十八日目(木) テスト勝負がやばばだった件

 土・日と筋肉痛の二日間を経て、月曜からは普段通りの学生生活を送ること早四日。ようやく全教科のテストが返却され、陶芸部ではテスト勝負が始まろうとしていた。


「全員、準備はいいわね?」

「問題ないよ」


 平然と答えたのは阿久津だけで、他の面々は何とも言えない苦笑いを浮かべている。言い出しっぺのテツに至っては、既に真っ白に燃え尽きているようにも見えた。


「じゃあコミュ英からいくわよ」


 各々がコミュニケーション英語の答案を用意する。サモンという掛け声に合わせて召喚獣が出るなんてことはなく、せーのを合図に見せ合った。


「…………ボクの勝ちかな?」

「流石ミナちゃん先輩でぃす!」

「何よ、トールってば自分から提案した割に最下位じゃない」


 結果としては92点の阿久津が単独トップで、次いで早乙女の88点。ビリはテツの51点で、点数が低めだった夢野や冬雪辺りも少し危なかった。


「いや実はこれ16進法で表記されてるんスよね!」

「10進法に換算しても81点だし負けてるな」

「…………間違えたッス! 32進法で――――」

「そうなると161点になるぞ」

「ネック先輩、計算早すぎッス!」

「大人しく負けを認めなさい。とりあえずツッキーからトールね」


 黒板に『ツッキー→トール』と火水木が書きこむ。このままツッキーだらけにならなければ良いんだけどな。


「いやー、英語は苦手なんスけど、ちょっと高校の勉強舐めてたッス」

「英語はどんな受験でも使うから、しっかり勉強しておいた方がいいかな」

「じゃあ次は……このままの流れでもう一つの英語にいく?」

「げっ」

「大丈夫よ。ライティングはアタシも悪かったから」


 …………頭の良い奴の『悪い』ほど信用にならない言葉はないと思う。

 ということで続く二回戦も、英表もしくはライティングという英語科目に決定。各々がテストを用意した後で、合図に合わせて六枚の解答用紙が出揃……六枚?


「うん、私の負け! それじゃあ次の教科にいこっか!」

『『ガシッ』』

「駄目よユメノン。ちゃんと出しなさい」

「……ユメ、ずるい」


 さらりと流して次へ行こうとする夢野の肩を二人が掴む。俺や阿久津のような理系は英語表現を履修しており、文系の三人が取っているのはライティングだ。

 現状並んでいる答案を見ると、一位と二位はまたも阿久津&早乙女の流れ。そして最下位である冬雪の点数は32点で、英語は苦手と言っているが比較的勉強のできる火水木でさえ57点とあまり良い点数ではない。


「ライティング、難しかったのか?」

「……平均が31点」

「マジでか」

「……マジ」

「そういうことなら、別に恥ずかしがる必要はないさ。何よりテスト勝負へ参加した以上は、例え点数が悪くとも見せるべきだとボクも思うよ」

「…………ほ……本当に酷いからね……?」


 夢野は何故か俺をチラリと見てから、覚悟を決めたのかテスト用紙を見せる。

 折り曲げられた点数部分を綺麗な手がゆっくり開くと、そこには22という数字がはっきり書かれていた。


「ふむ。期末で頑張れば赤点は回避できそうだね。夢野君と音穏は暫く陶芸より勉強かな」

「……私も?」

「コミュ英の点数もいまいちだからね。赤点は一度でも取ると推薦が厳しくなるよ。皆が卒業して進学する中、一人だけ浪人なんてことになってもいいのかい?」


 冬雪と夢野が揃って首を横に振る。黒板には『ツッキー→ユメノン』と新たな阿久津の勝ち星が書かれる中、次の科目で一転攻勢とばかりにテツが意気込んだ。


「数学は負けないッスよ!」


 三回戦は数Ⅰ・数Ⅱ・古典だが、どうやらこの後輩は俺同様に数学が得意で英語が苦手らしい。まあ英語の点数は一年の頃の俺よりマズイ点数だったけどな。

 しかし悪いなテツよ……お前はもう負けている。


「せーのっ!」




 テツ→94点


 阿久津→96点


 俺→100点




「…………はい?」

「俺の勝ちだな」

「100っ? 100って何スかっ? ってかツッキー先輩も強っ!」

「ふん。どうせマグレでぃす」

「ネックってば、見せてくれるじゃない」

「今回の問題が簡単だっただけだっての。平均点も高かったしな」

「米倉君、凄いね」


 称賛してくれる夢野だが、古典の点数も悪く最下位だったためか少し切なげだ。

 点数から察するに恐らく一問ミスであろう阿久津を見ると明らかに悔しそうな表情を浮かべており、視線が合うなりプイっとそっぽを向かれてしまった。


「ま、まだ数Aが残ってるッス! こっちこそ勝ってみせるッス!」


 黒板ではツッキー無双が終了し『ネック→ユメノン』の文字が書かれる中、初めて数学で阿久津に勝った余韻もままならないうちに四回戦が始まる。

 教科は数A・数B・政経であり、先程トップ争いをした三人に注目が集まった。


「じゃあいくわよ? せーのっ!」




 俺→94点


 阿久津→94点


 テツ→96点




「うっしゃあああああああああ! 勝ったあああああああああ――――」

「ちょっとトール、よく見なさいよ」

「――――あああああああああ?」


 火水木→98点


「…………ああああああああああああああああああっ!」


 膝から崩れ落ちる見事なリアクション芸に全員が笑う。発音を表現するなら下がり気味の「ああああ」から、急上昇して「ああああ?」になった感じだ。

 という訳でハイレベルな勝負を制したトップは火水木。最下位は数学が苦手なのか、先程の数Ⅰでもイマイチな点数を取っていた早乙女だった。


「先輩達、強過ぎッスよ! オレのお願いがぁーっ!」

「まだ一つ残っているじゃないか」

「じゃあ最後いくわよっ!」


 ラストを飾るのは社会系科目の世界史・日本史・地理。合図とともに答案が出揃うが、全員の結果が僅差の団子状態でありトップとビリの判断に戸惑う。


「……………やった!」


 そんな接戦を制したのは夢野で、彼女の願いを聞く相手は俺に決定。別に手応えは悪くなかったが、残念ながら冬雪やテツと1点差で最下位だった。

 こうして全教科のテスト勝負が終了。黒板の結果を脳内変換して再確認する。


『阿久津→テツ』 

『阿久津→夢野』 

『俺→夢野』 

『火水木→早乙女』 

『夢野→俺』 


 とりあえず阿久津の一人勝ちという状況は防ぐことに成功。得意苦手が英語と数学で正反対の後輩二人は、負け一つの勝ちなしという結果に終わった。

 成績が平均的な冬雪は勝ち負けどちらもなし。意外だったのが夢野で、勉強はあまり得意じゃないのか日本史で勝ってこそいるものの全体的に点数は低めだ。


「ネック先輩、地味に頭良くないッスか?」

「地味は余計だ」

「言われてみればそうね。前はトール程じゃないけど英語が苦手だったのに、今回は結構良い点取ってるし…………あれ本当は誰の解答用紙?」

「俺のだよっ!」


 普段ならそういう冗談は、阿久津の専売特許なんだけどな。

 真面目に勉強を頑張った甲斐あってか、以前は冬雪と同レベル程度だった俺の点数は上昇。苦手な英語も足を引っ張ることなく、平均よりやや上に収まっていた。


「さて、早速だけれど鉄君に一つ頼んでいいかい? 実はもう決めていてね」

「うッス! 肩揉みでもマッサージでも何でもやるッスよ!」

「力仕事さ。窯場の片付けをお願いするよ。とりあえず釉薬……あのバケツの整理整頓と、重そうな物を一箇所にまとめておいてくれると助かるかな」

「…………了解ッス」


 願いの内容を聞いて見るからに落胆するテツ。仮に勝っていたら一体何を頼むつもりだったのか……何かコイツが勝たなくて良かったと改めて思う。


「実はアタシも決めてるのよねー。ホッシーはっと…………これこれ!」


 その一方でニヤリと怪しく笑みを浮かべる少女。今日に限って妙にでかい紙袋を持ってきているし、付き合いの長い陶芸部員なら火水木の頼みは薄々予想がつく。

 早速その中身が取り出されると、不思議そうに見ていた早乙女の顔が固まった。


「エ……えっと……これは何でぃすか?」

「コスプレ衣装! 早速そこのトイレで着替えに行くわよ!」

「おおっ! マジッスかっ? 流石ミズキ先輩っ!」

「み、ミナちゃん先輩っ! やばばでぃす!」

「負けた以上は仕方ないかな。数学の勉強を怠った星華君が悪いね」

「そ、そんなこと言わずにぃー」


 火水木に引きずられつつ、早乙女が退場していく。

 残された紙袋に衣装が残っているのを見て、その中身を夢野が取り出した。


「…………ミズキ、それぞれに合うコスプレを用意してたんだね……」

「……負けなくて良かった」


 入っていた衣装を見た全員が、冬雪の呟きに黙って首を縦に振るのだった。

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