十八日目(木) 隠し事には不向きだった件

「早乙女さん、帰ってこないね」

「何ならオレ、様子見てくるッスよ?」

「女子トイレにかい?」

「大丈夫ッス! オレそういうの気にしないんで!」

「いやお前が気にするどうこうの問題じゃないからな?」


 早乙女が火水木に連行されて十分ほど経ったが、一向に戻ってくる気配はない。

 いつも通り阿久津は読書、冬雪は粘土で遊んでおり、俺と夢野とテツは雑談をしながら二人の帰りをのんびりと待っていた。


「水無月さんは私へのお願い決めた?」

「まだ考え中だけれど、今のところは買い物へ付き合ってもらうのが有力候補かな。まあ頼むとしたら、期末テストが無事に終わった後になりそうだね」

「ハイ……努力シマス……」


 痛いところを突かれ、しゅんと肩を落とす夢野。仮に阿久津もライティングを取っていたら、いつぞやの窯の番の時のような勉強合宿をさせられたんだろうな。


「ネック先輩はユメノン先輩にナニお願いするんスか?」

「まだ決めてないが、少なくともお前が考えるような内容じゃないことだけは確かだ」

「クロガネ君は何お願いするつもりだったの?」


 まず間違いなくセクハラ一歩手前なことだろう。

 夢野の質問にテツが答えようとした矢先、陶芸室後ろのドアから早乙女の制服を手にした火水木が元気よく現れた。


「たっだいまーっ! はいはい皆さん、ご注目っ!」


 少女がドアへ手をかざすと、少しして早乙女が陶芸室へ入って…………?


「……トメ?」


 冬雪が首を傾げつつ呟く。俺も思わず「誰だ?」と口にするところだった。

 俯きつつ入ってきた少女は黒いベストに赤いジャケット、下は白のプリーツスカートと、どことなくトランプカラーなアイドル衣装に身を包んでいる。

 髪ゴムから派手な赤リボンへと変わっているものの、髪型は普段同様のツインテール。それなのに何故早乙女と認識できなかったかと言えば、チャームポイント(?)であるデコが前髪で隠れていたからだ。


「うぉっふぉーっ! 早乙女っち、マジ乙女じゃん! 乙女っちじゃん!」

「うん。早乙女さん、可愛いよ」


 恥ずかしいのか赤面して黙りこんでいる早乙女は、確かに普段より少し可愛気があるように見える。テツの言う通り、乙女という苗字に少し相応しくなったか。


「に…………」

「「「「「に?」」」」」

「ニッコニッコニーっ!」

「「「「「…………」」」」」

「………………終わりDEATH!」

「あっ! ちょっとホッシーっ?」


 火水木の持っていた着替えを奪った早乙女は、音速ダッシュでトイレへ戻って行った。つーかさっきの、いつもの「でぃす」じゃなくて死の発音っぽかったな。

 個人的には『デッコデッコリーン』の方が良かった気もするが、仮にそんなことを口にしたら『ボッコボッコシーン』にされていたかもしれない。


「いやー、良いもん見れたッスねー」

「テスト勝負、期末は辞めよっか」

「……賛成」

「ちょっと待ってくださいッス! ユッキー先輩もユメノン先輩もやりましょうよ?」

「今回一つ勝てたから、私はもう満足かな」

「……別に願いもない」

「そんなこと言わずに! ね、ミズキ先輩?」


 ハロウィンの時は全員でコスプレしたから良かったものの、一人でコスプレしなければならない上にネタまでするとなると流石に俺でも抵抗がある。

 ただオタ芸を見せる後輩にとっては些細なことらしく、必死に食い下がるテツは助け船を出して貰うべく火水木に話を振った。


「そこまでして、アンタ一体何をお願いするつもりよ?」

「そんなの、決まってるじゃないッスか」

「何々?」

「叶えられる願いを1000個に増やすッス!」

「「小学生かっ!」」


 俺と火水木の息ピッタリな脳天チョップを喰らった後輩は、本当の願いについては恍けたまま意気揚々と窯の片付けに向かうのだった。




 ★★★




「そういえば米倉君、私へのお願いは?」


 共に自転車を漕いでいた帰り道、信号で止まるなり夢野がそんなことを口にする。

 結局次回のテスト勝負に関しては未定。まあ期末は教科も増えるし、仮にやったとしても今回以上に阿久津無双となって返り討ちに遭うだけだっただろう。


「そういやすっかり忘れてたな。夢野は俺に何かあるのか?」

「うん。私はもう決めてるけど、その前に一つ聞いてもいいかな?」

「ん?」

「米倉君、水無月さんと何かあったでしょ?」

「火水木に聞いたのか?」

「ううん。ミズキにも聞かれたの?」

「バイキン○ンが石鹸で手を洗ってるくらい変って言われたな」

「ふふ。ミズキらしいね」

「まあ早乙女の奴がいるから、そう見えるだけだっての」

「本当に?」


 夢野はジーっと俺を見つめてくる。

 まるで心を見透かすような少女の眼差しに、思わず目を背けていた。


「米倉君って、嘘吐くの下手だよね」

「昔から隠し事はバレた方だけど、別に嘘は吐いてないぞ」

「ううん。本当は水無月さんと何かあったの隠してる」

「何でそう思うんだよ?」

「だって早乙女さんが理由なら米倉君から話しかけることがなくなるだけで、水無月さんは普段通り米倉君に話しかけてくる筈でしょ?」

「!」


 確かに夢野の言う通りだった。

 未だに阿久津との仲が若干ぎこちない理由……それは俺が避けていたからだけでなく、阿久津が俺に話しかけてくる機会が無に等しいからである。


「この前に雪ちゃんが言ってたっていう水無月さんの悩みも、きっとそれに関係してるんじゃないかな?」

「いや、それはない…………と思う」


 救いの手を差し伸べるかの如く青になった信号を見て、俺は自転車を漕ぎ出した。

 阿久津が話しかけてこない理由は単に俺と関わりあいたくないだけで、悩みというのは進路や勉強……はたまたいつぞやのたちばな先輩みたいなことだろう。

 少し考えた後で、再び信号で止まるなり俺は夢野に尋ねた。


「夢野の願いってのは、俺と阿久津に何があったか話せってことか?」

「ううん。違うよ」

「?」

「だってそれは二人のことで、私には関係ないから……それに私に話したところで、米倉君と水無月さんの問題は解決しないでしょ?」


 関係ないと言えば関係ないが、関係あると言えば関係ある。

 ただそんなことを言えるわけもなく、俺は改めて夢野に質問した。


「じゃあ何なんだ?」

「さて問題です。来週の木曜日は何の日でしょうか?」

「来週の木曜?」


 テストは終わったし、これといったイベントも面倒な課題もない。6月に祝日はないし…………ん、待てよ? 今日が5月27日だから、来週の木曜は6月3日……。


「ひょっとして、阿久津の誕生日か?」

「正解♪ 米倉君、プレゼント何あげるかもう決めてる?」

「いや……何も……」

「良かった。私もまだなんだ」


 安心する夢野だが、そもそも俺は用意するつもりがなかった。

 昨年も誕生日にはメールを一通送った程度で、プレゼントなんて最後に渡したのはいつかすら覚えていない。


「米倉君なら、水無月さんの好みも知ってるかなって思って」


 阿久津の好みと言われても、パッと思いつくのは棒付き飴とアルカスくらいだ。

 そんなことを考える中で夢野は笑顔を見せると、俺にお願いの内容を口にするのだった。


「だから今週のお休み、一緒に買いに行かない?」

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