一日目(水) 合宿のしおりが手作りだった件
本日の天気は晴れのちスコールレベルの雨。ゲリラ豪雨の多いこの時期だが今日の雨は一段と激しく、俺の通っていた中学校なら雨漏りが多発していたこと間違いなしだ。
傘も役に立たないような強い雨が降り、水が溜まっている中庭を早足で抜けて芸術棟へ避難すると、茶髪の坊主頭という異様なルックスの後輩、
「あ! ネック先輩、ちわッス!」
「よう」
「今日何の日か知ってるッスか?」
「ん? 終業式だろ?」
「またまた恍けちゃって。オレが求めてるのは、そんなつまんない答えじゃないッスよ」
「じゃあ何だよ? 誕生日か?」
「違うッス。七月二十一日ッスよ、7月21日。常識じゃないッスか」
「?」
「答えはそう、オ○ニーの日!」
「せんせー、テツ君がまた変なこと……っていうか変態なこと言ってまーす」
「今日の雨とか、絶対に透けブラが度を増してエロエロになるじゃないッスか! いや本当、夏ってマジで良いッスよね! ビバ夏! ビバおっぱい!」
幸い周囲に生徒は見当たらないが、どこで誰に聞かれてるかわからない状況でよくもまあそんな下ネタを堂々と言えるもんだ。コイツの頭は夏になっても春のままだな。
「陶芸部で海とかプールって行かないんスか?」
「行くと思うか?」
「いやー、合宿行くくらいだしあるかなーって思ったんスけどね。ぶっちゃけネック先輩だって女性陣の水着姿を見たいっしょ? ポロリするかもしれないッスよ?」
「先生に言われなかったか? 夏休みだからって羽目を外し過ぎるなって」
「え? ハメ過ぎるな?」
「いやー、それにしても凄い雨だな」
「ちょっ! 無視しないでくださいッス!」
アホな発言は華麗にスルー。ってか挨拶の次にするような話じゃないだろこれ。
湿気による蒸し暑さから逃げるようにクーラーの効いた陶芸室へと入ると、そこには座敷童子のようにボーっと立っている小柄のボブカット少女がいた。
「ちわーッス! ユッキー先輩、何やってるんスか?」
夏になったことでブレザーを脱いでリボンを外し、胸元の防御が薄くなったクラスメイトかつ陶芸部部長、
「……あれ」
「あれって、うおおっ? 凄ぇっ! ネック先輩、サンダルが浮いてるッスよ!」
駆け寄ったテツがギャーギャーと騒ぎ出すので、俺も後に続き状況を確認。確かにアスファルトには中庭以上に相当な量の水が溜まっているようで、どこから流れてきたのかプカプカと片足だけのサンダルが浮いている程だった。
「マジかよ」
「……マジ」
無表情のまま芯の無い声で冬雪が応える中、背後でドアの開く音が聞こえる。振り返ってみればFハウスに所属している四人の少女が一緒に入ってきた。
「やあ。どうかしたのかい?」
トレードマークである定価30円の棒付き飴を咥えた長髪の少女、
暑さなど感じさせないクールな幼馴染は、透けブラという男のロマンを見せる片鱗も一切無し。変態な後輩曰く、安心と信頼の防御率0.00だそうだ。
「マジヤバイッスよ! ビッグサンダルスプラッシュッス!」
「何を訳の分からないことを言ってるんでぃすか?」
「大方そこの水捌けが悪いから、大洪水になっているってところかな」
去年も同じようなことがあったのか、阿久津は惨状を言い当てつつ椅子へ座る。
デコ出しツインテールのクソ生意気な後輩、
「何あれっ? マジでヤバいじゃない!」
席へ戻る冬雪と入れ違いになる形で様子を見に来たのは残りの二人。うっすらと透けて見えるブラのせいで胸の大きさが一層際立つ火水木は、外の光景を見るなり眼鏡をクイッと上げつつ驚きの声を上げる。
その隣では「わーっ」と小さく声を上げている友人の姿。実は隠れ巨乳説のある
「やっべ、テンション上がってきた! ちょっとオレ行ってくるッス!」
「行くって……ちょっ? トールっ?」
言うが早いかいきなり扉を開け、豪雨の中へ飛び出すテツ。小さな段差から下りて着地するなり飛び跳ねた水の量を見て、改めて今日の降水量の異常さを感じる。
「うおおおおっ! フフ……フハハハハ! 雨よ、もっと降るがいい!」
「あーあー。アンタ、帰る時どうするつもりよ?」
「ミズキ先輩もどうッスか? 滅茶苦茶気持ち良いッスよ!」
大声で叫んでも声が消される程の豪雨のため、両手を大きく広げ空を見上げながら高笑いする後輩は火水木の質問が聞こえていなかったらしく支離滅裂な答えを返す。
まあこういう天気でそういう真似をしたくなる感覚はわからないでもない。全身ずぶ濡れになるのも気持ちよさそうだが、誘われた火水木は当然行く筈もなく溜息を吐いた。
「米倉君、今日も自転車?」
「ああ」
「そっか。じゃあ私と一緒だね。帰りまでには止むかな?」
「通り雨だろうし、多分大丈夫だろ」
夢野は音楽部のコンクールと期末テストが終わって余裕ができたのか、ここ最近はこちらへ来る回数が増えており陶芸の腕も少しずつ上達してきている。
あらぶる後輩を眺めながらそんな話をしていると、火水木が思い出したように手をポンと叩いて長机に置いていた鞄の中身を探り始めた。
「そうそう、忘れてたわ。じゃーん!」
「……何?」
「合宿のしおりよ。一応ユッキーに確認してもらおうと思って。まだ二つしか用意してないから、そっちの机で一つ、ユメノンとネックで一緒に見てもらっていい?」
A5サイズの薄い紙束を手にした火水木は、三人の少女が座る長机に一部を置き、もう一部を俺に手渡すと引き続き窓の外ではしゃぐ……というか暴走する後輩を見守る。
俺は定位置である阿久津の向かいには腰を下ろさず少し離れた位置で机に寄りかかり、隣から覗きこむ夢野にも見せるようにしおりを確認した。
「見えるか?」
「うん。大丈夫」
表紙には和の雰囲気を醸し出している、筆ペンで大きく書かれた『陶芸部夏合宿』の文字。画力はないためか挿絵の類は描いておらず、中は割とシンプルな作りになっている。
今回の合宿は二泊三日。最初の三ページはそれぞれ一日目から三日目にかけての日程表で、後半は周辺地図やバスの時刻表、見学に行く場所の情報などがまとめられていた。
「……マミ、ありがとう」
「これくらい御安い御用よ」
パッと見る限りでは簡素なしおりだが、これを作るのも楽じゃないだろう。自ら率先して引き受けた少女は、そんな苦労を微塵も見せることなく軽々と答えた。
内容もちゃんと陶芸部の合宿らしく、一日目は美術館や指導所の見学。二日目と三日目にはろくろによる制作時間が、それぞれ5~6時間ほど取られている。
ただ宿舎の到着は午後4時40分と書かれており、その後には一切の予定が書かれていない。どう考えても寝るには早すぎる時間であり、花火や肝試し等の表記はない。
「宿舎に着いた後は何をするんでぃすか?」
「ふっふっふ。色々準備してあるから安心して頂戴」
「そう言われると、逆に不安になるね」
かつての問題児だった先輩を思い出してか、少女は深く溜息を吐く。
ひょっとしたら阿久津や早乙女、冬雪辺りには何をやるか教えていないのかもしれない。まあコイツらにやりたいことを聞いても、多分良い返事は返ってこないだろうしな。
「あ! それ、私がお願いして付けてもらったんだ」
「ん? そうなのか?」
最後のページを開くと、夢野が嬉しそうに口を開く。
そこにあるのは日付ごとにまとめられた6行のスペースがページを跨いで計三つ。何でも『このスペースに三日分の日記をつけて下さい』とのことだった。
「やっぱりこういう思い出って大切かなって。米倉君は日記とか書かないの?」
「俺は三日坊主だからな」
「それじゃあ、この合宿なら二泊三日だから大丈夫だね」
「確かに!」
真顔で答えると夢野が笑い、つられて俺も笑う。昔梅の奴が日記を書いてた時に付き合わされたことがあるけど、この手の毎日コツコツはどうも長続きしないんだよな。
「おや、鉄クン以外は皆さん勢揃いですか。おはようございます」
「やっほーイトセン。トールなら外にいるわよ」
「外ですか? あららら、凄いですねえ」
相変わらずズレた挨拶をした後で、
各々がまばらに挨拶を返した後で、白衣を着た糸目の顧問はいつも通り黒板前の椅子へ着席。しかし今日はどことなく元気がないようで、先生は大きく息を吐いた。
「はあ…………いやあ、若さが羨ましくなっちゃいます」
「イトセン、何かあったの?」
「いえいえ。今日は朝からお腹の調子がいまいちでして……ただの体調不良ですので気にしないでください。それより皆さんが見ているそれは、合宿のしおりですかねえ?」
「……確認作業中……です」
静かに立ち上がった冬雪は、しおりを先生へと手渡す。
中身をパラパラと眺めた先生は、特に細かく見ることもなくしおりを閉じた。
「よくできていますねえ。火水木クン、お疲れ様でした」
「バッチリでしょ?」
「先生からのお願いとしては、当日は遅刻しないよう…………すいません。波がきたのでちょっと行ってきます。先生、今度こそいける気がします」
お腹を擦りながら早足でトイレへ去っていく先生。そんな頼りない後ろ姿を見届けた後で、俺達は改めて合宿のしおりを眺めながらあれこれ雑談する。
…………そんな平和な時間から一転、誰もが予想だにしない事件は起きた。
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