8章:俺の夏が青春だった件①

初日(水) 短冊の願いが切実だった件

 七夕という行事について、詳細を知る人は意外に少ない。

 一般的に知られているのは、恋仲だった織姫と彦星が年に一度会える日ということくらい。何故二人が引き裂かれたのかといえば、実にくだらない理由だったりする。


『どうも、彦星です。牛追ってます』

『はいは~い、織姫パパンの天帝で~す。娘の織姫が毎日機織りばっかりしてるから、イケメンの彦星君を紹介して結婚させちゃいました~』

『音速ダァッシュ! 織姫ちゃんラブリ~っ!』

『彦星君、ちゃんと仕事もやりなさいよ~?』

『イチャイチャ、イチャイチャ』

『プッツ~ン! パパン激おこプンプン丸! 天の川パッカ~ン!』

『ヴェエエエッ?』

『イチャチャチャチャチャチャチャチャチャチャチャチャチャチャ~ホワチャアッ!』

『ひでぶ!』

『ザ・ワールドっ! イチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャ、イチャア!』

『ば……バカなッ! ……こ、この彦星が…………この彦星がァァァァァァ――――ッ』


 …………何かくだらない三文芝居を思い出したけど、大体こんな感じだったかな。

 バレンタインや節分と違い、商戦のない七夕は盛り上がりにも欠ける。分類としては雛祭りに近くスルーする家も多いが、我が家はそういった行事を重んじる方だ。


「できた~っ! お兄ちゃ~ん! 草どこ~? あの草!」

「笹な。草なのはお前のその発言だっての」


 本日は七月七日。期末テストが昨日で終わり心は雲一つない晴れだが、実際の天気は生憎と一日中雨であり、夜になった今でも窓の外では雨音がしとしと聞こえてくる。

 梅雨真っ只中なこの時期に、天の川が見えることなんて滅多にない。まあ今頃雨雲の向こうにいるであろう織姫と彦星も、イチャついているところを人に見られたくはないだろう。


「笹も草だし大して変わらないじゃん!」

「草を馬鹿にするな。雑草魂って言うだろ? 草は育って華になるんだぞ」

「はえ? 花は腐って……何?」

「何もかもが違うっ!」


 部分的に入れ替えただけで、全く意味の違う文章を生み出しやがったぞコイツ。 ドタバタとリビングを掛け回った妹の米倉梅よねくらうめは、カーテンの裏やクッションの下といったどう考えても無いであろう場所まで捜し始める。


「お兄ちゃんもテレビ見てないで捜すの手伝ってよ~」

「ったく…………ほれ」


 先日も似たようなことがあったが、その時は放置していたら梅雨にかけた必殺技『梅の雨』とかいう謎の連続攻撃を仕掛けてきた。最近どんどん凶暴になってる気がするな。

 手加減を知らないアホな妹に溜息を吐くと、俺は部屋干しの後で放置されていたと思われる、洗濯バサミが沢山ついたお馴染みのアレを梅に差し出した。


「お兄ちゃん、話聞いてた? 梅が探してるの、洗濯物ぶら下げるやつじゃないよ?」

「正式名称はピンチハンガーだ」

「そういうお兄ちゃんトリビアいいから! ピンチなのは梅だよ~」

「これに『笹が欲しい』って願い書いて引っ掛けておけ」

「うわ~。手伝ってくれるどころか、そんな提案するなんて梅引くわ~」


 結局ひとしきり荒らし回った妹は入浴中である父親の元へ聞きに行く。我が家に笹を持って帰ってきた張本人なんだから、最初からそうすれば良かったのにな。

 昨年は梅以上に騒々しい姉も一緒だったが、今年は一人暮らし中で今はテスト前とのこと。母親も夜勤でいないため、今年吊るされる短冊は三枚だけになりそうだ。


「お兄ちゃ~ん。お母さんの短冊知らない?」

「ん? あるのか?」

「お父さんが朝に渡したから、どっかに置いてある筈だって」


 目的のブツである笹を無事発見したらしく、お祓い棒のように振りながら尋ねる梅。どうやら父親は願いを書き終えた後らしく、既に一枚の短冊が吊るされていた。


『髪が抜けませんように』


 …………また随分と切実な願いだな父上よ。

 こんな願いを見せられた織姫と彦星も反応に困るだろなんて思いながら、ふと傍らに置かれていた一枚の短冊に気付く。


「なあ、これじゃ――――」

『豆腐1個、長ネギ1本、スライスにんにく1個、めんつゆ大さじ3、酢大さじ2、ごま油大さじ1、酒大さじ2、水大さじ5、お好みで水溶き片栗粉』

「あったっ?」

「…………多分」

「どれど…………えぇ~」


 料理のメモにされた短冊を見て、物凄く微妙そうな顔を見せる梅。一体何を作ろうとしていたのかが中途半端に気になる中、不意に俺の携帯が震え出す。

 ガラケーを手に取って確認すればメールではなく電話。画面に表示されている名前は部活仲間である火水木天海ひみずきあまみだった。


「もしもし?」

「やっほーネック。今大丈夫?」

「ああ。どうしたんだ?」

「今合宿の計画練ってるんだけど、アンタ何かやりたいことある?」


 俺の所属している部活動は陶芸部。合宿なんて必要ないだろとクラスメイトからは突っ込まれてばかりだが、正直言って俺自身も甚だ疑問ではあったりする。

 まあ一応行き先は陶芸で有名な場所だし、見識を深めるという意味では重要なのかもしれない。もっともそんな風に考えてるのは、部長と副部長だけかもしれないけどな。


「今の時点で何が決まってるんだ?」

「とりあえず肝試しに花火、それとバーベキューね」

「夏満喫セットだな」

「当たり前じゃない! 何てったって合宿よ合宿! 貴重な泊まりイベントなんだから!」


 まあ確かに火水木の言う通り、あのメンバーで宿泊と考えるとワクワクはする。

 ただその一方で、俺には気がかりなこともあった。


「…………やりたいことか……俺は特にないかな」

「あらそう? じゃあ思いついたら連絡頂戴。今週中ならギリセーフだから。向こうで食べたい物とか行きたい店でもオッケーよ」

「わかった。わざわざサンキューな」


 通話を終えた後で溜息を吐く。

 気付けば父さんが風呂から上がっており、入れ替わりに梅の奴が風呂に入ったようだ。


『最後の大会に勝てますように』


 妹が短冊に書いた願いを見て、まあそうだろうなと納得する。

 これといって何も思いつかなかった俺は『健康でいられますように』というありきたりな短冊を吊るしておいた。

 実を言うと既に学校でも短冊を書いており、これは二枚目だったりする。

 屋代で用意されるのはこんなショボイ笹ではなく、最早竹と呼んでもおかしくない10メートルはありそうな巨大笹。そしてそこには400人以上いるCハウスの生徒達が書いた、色とりどりの短冊が吊るされていた。


『幼馴染と仲直りできますように』


 織姫と彦星みたいな恋仲になりたいなんて高望みはしない。

 別に短冊の願いが叶うなんて思ってもいない。

 ただ仮に……もしもそんな奇跡が起こしてくれる力が織姫と彦星にあるとしたら、俺が笹に吊るした些細な望みを叶えて欲しい。そんな切実な願いだった。

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