八日目(水) 肝試しがドキドキだった件

「ちゃんとエスコートしなさいよー? それじゃ、行ってらっしゃーい!」


 こうして始まった肝試し。二回行くという理由で一番手になった俺は唯一の明かりである懐中電灯を手にすると、パートナーである夢野と一緒に暗闇の中を進み始める。

 指定されたコースは基本的に道沿いで、周囲を木々に囲まれてこそいるものの迷うことはない。まあ仮に迷ったとしても、携帯の電波は届いてるし問題ないだろう。


「米倉君は怖いのとか大丈夫なんだね」

「まあ、驚かされたらビックリはするけどな。夢野は駄目なのか?」

「お化け屋敷とかは大丈夫なんだけど、こういう場所はちょっと……特にその、さっきの話みたいに、終わった後で何かおかしいって気付いたりするのが苦手で……」

「あー、成程な」


 伊東先生が脅かし役だしお化け屋敷と大して変わらない気もするが、そういう苦手なら納得できる。阿久津の気付きは、まさにド真ん中ストライクだった訳だ。

 もっとも怖がっていると言っても、距離が普段より少し縮まった程度。手を繋いだり腕を絡めるなんてことは当然ながら一切なく、シャツの裾すら掴まれないのが現実である。


「でもパートナーが米倉君で良かった」

「え……?」

「だって米倉君なら、面白い話で怖いのも消してくれるでしょ?」

「はは……」


 危うく別の意味に勘違いするところだった。しかも面白い話って言われると、地味にハードル上がって難しいんだよな。

 俺の爆笑トークを期待しているのか、ジーっとこちらを見つめる夢野。そのわざとらしい視線を無視できる訳もなく、俺は少し考えた後で適当な話を思い出しながら語る。


「そうだな…………そういやお化け屋敷のお化けって、客に触っちゃいけないんだってさ。だから怯えずに近づいていくと、逆に向こうが逃げていくらしいぞ」

「へー。そうなんだ」

「で、それをクラスの奴らが試そうとして、滅茶苦茶怖いって評判のお化け屋敷に行ってきたんだと。だけど実際は怖すぎて、試すどころか逃げ回ったらしくてさ」

「頭では分かってても、いざやるとなると難しそうだよね」

「それで走って逃げてる最中に一人が盛大に転んで仲間に置いてかれて、追ってくるお化けに「無理っ! マジ無理っ! 足攣ったっ!」って叫んだら、お化けの動きが止まって「大丈夫?」って心配されたらしい。肩も貸して貰ったって言ってたな」

「ふふ。お化けさん、優しかったんだ」


 くすくすと笑う夢野を見て、心の中でガッツポーズ。クラスメイトのアホな武勇伝も、たまには役に立つもんだな。

 その他にも幼い頃に夜空に見えた謎の光をUFOだと思ってたら、その正体がパチンコ店のライトだった……なんて話をしていると、気付けば目的地まで半分ほどが過ぎていた。


「伊東先生、見当たらないね」

「俺達が気付いてないだけで、もうとっくに通り過ぎてたりしてな」

「それはそれで何だか申し訳ないかも」

「まあ仮にそうだったとしても、帰り道で驚かせようと待機してるだろ」

「どんな風に驚かしてくるのかな?」

「そうだな……怪しい紙袋持ってたし、変装して追いかけてくるとかじゃないか?」

「それで追いかけてきたのが伊東先生じゃなくて、全く知らない不審者だったりして」

「怖っ! それはマジで洒落にならないだろっ?」

「うーん、でもきっと大丈夫だよ」

「何で――――」


 尋ねようとしたところで、夢野が前に回り込む。

 雲間から射す月明かりに照らされた少女は、そっと俺の唇に指を当てた。


「その時はきっとまた、米倉君が助けてくれるって信じてるから…………ねっ?」


 前に助けたというのは、夏祭りのことだろうか。

 それとも未だに俺が思い出す気配すらない、2079円の件なのか。


「そんなに期待すんなよ」


 少女の指が唇から離れた後で、俺は苦笑を浮かべつつ答えると再び歩き出す。

 最早肝試しであることを忘れ、散歩気分で雑談しながら進んでいた時だった。


「そしたらねミズキってばね……ひゃっ? な、何っ?」


 耳元に虫でも飛んできたのか、夢野が小さく悲鳴を上げ飛び跳ねる。身を強張らせながら首や肩の辺りをしきりに払うが、別にこれといって何も見当たらない。


「どうしたんだ?」

「う、うん。何か当たった気がしたんだけど……」

「別に何も付いてないぞ?」

「ほ、本当に……?」

『ボンッ』

「きゃっ?」


 ジーっと眺めていると、再び少女はビクッとして飛び跳ねた。

 正体不明の怪現象に夢野が不安そうな表情を浮かべる中、俺は少し考えてみる。

 手掛かりは二つ。

 一つはどこからともなく聞こえてきた『ボンッ』という謎の音。

 そしてもう一つは不自然に揺れた夢野の髪の毛。


「…………成程。わかったぞ」

「え?」

「安心しろ夢野。謎は全て解けた……真実の名にかけてっ!」

「米倉君、混じってる混じってる」

「じっちゃんはいつも一つ!」

「お爺さん、小食なの?」


 導き出された一つの結論。謎の怪現象の正体にピンと閃いた俺は、見えてはいけない物が見えているかの如く何もない空中を指さした。


「正体はこれだよ、これ」

「?」

「今から見せるから」


 俺は自撮りするように夢野側へ回ると、少女の前で両手を重ねる。

 ただし掌は真っ直ぐに伸ばさず、重ねた両手の中に空間を残すよう若干膨らませてから、ポンと音を立てるようにして叩いた。


「えっと、どういうこと?」

「わからなかったか? じゃあもう一回な」


 不思議そうに首を傾げている夢野を見て再び手を叩く。

 すると少女も理解したのか、掌から俺へと視線を戻しつつ答えた。


「ひょっとして、空気?」

「そういうこと…………ですよね? 先生」


 音が聞こえた気がした方向、そして夢野のうなじ辺りに当たったという条件から場所を推測した俺は、人の隠れられそうな茂みに懐中電灯を照らす。

 するとガサガサ音を立てつつ、ダンボール製の空気砲を抱えた先生が姿を現した。


「気づかれちゃいましたかねえ」 

「服、葉っぱだらけですけど……そこまで必死になって隠れなくても良くないですか?」

「そんなことはありません。先生、全身を蚊に刺されようとも青春のため必死に頑張ります。まあ米倉クンには見破られちゃいましたから、次のペアに備えましょうかねえ」

「はあ……」


 一体何がこの人をそこまで駆り立てるんだろうか……いや、良い先生だけどさ?

 空気砲以外にも色々用意しているらしく新たな準備を進める先生をよそに、先へ進んだ俺達は折り返し地点の目印である大木へと到着。その根元には着いた証として持ち帰るための、四分割された陶器の欠片が置かれていた。


「ふふ。陶芸部らしいね」

「そうだな。櫻は『陶器の欠片』を手に入れた……ってか?」


 どことなく響きがRPGのアイテムっぽいが、使い道は一切ない気がする。仮にゲーム内で使われるとしたら、多分わらしべイベントとかだろう。


「何だか、少しホッとしちゃった」

「宿に帰るまでが肝試しだぞ?」

「うん。そうなんだけど、最初は泣いちゃったりしたらどうしよっかなって思ってたから」

「いや、流石にそれはないだろ」

「そんなことないよ。私だって女の子だもん」

「まあ確かに伊東先生の罠に掛かってた時は、割と怖がってたもんな」

「ねえ米倉君。もし私が泣いちゃったらどうしてた?」

「どうしてたって言われてもな…………」


 唐突な夢野の質問に、これといった案が思いつかず考える。

 すると少女はニコッと微笑んだ後で、静かに答えを告げた。


「もしも泣いちゃったときはね、こうしてほしいな」


 そう言うと、夢野は身を寄せる。

 そして俺の腰へ両手を回し、ギュッと抱きしめた。


「ゆ、夢野っ?」


 以前にも抱きしめられたことはあったが、今回は薄着のため更に少女が近く感じる。

 腹部に当たる柔らかい双丘の感触は勿論、布地越しに体温まで伝わってきた。

 心臓が激しく脈打ち始める。 

 月明かりの下で抱きしめ合う二人の男女。

 これ以上なく良い雰囲気だと思った。




 ――――ボクはキミが嫌いだよ――――




 脳裏によぎる、春休みの出来事。

 あの日から、一体何を学んだのか。

 雰囲気に流され、今も後悔し続けている告白もどきの記憶が俺の口を閉ざす。


「………………」


 抱きついてきたのは夢野であり、阿久津の時とは違うかもしれない。

 それでも、俺の思い上がりの可能性はある。

 こうして笑い合える日常が崩れ去っていくのは、もう嫌だった。


「………………あのさ、夢野」

「何?」

「その……胸が当たってて……」


 胸を高鳴らせながらも少女を抱き寄せず、今の状況を正直に告げる。

 すると夢野はそっと身を離した後で、胸を腕で隠すように身構えつつ呟いた。


「…………米倉君のえっち」

「し、仕方ないだろ? 男なんだから」

「そういうのは仮に思っても、普通は口に出さないよ?」

「う……」

「女の子が泣いてて慰めてほしいときにも、米倉君はそういうこと言うのー?」

「ごめんなさい。俺が悪かったです」

「うん。分かればよろしい!」


 そう、今はまだこれでいい。

 仮に夢野が俺のことを好きだったとしても、今の俺に付き合う資格なんてない。


「でもそういうところが、米倉君らしいんだけどね」

「どういうことだよ?」

「さー、どういうことでしょー?」

「あっ! ちょっ! 待てって!」

「知ーらない♪」


 一人で先に歩き出した夢野は、チラリと俺の方を向くなり舌を出す。

 あっかんべーをした後で小さく微笑んだ少女を見て、俺もまた笑顔を浮かべながら来た道を一緒に戻っていくのだった。

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