八日目(水) そういうところが大嫌いだった件

「いやー、良い絵が撮れたわー」

「……」


 俺と夢野の肝試しが終わった後で、次に出発したのは火水木・冬雪ペア。結果は大方の予想通り、宿の前に戻ってきたのはニコニコの火水木とマナーモード状態の冬雪だった。


「雪ちゃん、大丈夫?」

「……(ギュッ)」

「よしよし。頑張ったね」


 完全に保育士モードの夢野が、涙目っぽい冬雪を抱きしめて優しく頭を撫でる。これがお手本とばかりにチラリと目線を向けられた気がしたが、反応に困って頬を掻いた。


「おっしゃ! 行くぞメッチ!」

「誰がメッチでぃすかっ!」


 早乙女っち→乙女っち→メッチと進化した少女は、屈伸しながら牙を剥く。

 懐中電灯をテツが受け取るなり、二人はクラウチングスタートの構えを取った。


「アンタ達、何してんの?」

「位置について、よーい…………ドンッ!」


 阿久津の合図と同時に、勢いよく二人がスタートを切る。

 テツの方が僅かに速い中、あっという間に後輩達の姿は消えていった。


「ちょっ? 何よあれっ?」

「肝試しに走ってはいけないというルールはないからね」

「ミズキ達が行ってる間に、競争するってことで二人の意見が一致しちゃったみたい」

「はあ……まあ別に良いけど、あの速度だとイトセンの方がビックリしそうね」

「確かに。私達の時には空気砲だったけど、ミズキ達は何だったの?」

「そう! 一杯食わされたのよ! 最初はお経が流れてきたんだけど、途中から呻き声とか赤ちゃんの泣き声とかが混じってきて……あ、その時のユッキーの写真見る?」

「……見なくていい」

「それで音が聞こえてくる茂みに近づいたんだけど、置いてあったのはスマホだけでね。近くに隠れてるのかと思ったら、急に背筋が冷たくなったの」

「……マミ、ビックリしてた」

「だって霧吹きよ霧吹き! イトセンが木の上から霧吹きでアタシの首筋に水かけてきたの! 一杯食わされたって感じで、本当悔しかったわ!」

「私達の時より進化してるね」

「ああ」


 ひょっとして後になればなるほど、問題点が改善されていくんじゃないだろうか。

 火水木達の体験レポートを聞いていると、肝試しという名の徒競走を繰り広げていた二人が早々に帰還。差は大して開いてないまま、テツがリードを保ったまま先にゴールした。


「ゴォールッ! ふぅー。オレの勝ちっ!」

「はあ、はあ…………こんな奴に……負けるなんて……悔しいでぃす……」


 膝に手をつき肩で息をする早乙女が悔しがる中、テツがガッツポーズを決める。

 元バスケ部VS元野球部の仁義なき戦いに決着はついたようだが、走り終えた二人の様子を見ていた俺はテツを手招きしてから小声で尋ねた。


「ひょっとしてお前、手加減したのか?」

「当然じゃないッスか。メッチは懐中電灯持ってないですし、プライド高そうなんで圧勝するのは大人げないかなと。つっても、まあ割と本気でしたけどね」

「そんな気遣いができるなら、ちゃんと肝試しでエスコートしてやれよ」

「それはそれ、これはこれッスよ。せめてもうちょっと可愛げかおっぱいがあればなー」

「いつかお前、女の人に刺されるぞマジで」

「大丈夫ッス。挿すのはオレのムスk」

「オーケー分かった」


 ブレない後輩の発言を遮りつつ、懐中電灯を受け取る。


「ねえねえクロガネ君。伊東先生、どんな風に驚かしてきた?」

「え? あー、そういえば走ってる途中で木魚の音とか子供の笑い声とかは聞こえてきたッスけど、イトセン先生は特に見当たらなかったッスね」

「星華君も見なかったのかい?」

「見てないでぃすし、声とか音すら気付かなかったでぃす」

「あーあ。せっかく一生懸命準備してただろうに、今頃イトセンきっと泣いてるわよ?」


 実際のところ、泣くまではいかずとも落ち込んでる姿が想像できなくもない。

 そんな肝試しもいよいよラスト。俺は再び仲間に見送られながら、相変わらず怯える様子など一切ないパートナー阿久津と共に出発した。


「持つか?」

「いや、キミでいいよ」

「そうか」


 懐中電灯を揺らしつつ尋ねるが、景色を見ながら歩く少女は淡々と断る。

 周囲を警戒することもなく、時折空を見上げながら歩く姿は完全に散歩だった。


「夢野君は怖がっていたみたいだね」

「ん? ああ、お化け屋敷とかは大丈夫でも、心霊系の類が苦手なんだと」

「こういう場所だと幽霊より、熊や蜂の方がよっぽど危険な気がするけれどね」

「お前の肝が冷えることはなさそうだな」

「そんなことないさ。アルカスがGの死骸を枕元に置いていた時は肝が冷えたよ」

「怖っ!」


 そんなとっておきの怖い話があるなら、今になって喋らずにさっき話せっての。

 そう突っ込もうとしたところで、懐中電灯を持っていた俺はふと何かを見つけた。


「…………あれ、先生か?」

「かもしれないし、違うかもしれないかな」


 道のずっと先にいる、怪しげな人影。阿久津に確認を取るため一度照らしはしたものの、別人だった場合を考えて俺はすぐに足元へと戻す。

 顔は見えなかったが、着ている服はまず間違いなく違った。


「天海君や鉄君が言っていた、お経なり赤ちゃんの声が聞こえてくる気配はないけれどね」


 確かに言われてみればその通りだ。

 じゃああれは別人か?

 やや距離が近づいたところで、俺は再びサッと光を向けた。

 真っ白な装束を着た髪の長い女性は、ピクリとも動かずに立ち尽くしている。


「何か不気味だな」

「もしかしたら本物の幽霊だったのかも……と思わせる驚かし方かな」


 仮にそうだとしたら、今まで積極的に表に出てきたのはこのための伏線か?

 距離が近づいても女性は動かず、ただただ視線だけを感じる。

 確かにこの作戦は上手い。

 人違いや本物の幽霊である可能性を考えると迂闊には話しかけられないし、だからといって無視すればあれは一体何だったのかと気になって仕方が――――。


「すいません。少しお尋ねしたいんですが」

「…………」


 構わず特攻した少女に、思わず口をあんぐりである。

 長い前髪で顔を隠し、マスクを付けている怪しい女性に阿久津は話を続けた。


「この辺りで青いシャツを着てチノパンを履いた男の人を見掛けませんでしたか?」

「…………」

「すいません、ありがとうございました」


 首に一つさえ振らない怪しい女性に、少女は頭を下げ戻ってくる。

 そして俺に向けて、とんでもないことを言ってきた。


「しかし参ったね。まさか星華君が行方不明になるなんて……」

「行方不明っ?」

「あ」


 一切反応のなかった女性から聞こえたのは、外見に反した男性の声。

 その正体が予想通りの相手とわかるなり、振り返った阿久津がサラリと答える。


「お疲れ様です伊東先生。今のは嘘ですから安心してください」

「う……嘘でしたか。先生、本気で心配しちゃいましたよ。しかし顧問という立場を利用して脅かし役である先生の肝を試すのは、少しずるい気がしますねえ」

「これしか方法が思いつかなかったとはいえ、驚かせてすいませんでした。でも伊東先生も肝試しを始める前に、体験談と言いつつ作り話をしたのでおあいこですよ」

「えっ? あれ、作り話だったのか?」

「キミ達が肝試しをしている間に調べたら、似たような話がヒットしたからね」

「はい。その通りです。先生、こんなこともあろうかと事前に検索しておきました。意味が分かれば怖い話だったんですが、誰も気付いてくれませんでしたねえ」

「いや、それなら阿久津が開始直前に気付いて、結構怖がってましたけど……」

「本当ですか? いやー、流石は阿久津クンですねえ。先生、それなら満足です」


 予想以上に手の込んだ先生の策略に、俺達はまんまと引っ掛かっていたらしい。

 この恰好でいると不審者扱いされそうで怖いという伊東先生に頭を下げ、俺達は消化試合でしかない残りの道を進んでいく。


「しかしよくもまあ、あんな方法を思いついたな。もしも先生じゃなくて不審者とかだったらどうするつもりだよ?」

「その時は走って逃げるだけかな」

「…………」


 確かに足が速い阿久津の場合、それだけで済む話かもしれない。寧ろその場合いつぞやの年末のように、体力の尽きた俺が置いていかれそうな気がする。

 夢野とは真逆の意見に苦笑いを浮かべながらも、折り返し地点に到着。置いてあった最後の陶器の欠片を拾い上げた少女は、大木をジッと眺めた後でふと口を開いた。


「夢野君との進展は少しくらいあったのかい?」

「何だよ急に?」

「運良く肝試しのペアになれた上に、夢野君は怯えていたみたいだからね。告白までとはいかなくても、手を繋ぐくらいの成果はあってほしいところかな」


 手を繋ぐという過程をすっ飛ばして抱きしめられた訳だが、当然話すつもりはない。

 いきなり妙なことを言い出す阿久津に困惑していると、少女はそのまま語り続ける。


「それともまだ、過去の後悔を引きずっているのかい?」

「まあ、そうかもな」

「真面目に授業を受けて、陶芸も飽きることなく続けている。アルバイトだってこなした。テスト勝負の点数を見た限り、数学以外の勉強も頑張っているみたいじゃないか」

「どれもこれも、できて当然のことだろ」

「その当たり前をこなすのが難しいのは、キミが一番よくわかっている筈さ」

「…………そうかもな」

「キミはもう充分に成長したよ。一体いつまで夢野君を待たせるつもりだい?」


 成長した?

 本当にそうだろうか。

 マイナスが0になった程度の実感しかない。

 それを成長と呼ぶのは、少し違う気がする。


相生あいおい君に引け目を感じているのだとしたら、どうして夢野君が陶芸部に来るようになって、合宿にも参加したのか考えてみるといい」


 阿久津はあおいが振られたことを知らない。

 夢野が陶芸部に来る回数が増えたのは、音楽部に居辛かっただけの可能性もある。


「夢野君が好きなのは過去のキミであり、今のキミでもある。そうとわかっていて、どうして彼女の気持ちに応えようとしないのか、ボクには理解できないね」

「…………」

「ボクには告白できた癖に、夢野君にはできないのかい?」

「っ!」

「それともキープでもしているつもりかい?」


 そんなつもりはない。

 ただ一言、そう返せば済む話だった。

 しかし畳みかける阿久津の言葉に、俺の中でプツッと何かが切れる。


「違ぇよっ! 俺は俺で色々考えてるんだっての!」

「ならその考えを、是非ご聞かせ願いたいね」

「別にどうでもいいだろっ? 大体俺がいつ夢野に告白するかとか、何でお前に話す必要があるんだよっ? これは俺と夢野のことで、お前には関係ないだろっ?」


 人の気も知らず語る幼馴染に、心の中に溜まったものを吐き出す。

 すると阿久津は口を閉ざすなり、拳をギュッと握りしめつつ答えた。


「…………見ていてイライラする」

「はあっ?」

「イライラすると言ったんだよ!」


 その言葉は全然阿久津らしくなかった。

 見ていてイライラする?

 そんな論理性の欠片もない主張に、納得できるわけがない。


「何だよそれっ? 訳がわからないっての!」

「キミのそういうところが、ボクは大嫌いだと言っているんだ!」

「っ!」


 しかしながら少女の剣幕に押され、思わず退いてしまう。

 俺に向けて明確な怒りをぶつけた少女は、一人先に早足で歩きだした。


「待てよっ!」


 納得がいかず、阿久津を追いかける。

 しかし腕を捕まえるより先に、少女は勢いよく駆け出した。

 慌てて俺も走り出す。

 スタートダッシュの差は縮まらず、あと数歩が届かない。

 次第に体力が無くなり、その距離は徐々に開いていった。


「…………全然……わっかんねえよ……」


 やがて足を止めた俺は、呼吸を荒くしながら呟く。

 どうしてこんなことになったんだろう。

 少女が闇夜に消えていく中、残された俺は重い足取りで戻るのだった。

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