十二日目(金) 夢野蕾が歌姫だった件

「屋代学園一年、鉄透っ! 行きますっ!」

「?」


 出番が来るなりテツはいきなり立ち上がると、画面の隣へ移動する。

 流れ出したのはバラードや縛りから一転した、48人いそうなアイドルソング。自分が楽しめれば良いということを実戦して見せるが、それだけには収まらない。

 何と茶髪坊主の後輩は、流れてきたアップテンポの曲に合わせて踊り出した。


「ハイ! ハイ! ハイ! ハイ! あー、よっしゃいくぞーっ! タイガー! ファイヤー! サイバー! ファイバー! ダイバー! バイバー! ジャージャー!」

「…………」


 まさかの衝撃的事実。

 合いの手に始まり画面を見ずに歌っている=歌詞を覚えているだけでも充分に凄いが、PV映像に時々映り込むアイドルダンスはテツの振り付けと完全に一致している。


「ヒューヒューッ!」

「……凄い」

「驚いたね」


 曲に合わせてタンバリンを叩き合いの手にも乗る火水木だが、他はあまりの衝撃にポカーン。いやまさかコイツがコアなアイドルオタクだったとは驚きだ。

 ここまで完璧に踊られると、何かもう恰好よくすら見えてくる。激しいダンスと歌に後半は若干息切れしつつも、テツは見事に最後のターンを決めた。


「あざっしたぁっ!」

「凄い凄ーい! クロガネ君、恰好よかったよ!」

「あ、汗も凄いけど大丈夫?」

「大丈夫ッス! いやあ、照れるッス!」

「トールってば見せてくれるわね! 次、ユッキー入れた?」

「……パスした」

「えーっ?」

「わかるぞ冬雪。今のを見せられた後だと歌いにくいよな」

「オレのせいッスかっ?」

「ちょっとトール、どうしてくれんのよー?」


 正直冬雪は歌うタイプに見えないし、カラオケは苦手なのかもしれない。そう察してか誰も無理に歌わせるようなことはせず、テツのパフォーマンスに原因をなすりつける。

 阿久津の番になり少し懐かしいバスケアニメの映像と共に曲が流れ出すと、マイクを二本取った少女は一本を早乙女にパス。どうやら二人で一緒に歌うらしい。


「いやー、懐かしいッスね。これ、オレも見てたッスよ!」

「まあ有名だよな。俺の家に単行本全巻あるし」


 毎回最新巻が出る度に、阿久津と梅と一緒にお金を出しあって買いに行った憶えがある。今でもたまに本棚に無い時があるけど、恐らく梅が友達に貸してるんだろう。

 阿久津の歌もカラオケで聞くのは初めてだったが、終始一緒に歌っていたため早乙女の声量に隠れがち。ただ時折、普段と印象の違う優しい声が聞こえた気がした。

 少し懐かしい思い出に浸りつつ映像を眺めていると、電子目録が回ってくる。何を入れようか思いつかず悩む中、二人が最後のサビを歌い終わった。


「さて、アタシも行くわよ!」

「期待してるッス」


 気付けば順番が一周したようで、次は火水木の番らしい。

 二人の会話を耳にしつつ曲を探していると、流れてきたのは緩やかな曲調のギター音。テツや阿久津達の時にはタンバリンを叩いてノリノリだった割に、意外とバラードが好きなんだな。


「I could not――――♪」


 聴き慣れない言語に顔を上げてみるとまさかの英語。カラオケで知らない曲を歌われると若干退屈に感じるが、洋楽だと歌詞も分からないため尚更である。

 まあテツの言っていた通り、カラオケなんてのは自分自身が楽しむもの。そう考えれば好きな曲を入れるのは当然であり、何を歌おうと別に文句はない。


「「「「「「…………」」」」」」


 しかしどういう訳か、周囲の面々はスマホを弄ることもなくジッと眺めている。

 まるで何かを期待するかの如く、退屈どころかワクワクしているようにさえ見えた。


「?」


 歌っていた少女は静かに立ち上がると、テレビの前へ移動する。

 優しいギターの音色が止んだ。

 瞬間、世界は一転する。




「クレナイだぁあああああああああああああああああああああーーーっ!」




 マイクを片手に火水木が叫んだ。

 知らないなんてとんでもない。

 洋楽と思っていた曲は、俺も良く知る邦楽の名曲……こんな始まり方だったのか。


『ドコドコドコドコドコドコドコドコドコドコドコドコドコドコドコドコ』


 激しく鳴り響くエレキギターとドラム音。

 リズムに合わせて夢野がマラカスを振る。

 隣では葵もタンバリンを叩き、テツが激しく頭を振り始めた。


「――――――」


 自慢のでかい声を生かした、熱いシャウト。

 上手さ云々以上に、心に響いてきた。

 間奏に入るとエアギターを披露するノリノリの少女。

 そしていよいよサビを迎える。

 難しい高音を見事に出し切ってみせる火水木。

 更に盛り上がりは加速した。

。自然と身体が動く。

 電子目録を放置し、曲を入れることなんて忘れていた。

 気付けば阿久津や早乙女、冬雪と一緒に手拍子を合わせる。

 ライブ会場と化したカラオケルームは、まさに一体となっていた。


「――――Crying in deep redーーーー♪」


 やがて少女は歌い終える。

 曲が終わり盛大な拍手に祝福された火水木は、やりきった顔を浮かべた。


「いよっ! ミズキ先輩っ! マジ最高ッスっ!」

「す、凄かったよ火水木さん!」

「……恰好良かった」

「応援サンキューっ! 次も見物だから目を離しちゃ駄目よ」

「もう、ミズキってば」


 そう言うと火水木は夢野とハイタッチを交わし、熱の入ったマイクを手渡す。

 若干照れ臭そうな夢野だったが、彼女もまた立ち上がるとテレビの前に移動した。


「あ! 夢野さん、入れたんだ」

「えへへ」


 何やら知っている風な反応をする葵。とても想像できないが、まさか夢野もシャウトしたりしないよなと、今度はタイトルを見逃さずに確認する。

 少女が入れた曲は少し前にやっていた映画の主題歌。火水木みたいなヘヴィメタルではなく、バラードであることに少し安心した。

 ただ日本語版があるにも拘わらず、夢野が入れたのは英語版。誰もが知っている名曲であるため問題はないが、レリゴーをまともに歌えるというのだろうか。


「英語版だけれど良いのかい?」

「うん」


 同じことを阿久津も疑問に思ったようだが、夢野は笑顔を見せつつ頷いた。

 雪の降りしきる景色を彷彿とさせる、物寂しいピアノの前奏。

 大事そうにマイクを抱きしめていた少女は、ゆっくりと顔を上げて歌い始めた。


「The snow――――♪」


 優しい歌い出しから始まり、時に力強く、時に寂しげな感情が籠る。

 歌い慣れているのか、英語の発音も完璧だった。

 サビが近づくにつれ、声量が徐々に増していく。


「――――っ」


 そのピークを迎えると同時に、思わず鳥肌が立った。

 周囲の反応を見ることすら忘れ、完全に目を奪われる。

 いや、きっと他のメンバーも俺と同じだっただろう。

 歌姫と呼んでもおかしくない。

 夢野の歌っている姿は……そしてその歌声は、それほどまでに綺麗だった。


「!」


 チラリと夢野がこちらに視線を向ける。

 思わずドキッとした。

 何でだろう。

 不思議と心臓の鼓動が速くなる。

 自分に足りなかったものが満たされていく……そんな錯覚。

 やがて少女は静かに歌い終える。

 その瞬間、一斉に拍手が舞い起こった。


「ユメノンってば、相変わらず見せてくれるわね」

「す、凄く良かったよ夢野さん!」

「ああ、凄かった……」

「やばいッス! オレ、めっちゃ感動したッス! ほら、涙出てきたッス」

「……ユメ、綺麗だった」

「ボクも感動したよ。カラオケで感動するなんて初めてかな」

「す、凄かったでぃす」

「そんなことないってば。皆、ありがとうね」


 謙遜する夢野だが、これは充分に誇っていい上手さだと思う。保育士志望なのが勿体ないくらいで、お金を払ってでも歌声を聞きたいくらいだ。 


(…………葵の奴が惚れるのも納得だな)


 仮にまたカラオケへ行く機会があるとしたら、こうして皆が一緒の時だろう。

 その後もテツがマラカスをサイリウム代わりにしてオタ芸を披露したり、冬雪も阿久津と一緒に歌ったり、火水木文具のテーマソング(仮)を歌ったりとネタは尽きない。

 時にはボカロ曲、そしてまた時にはコミカルソングを歌い、最終的には皆で合唱曲を熱唱。そんなこんなで俺達のカラオケは幕を閉じたのだった。

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