十二日目(金) メダルゲームのハプニングだった件
カウンターで受け取ったのは、10枚のメダルが入った掌サイズの小さなバケツ。そんな心もとない軍資金を葵以外の六人に一つずつ配ると、各自が戦場へと旅立つ。
「ツッキー先輩、競馬やりましょうよ競馬!」
「ちょっと鉄、ミナちゃん先輩を悪い遊びに誘わないでほしいでぃす」
「いや、少し興味はあるかな」
「いぃ?」
「……あれ、面白そう」
「じゃあ雪ちゃん、一緒にやろっか」
阿久津に早乙女、そしてテツの三人が競馬ゾーンへ。冬雪と夢野はビンゴゲームの方に去って行き、残った火水木は葵がいるであろうクレーンゲームの方を見ていた。
「どうしたんだ?」
「別に何でも。ただオイオイは頑張ってるなーって思っただけよ」
「そうだな」
「アンタも少しは見習ったら? トールと一緒に行けば良かったじゃない」
「10枚なんてあっという間に無くなるんだから、何で遊んだって同じだろ」
「そういう考えが駄目なのよね。アタシに付いてきなさい」
「?」
言われた通り火水木の後に続き、ピロリロピロリロとパチンコ店みたいに騒々しいメダルゲームコーナーへと入ると、少女はいくつかのマシンを眺めて回る。
やがて辿り着いたのは、よくあるプッシャーゲーム。メダルを投入することでフィールド上にあるメダルを押し、こぼれ落ちたメダルが手に入るアレだ。
「これならいけそうね」
「何を見て回ってたんだ?」
「ジャックポットになりそうな台を探してたのよ」
「成程な……っと、あの穴にメダルを入れればいいのか?」
「そういうこと」
長椅子に二人で座り、狙いを定めつつ投入口へメダルを入れていく。一枚一枚を丁寧に使うが消耗は避けられず、大体3枚入れたら2枚返ってくる程度だった。
「ねえネック、悩みは一人で抱えない方が良いわよ?」
「何だよいきなり」
「少し心配なだけ。ツッキーと喧嘩でもした?」
「別にしてないっての」
「じゃあ何? 告白して振られでもした?」
「何でそうなるんだよ?」
「変だからに決まってるじゃない。前はあんなに喋ってたのに、最近は全く交流なし。何かあったことくらい誰でもわかるわよ」
核心を突かれ内心慌てたものの、何とか気付かれずには済んだようだ。
互いにメダルを投入しながらの会話だから良かったが、もし面と向かって話していたら火水木は何かと鋭いため察知されていたかもしれない。
「そんなに違和感あるか?」
「バ○キンマンが石鹸使って手を洗ってるくらい変ね」
「別にふつ……変だっ!」
「もしくは空から親方が落ちてくるレベルよ」
「ヤバいだろそれっ?」
「まあ何があったかは聞かないけど、アタシで良ければいつでも相談に乗るから」
「ん、サンキュー」
深くは詮索しないで、冗談を交えつつ励ましてくれる火水木。相談して解決するような問題でもないし、既に先程冬雪のお陰で解決したような気もするので、今は気持ちだけありがたくもらっておこう。
「キタキタ! あと一回でジャックポットよ!」
俺達のメダルは混ぜており、気付けばその残りは僅か数枚。そしてこの中に葵の持ち分である10枚が入っていたことをすっかり忘れていた。
今ここで葵が戻ってきたらどうしようかと悩む俺をよそに、そんな事情を知ってか知らずか火水木は今まで以上に慎重に狙いを定める。
「…………お前って悩みとかなさそうだな」
「失礼ね。こう見えても中学時代は悩みまくりだったんだから」
「へいへい……おっと」
うっかり数枚しかない貴重なメダルを落としてしまい、足元に屈み込む。
幸いにも機械の下に転がりこむようなことはなく、簡単に拾うことができた。
「ふう…………っ!」
思わぬ光景に動きを止める。
別に悪気はなかった。
目の前には程良い肉付きの脚を包み込む、少女のニーハイソックス。
吸い込まれるように視線を上げた結果、ムチっとした艶めかしい太股が目に入る。
そしてその付け根、暗黒空間の奥にある黒い下着が見えていた。
「…………………………」
「ちょっと、まだ見つから…………」
視線を下げた火水木と目が合う。
やばい。
パンツやばい。
頭の中で必死に弁解を考えた。
しかし少女は脚を閉じて隠すと、溜息を吐きつつ尋ねる。
「いつまで見てんのよ。別に怒らないから、さっさと上がってきなさい」
「え……?」
膝蹴りの一発でもされるかと思ったが、意外にも火水木は落ち着いていた。
予想外の返答に驚きつつ椅子へ戻ると、少女はやや呆れ気味に口を開く。
「一応聞くけど、わざと落としたの?」
「い、いや、違う! 偶然目に入って――――」
「あっそ。ならいいわ」
「…………怒らないのか?」
「最初に言ったじゃない。別に怒らないって」
「いやだってそれ、怒る奴の常套句じゃん」
「何よ? 怒ってほしいの?」
慌てて首を横に振る。確かにこれじゃドMみたいだ。
「わざとじゃないんでしょ? ミニスカ履いてるアタシにも非はある訳だし」
「じゃあもしわざとって言ってたら?」
「そうね……ユメノンとかツッキーみたいな普通の女の子は嫌うから、絶対に止めなさいって警告するわ。女の子は視線に敏感だから、そういうのすぐわかるわよ」
「そ、そうか」
「例えばアンタとトール、ビリヤードの時に胸ばっか見てたでしょ?」
「………………すいませんでした」
完璧に立ち回った筈なのに、まさか気付かれていたとは思わなかった。ひょっとして冬雪の奴も見て見ぬ振りをしてくれていただけなんだろうか。
「まあ男ってそんなのばっかりだし、アタシにもそういう風に見てもらえるだけの魅力が出たって考えたら悪い気はしないけどね」
「…………何かお前って本当凄いな」
「別にそんなことないわよ。ネックは女子高生が制服のスカートを短くしたがる理由って知ってる?」
唐突な問題に答えが分からず沈黙。そりゃ見てる側としては短いに越したことはないし、俺達男子高校生は勿論、大人や老人に至るまで男にとっては目の保養だろう。
「答えは自分を可愛く見せたいから。自分を見てもらいたいからよ。まあ周りに合わせてるだけの子もいるし、ユッキーみたいに熱いからって子も稀にいるけど」
阿久津は間違いなく周りに合わせているだけだろう。夢野も恐らくは同じだと思うが、ひょっとしたら前者の可能性が無きにしも非ずだ。
「あくまでアタシの考えだけど、見られるのは自業自得って思うのよね。セクハラとかされたら別問題だけど……まあ、アタシが怒らない理由はそういう訳」
達観している火水木先生の女性論を聞いていたその時、少女が投入したメダルの一枚が穴に落ちる。
回り出したスロットが停止すると、派手なエフェクトと共に音楽が流れ出した。
「キターっ!」
「マジでかっ?」
まさかのジャックポット。機械内部の側面から次々とメダルが流れ出すと、フィールド上で溢れんばかりの量になったメダルが一気に押し出されて落ちてくる。
そして実にタイミング良く、メダルを失った様子の阿久津達が戻ってきた。
「あーあ。3―9に賭けてればなー」
「五月蝿い! 3番と7番で良かったんでぃす!」
「まあ賭け事なんて元締めが勝つようにできているものさ。そっちはどうだい?」
「大当たり中よ!」
「うおっ? 何スかこれっ?」
「驚いたね」
「根暗先輩、さっさとそのメダルをこっちに寄越してください! 次はミナちゃん先輩の誕生日の6―3に一点張りでぃす!」
「ちょっと待ってろって。一通り落ち着いたら全員に渡すから」
ジャックポットの時間を少しでも延長させるため、俺と火水木はメダルを入れ続ける。
阿久津達同様にメダルが無くなったのか、程なくして夢野と冬雪も帰ってきた。
「メダル無くなっちゃった……って、すごーい! ――――、米倉君?」
「え?」
ゲームのピロリロ音が一層大きくなっているため、夢野の声の一部がかき消される。地声のでかい火水木ならまだしも、冬雪に至っては完全に口パク状態だ。
聞き取れなかったのを察してか、夢野は俺に歩み寄るとそっと耳元に唇を近付けた。
「凄いね。どうやったの、米倉君?」
「え……いや、その、俺じゃなくて火水木が当てて――――」
近づく距離に不覚にもドキッとしてしまい、しどろもどろになりながら答える。
やがてジャックポットが終わった頃には、最初に渡された掌サイズの小さなバケツが丁度一杯になるくらいのメダルが集まった。
目分量で適当に再分配した後で、俺達は再び散り散りに。一人でのんびりゲームを選んでいると、クレーンゲームから戻ってきた葵を見つけた。
「あ、櫻君」
「おう。目的のブツは取れたのか?」
「う、うん」
「良かったな。財布は無事か?」
「えっ? ご、500円で取れたから……無事なのかな?」
「そうか。てっきり100000円くらい使ってくると踏んだんだが」
「えぇっ?」
クレーンゲームで有り金全部溶かした葵の顔、見たい奴は大勢いると思うんだけどな。
話を聞けば何度かやっているうちに、店員さんが取りやすい位置へ動かしてくれたとのこと。それは単に相手が親切だったのか、はたまた葵だったからなのか……。
「そうだ。これ葵のメダルな」
「あ、ありがとう。あれ? これ、10枚以上あるように見えるけど……?」
「ああ。落ちてたメダルをコツコツ集めておいた」
「ええぇっ?」
「冗談だ。火水木が大当たりを引いたんだよ」
「そ、そうなんだ。ビックリした」
良い反応をした男の娘は、メダルを受け取ると去って行く。恐らくは夢野を探しに行ったであろう後ろ姿を眺めてから、俺はテツと合流して適当にゲームを楽しんだ。
その後も火水木のメダルだけは尽きることがなかったが、最終的に時間が遅くなったということで競馬に全投入。当然の如くスッた後で、俺達はスポッチを後にした。
「久し振りに良い運動ができたかな」
「楽しかったでぃす!」
「いやー、陶芸部入って良かったッス!」
「次の企画は夏祭りね」
「……お祭り行きたい」
火水木の言葉を聞いて心の中でガッツポーズ。夏祭りなんて一年前までは家族イベントでしかなかったが、同級生と行くとなると浴衣も花火も胸が躍る。
「葵君、ありがとうね」
「う、うん! どう致しまして」
駅に到着すると電車の方向が違う葵、火水木、テツの三人と分かれた。
男子二人がいなくなり、残された男は俺一人。阿久津と早乙女、夢野と冬雪が仲良く話し合う構図となったが、新黒谷駅へ着くと冬雪とも別れを告げる。
そして改札を抜け階段を下りると、俺と夢野は駐輪場で自転車を取りに行った。
「それじゃあ夢野君、暗いから気をつけて」
「お疲れ様でぃす!」
「うん。それじゃまたね」
「ああ」
夢野と分かれた後で、俺は徒歩の阿久津と早乙女に合わせて歩く。
どうせこの二人といても会話に入ることはないだろうし、一人自転車に乗って先に帰ることもできたが、特に考えもなく気付けば自転車を押していた。
「ミナちゃん先輩、お疲れ様でぃす! 根暗な送り狼に気を付けてください」
別れ際に頭を下げた早乙女は、こちらを睨みつつ余計な一言を残して去って行く。そんな後輩を見届けた後で、俺は幼馴染の少女と共に歩きだした。
「…………」
「…………」
「楽しかったな」
「そうだね」
「…………」
「…………」
また以前のように話せると思っていた。
しかし会話は広がらないまま、気まずい沈黙が続く。
「それじゃあ、失礼するよ」
「ああ」
家に帰るまでの間、俺達が交わした言葉はそれだけだった。
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