十二日目(金) 音楽部の二人が息ピッタリだった件
「いやー。葵先輩、卓球上手いッスね」
「い、一応中学は卓球部だったから」
「あとちょっとで勝てそうだったんだけどな」
「いやいやネック先輩、完全に遊ばれてたッス」
「そ、そんなことないよ」
男三人で熱い卓球バトルを繰り広げた俺達は、飲み物を買いに階段を上がる。運動して喉が渇いたものあるが、決勝戦で飲み物を賭けたせいで葵にお茶を奢る羽目になってしまった。
まあ言い出したのは俺なので自業自得ではあるが、まさか葵がここまで強いとは少し予想外。あの変幻自在の魔球は卓球の王子様と言わんばかりだったな。
「あっ! 丁度いいタイミングに来たわね」
「ん?」
財布を取りにロッカーへ戻ると、そこにいたのは火水木と夢野。眼鏡少女は受付の店員から籠を受け取っており、その中にはマイクが二本入っていた。
「もし良かったら米倉君も葵君もクロガネ君も、一緒にカラオケやらない?」
「いいッスね! どうせなら全員でやりません?」
「じゃあトール、残りの三人を探しに行きなさいっ!」
「了解ッス!」
まだやるとも言ってないのに、勝手に話が進んでいく。しかしテツの奴は火水木とウマが合うこともあってか、良い感じにパシリとして使われてんな。
「あー、先に飲み物買って来てもいいか?」
「オッケー。部屋は3番だからね」
「わかった。葵、青汁で良いんだよな?」
「えぇっ? お茶はっ?」
「冗談だ。ちゃんと買うから先に行っててくれ」
「葵君、米倉君と何か勝負してたの?」
「う、うん。さっき卓球で――――」
一旦分かれつつ自販機へ。運の良いことにラインナップには桜桃ジュースがあったため迷いなく買った後で、葵のお茶も購入しつつカラオケルームへ向かった。
部屋に入るとL字型の椅子には奥から火水木、夢野、葵と座っていたため俺は葵の隣へ。早速一曲目を送信した火水木が、マイクを片手に立ちあがる。
入れた曲はメジャーなバラード。てっきりアニソンかと思ったので少し拍子抜けだ。
「ほい」
「あ、ありがとう」
買ってきたお茶を葵に手渡す。隣では夢野が何の曲にするか悩んでいるようだった。
「こ○ぁーゆきぃー♪」
マイクと曲の音量を調整しながら口ずさんでいた火水木が、サビに入り真面目に歌い出す。音楽部に誘われただけあって中々上手く、そして予想していたが声がでかい。
「ひみぃーずきぃー♪」
「えぇっ?」
「おい」
名曲の歌詞を勝手に変えた少女が二番を歌い終わった頃に夢野が曲を選択。画面端に表示されたタイトルはこれまた知ってる曲だが、バラード続きか。
タッチパネル式の電子目録が葵に手渡されると、程なくしてドアが開いた。
「お待たせしましたッス!」
扉を開けて入ってきたのは、一体どこから持ってきたのかマラカスにタンバリンと盛り上げグッズを手にしたテツ。その後ろには冬雪に早乙女が続き、そして――――。
「みなぁーづきぃー♪」
きょとんとした後で、阿久津は小さく笑みを浮かべる。
全員集合したことで席を詰めるが、座った順番はテツ、冬雪、阿久津、早乙女の順。これだけ女子がいて両隣が男になる確率を計算したら3%程しかなかったが、早乙女の奴が隣に来るよりは葵の方が気も楽なので良しとしよう。
「はい、櫻君」
「おう……ん? 名前縛りか?」
前に来た客が何を歌ったのか調べようと履歴を確認してふと気付く。火水木は兎も角、夢野も葵も『蕾』だの『青い』だの自分の名前の一部が含まれていた。
「えっ? べ、別に意識したつもりはないけど」
「名前縛りなら、ネック先輩は山ほどあるッスね」
「まあな」
バラード続きの流れにも従い、迷うことなく曲を選択。程なくして火水木が歌い終わると、恐らく皆が楽しみにしているであろう夢野へとマイクが手渡される。
「はい、葵君」
「えっ?」
籠に入っていたもう一本のマイクを葵に差し出す夢野。確かにこの曲はデュエットだが、渡された音楽部の相方は驚きの表情を浮かべていた。
「ゆ、夢野さんが両方歌うんじゃないの?」
「何か恥ずかしくなっちゃって。前に部活で歌ったから、葵君も歌えるでしょ?」
「そ、それはそうだけど……」
「ね? お願い」
そうこう言ってる間に始まる前奏。オロオロしていた葵だが、火水木が「いよっ! 音楽部コンビ!」と発破をかけると意を決したのかマイクを握り締めた。
スペードとクローバーのどちらを担当するか、その割り振りをジェスチャーで即座に決める二人。やがて表示されたマークを見て、葵が先に歌い出す。
「…………ネック先輩」
「ん?」
「葵先輩って、本当に男ッスか?」
「性別:葵だな」
初めて聴く歌声は音楽部だけあって上手かったが、何よりも普段以上に女子っぽさが増している。クラスの男子が聴いたらマジで惚れる奴が出そうなくらいだ。
続く夢野の歌声は以前にラーメンソング(作詞作曲:米倉櫻)で聴いたことがあったが、あの時とは少し違い……何と言えばいいのか、暖かみを感じる。
やがてサビになると二人の声が重なり、綺麗な一つの音になった。
「「――――空に~♪」」
ハモるところはしっかりハモる二人。正直息も合っていて、お似合いだと思う。
黙って聞いていた周囲は、曲が終わるなり拍手で二人を称えた。仮に採点機能を付けたとしたら、90点台を叩き出してもおかしくない上手さだろう。
「ユメノン先輩と葵先輩、息ピッタリで最高だったッス!」
「そ、そうかな?」
「ふふ。ありがとうね」
休む間もなく続く葵の番。本人は遠慮して演奏中止を頼み込むが、電子目録を持っていたテツが「駄目ッス!」と拒否したため歌うことになった。
アコースティックギターの演奏にマッチする葵の声。歌詞の内容も想いを伝えようとする切ないラブソングであり、そういう意味でもピッタリな曲かもしれない。
「何かこの後だと、物凄く歌い辛いんだが……」
「いいんスよネック先輩。カラオケってのは自分が楽しめればオッケーッス」
まあ確かに前にアキトとカラオケに行ったことがあるが、アイツは俺が歌ってる最中ずっとスマホを弄ってヨンヨンと戯れてたもんな。
葵からマイクを受け取ると、少し季節外れな桜を歌う。メジャーな曲だったためノっては貰えたが、阿久津辺りは何の曲を入れるか相談しているようだった。
「イエーイ! ネックも上手いじゃない」
「前二人とは比べ物にならないけどな」
「そんなことないよ。米倉君の声、私は好きだよ?」
夢野なりのフォローだとは思うが、その言葉を聞いて内心嬉しくなる。
こんな調子で和やかに進んでいたカラオケだが、これは嵐の前の静けさに過ぎなかった。
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