺氏は初参加ですな」

「渡辺。考えるな、感じろ」

「無茶言うなよ……」

「え、えっと……僕もルールを聞きたいんだけど」

「とりあえず最初は拙者が4コマ目を担当するので、渡辺氏、相生氏、米倉氏と反時計回りで順番に御伽噺っぽいワンフレーズを言っていけばおkだお」

「エントリーナンバー一番。アキト選手のオチをどうぞっ!」




「…………? 昔々……」

「お、お爺さんとお婆さんは」

「老眼で」

「桃に気付かなかったとさ」




「えぇっ?」

「息ピッタリだなお前ら……」

「おおっと! これは中々の高評価! 優勝は決まりでしょうかっ?」

「実にナイスなアシストだったお」


 バチンとハイタッチを交わす俺とアキト。我ながら中々のキラーパスだったが、それを華麗なゴールへと瞬時に変えたコイツのアドリブ力は流石と言ったところか。

 要するに一人一人が起承転結を担当して物語を作る訳だが、重要なのは3コマ目の転。これ次第で、場合によっては方向を180度変える必要がありそうだ。


「エントリーナンバー二番は米倉氏のオチだお。最初の3コマは拙者、渡辺氏、相生氏の順ですな」

「う、うん」




「ウサギ氏、ウサギ氏。このカチカチという音は何でござるか?」

「確かカチカチ鳥……だったか……?」

「い、一方その頃、亀さんは?」

「虐めてきた子供達を返り討ちにしていました」




「えぇぇっ? そっち?」

「ん? あっ! 何でいきなりカメなのかと思ったら、ウサギとカメってことか!」

「カチカチ山にウサギとカメ、そして浦島太郎のコラボレーションだお」

「まさか葵がそんなトリッキーなパスを出してくるとはな。くそ、芸術点は無しか」

「芸術点って何だ……?」

「エントリーナンバー三番は相生氏ですな。米倉氏、拙者、渡辺氏と回してきたパスを、華麗に落としてもらうお」

「じ、自信ないなあ」

「安心しろ葵。刀抜けって」

「えぇぇぇっ? 力じゃなくてっ?」

「よし、行くぞ!」




「時は世紀末っ!」

「世界は核の炎に包まれる中っ!」

「…………お爺さんとお婆さんは、こう言いました……?」

「わ、ワシの名前を言ってみろぉ!」




「…………」

「…………」


『パチパチパチパチ』


「えっ? 何で拍手なのっ?」

「アドリブ力が上がったな、葵」

「父さん、嬉しいお」

「えぇっ?」

「…………今の、御伽噺か……?」

「さあ最後を飾るのはエントリーナンバー四番、渡辺選手です!」

「ぶっちゃけ渡辺氏がどんなオチを作るのか、楽しみでござる」

「じ、じゃあ始めるよ?」

「ん……」




「な、夏休みのこと」

「火水木アキトは」

「聖戦に行ったでござる」

「…………それがいけなかった……」




「拙者に一体何があったのでっ?」

「そう口にしたアキトの背中には」

「えぇぇっ? 続くのこれっ?」


 最終的には『いつ・どこで・誰が・何をしたゲーム』っぽくなりつつ、用意された花紙を全て折り終えたため戯れは終了。俺と渡辺は内装、アキトと葵が外装に取り掛かる。

 ちなみに教室内には俺達同様に『HEYHEYお姉ちゃんお茶しない?』と書かれた、普段着には絶対できそうにないクラスTシャツを着ている仲間達が片手で数える程度。その中には冬雪もおり、仲良しの友人である如月閏きさらぎうるうの手伝い中だ。

 前髪で目を隠し後ろ髪を編み込んでいる人見知りな地味っ子は、喫茶店のシンボルともいえる看板を制作中だが、美術部ということもあって流石に絵は上手い。


「……ルー、ここは?」

「ぃ」

「……わかった」


 相変わらず消え入りそうな小声は聞き取れないが、冬雪にはしっかり伝わっている様子。この二人、そのうちテレパシーでも使えるようになるんじゃないか?

 如月がデザインした看板の背景が冬雪によって塗られる中、俺と渡辺は教室内の装飾を現時点で可能なものだけ進めていく。

 先程作った花を壁に留めていったり、涼しさを醸し出すため天井からスズランテープを垂らしたり。最終的には風船を大量に用意し、ほんわか空間にするらしい。


「こんなもんか……?」

「だな。アキト、ちょっと確認頼むわ」

「了解でござ…………おうふ。何かと思えば、スズランテープだったお」

「何に見えたんだ?」

「いや、単に得体の知れないものに見えまして。最近眼鏡の度が合ってない気がするので、そろそろ新しいのを買おうか悩んでるお」

「アキパンマン、新しい眼鏡よ!」

「視力百倍、アキパンマン!」

「百倍ってヤバくないか……?」

「「確かに」」


 仮に元の視力が0.1でも百倍すれば驚きの10。マサイ族といい勝負だ。

 アキトに確認してもらっている間、外装はどんな感じかと様子を見に行く。成程成程、この怪しさなら一般客はまず間違いなく立ち寄らないだろうな。


「こ、こんなので大丈夫なのかな?」

「まあ企画が企画なんだし、物好きしか来ないだろ」

「そ、そうだよね」


 屋代学園は昇降口を抜けると、大きな吹き抜けのハウスホールが広がっている。一年から三年までの教室が見渡せる構造のため、俺達のクラスが異様なのは一目瞭然だ。

 梅の奴が来るようなことを言っていたが、このA級危険区域には近寄らないよう伝えておこう。部屋の中はアイテムのないモンスターハウスで、敵と罠がいっぱいだろうしな。


「そ、そういえば櫻君、夢野さん最近どう?」

「夏はあんまり陶芸部に来てなかったけど、音楽部の方に行ってたんじゃないのか?」

「えっ? お、音楽部の方も最近休みがちだったから、てっきり陶芸部に行ってるんだと思ったんだけど……そ、それにたまに来ても、何だか凄く眠そうだったから……」

「ああ。こっちでも眠そうだったな」


 音楽部でもないとなると、残る可能性はバイトだろうか。

 今日みたいな文化祭準備の日は、乾いた喉を潤すため行きや帰りにコンビニへと立ち寄ることが多かったが、確かに夢野の姿は割とよく見掛けていた。


「そ、それに音楽部の合宿にも今年は不参加だったから、何かあったのかなって」

「合宿も……? そうか。今度会ったら、少し聞いてみようと思うわ」

「う、うん。ありがとう」


 夢野に振られた後も、葵は俺を恨むことなく自然に接しくれている。そして今でも時々夢野のことを心配し、気に掛けているようだ。

 心優しい友人に応じた後で再び教室へ。ふと傍らへ目を向ければ冬雪がポツンと一人で作業しており、一緒にいた如月の姿が見当たらない。

 どこへ行ったのか気になりつつも、アキトからオーケーを貰い今日の作業は終了。渡辺が課題の解答を欲する中、俺は尿意を催しトイレに向かった。


「ん?」


 トイレ傍にある自動販売機の陰で、携帯電話を耳に当てている如月を見つける。

 どうやら通話中らしいが、話している声も相変わらずの小ささ。受話器の向こうにいる相手には通じているのかと疑問に思いつつ、そのままトイレに向かおうとした。


「そげなこつで電話してきよったと? お兄ちゃん」

「!?」

「確か洗面所に置いたばってん」


 聞き間違いかと思い、自分の耳を疑う。

 慌てて足を止め、物陰に隠れると耳を澄ませた。


「あったんよ?」

「…………」

「だから何回も言うてるやろ?」


 如月は独特の訛り口調で、囁くように喋る。

 そんな少女の意外な一面に興味が沸き、俺は思わず聴き入っていた。


「もう切るちゃ」

「………………」

「米倉氏ぃーっ! 拙者にヨーグル一本オナシャス!」

「っ?」


 如月の電話が終わるなり、タイミング悪くアキトの大声がホールに響く。

 自販機傍にいた俺を見て教室から声を掛けるという行為に、普段なら二つ返事で答える所だが、今日に限っては両手で頭の上に丸を作って答えた。

 ――――が、当然の如く如月は気付く。


「あ…………よ、よう!」


 俺を見るなり硬直していた少女を前に、とりあえず挨拶をした。

 しかし如月は完全に混乱しており、どうして良いのかわからないらしくオロオロしている。


「ま、まあ落ち着けって」


 冬雪レベルの無口なら中学にもいたが、如月レベルは滅多にいない。二次元なら萌え要素でも、リアルだと大人になって大丈夫か不安なコミュ症でしかないもんな。

 だからこそ如月の存在は衝撃的だったが、こうして超絶無口だった理由が何となくわかった今となっては、慌てる本人とは真逆に安心さえ覚えてくる。

 それを踏まえた上で、俺は何と言うべきか。

 考えに考えを重ねた結果、未だに困惑している少女に親指を立てつつ答えた。


「博多弁、俺も最高だと思うですたい!」

「~~~~~~っ」




『如月閏は逃げ出した!』




 前にも見たことのある、経験値を沢山持ってそうな華麗なる脱走。どうやら返すべき言葉を間違えたらしいが、別に方言くらいで恥ずかしがる必要はないと思うんだけどな。

 トイレで用を足した俺は、頼まれていた乳酸飲料を購入して教室に戻る。如月はどこへ行ったのか戻ってきていないようだが、友人である冬雪は彼女の秘密を知っているんだろうか。


「ほれ。人件費含めて500円な」

「どう見ても暴利です、本当にありがとうございました。ところで先程、如月氏が走り去っていくのがチラリと見えましたが何かあったので?」

「あー、何て言うか……いや、多分お前に話したら刺激が強過ぎて死ぬからやめとくわ」

「何があったのでっ?」


 まさか無口な目隠れのロリ巨乳(?)に加えて、実は博多っ子の妹キャラなんて都市伝説みたいな萌え要素の集合体がこんな身近に実在してたなんてな。ビックリですたい。




 ★★★




「いらっしゃいませ……」


 帰り際にいつものコンビニへ寄ると、今日もレジには夢野がいた。

 しかし入店した際に最初に聞こえてきた挨拶は、やはり普段に比べて元気がないというか、どことなく疲れている声に聞こえなくもない気がする。


「あっ!」


 俺が来たと気付くなり笑顔を見せてくれた夢野に応えつつ、いつもの桜桃ジュースとガム類を購入。レジへ向かうと、財布から500円玉を取り出した。


「お会計、380円になります」

「あ、袋なしで」

「はい。かしこまりました。500円からお預かりします」

「大丈夫か?」

「え?」

「いや、最近忙しそうだからさ」

「うん。大丈夫。もしかして、心配して来てくれたの?」

「まあな」

「ふふ。ありがと。120円のお釣りと、レシートのお返しです」


 仕事に関しては慣れていることもあり、卒なくこなしているらしい。

 夢野の様子が何となく気になるが、後ろに客が並んでいたため撤退。お釣りとレシートを受け取った俺は、仕事に勤しむ少女を眺めつつコンビニを後にするのだった。

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