一日目(月) 何かが足りない毎日だった件
「ネック先輩も語り合いましょうよ! 四人の中で誰が好みなんスか?」
「四人? ああ、早乙女を抜いたのか」
「だって早乙女っちってレズじゃないッスか」
「言い切ったっ!」
単に中学からの先輩を慕ってるだけで、違うかもしれないだろ……と言いたいところだが、いくら尊敬してるとはいえ流石に阿久津のことを呼び過ぎではあると思う。何ならミナちゃん先輩カウンターを付けたいくらいだ。
「やっぱユメノン先輩ッスか? 今日は来てないッスけど、仲良いッスよね」
「さあな」
「えー? 教えてくれないんスかー?」
テツを適当にあしらいつつ、一足先に陶芸室へと戻る。
三月末に陶芸部へ入った夢野ではあるが、やはり音楽部とバイトを掛け持ちしている上でというのは中々に厳しいようで、来るのは週に一度程度だった。
既に陶芸の技術は早乙女やテツの方が上かもしれない。ただそれは来る回数の問題であって、何故か夢野の指導担当にされている俺のせいではないと言っておく。
「ミナちゃん先輩! できましたぁっ!」
「上出来だね」
ちなみに早乙女の指導担当は言うまでもなく阿久津。冬雪は最近大きな壺の制作をしており、三人の誰かしらがいない場合のヘルプという形を取っていた。
大物ということもあってか、珍しく顧問である
「そう言えば明日でテスト一週間前ッスけど、陶芸部って部活あるんスか?」
「基本的に自由ね。部室は空いてるから、ツッキーは自習室代わりに使ってるし」
「!」
早乙女の耳が一回りでかくなった気がした。アイツ、明日以降も絶対来るな。
「了解ッス! あ、どうせなら陶芸部でテスト勝負とかしません?」
テスト勝負。
それは高校生にとって定番だが、陶芸部で行われたことは一度もない。
理由は至って単純。何故ならここには評定平均4.3オーバーの成績優秀者である阿久津水無月がおり、戦う前から勝敗は決しているようなものだったからである。
「良いわね。自信満々のトールの鼻をへし折ってやろうじゃないの」
「別に自信なんてないッスよ。ただこういうのあった方が盛り上がりません? 各教科のトップが、ビリの言うことを一つ聞くって罰ゲームアリで!」
「ボクも別に構わな…………逆じゃないのかい?」
「あ、バレました?」
恐れを知らない新入部員の提案に淡々と答えた後で、少女は不敵に笑う。
阿久津がOKなら当然早乙女も合意。数学という武器のある俺も断りはしない。
「ユッキー先輩もいいッスか?」
「……教科が違う」
「ふむ。確かにそこは重要だね」
「とりあえずコミュ英と社会系科目は全員取ってるでしょ? 一年の数Ⅰ・Aは理系の数Ⅱ・B、文系なら古典と政経って感じで合わせればいいんじゃない?」
冬雪の小さな抵抗も虚しく、勝負科目を決めていく火水木。コイツも何だかんだ言って頭が良いし、今まで企画しなかっただけで結構ノリ気みたいだ。
「そうそう。テスト勝負も良いけど、試験が終わったら開校記念日があるでしょ? せっかくだし新入部員歓迎会ってことで、皆でパーっと遊びに行かない?」
「歓迎会には賛成だけれど、行く場所によるかな」
「実はもう考えてあるのよね。スポッチとかどう?」
「スポッチって何だ?」
「知らないんスかネック先輩? 各種スポーツは勿論、ビリヤードとかダーツとかカラオケとかゲーセンとか何でも遊べる場所ッスよ」
そんな施設があるとは知らなかった……のは俺と冬雪だけらしい。
「スポッチか……久し振りにバスケがしたくなってきたかな」
「星華、今ならミナちゃん先輩に1ON1で負けないでぃすよー」
「決まりね。ユメノンにはテスト勝負の件と合わせてアタシから伝えておくから。花粉で何もできなかった春の分を取り返すわよっ!」
「……陶芸もできる?」
「ユッキー先輩、流石にそれはないッス」
各々が盛り上がる中で、俺は先日成形した陶器を削る。
先に削りを終えたテツに早乙女、そして火水木と阿久津の四人がトランプで盛り上がっているのを耳にしつつ作業していると、あっという間に時間は過ぎていった。
帰りは早乙女が電車、テツは自転車だが俺とは逆方向であるため今までと変わりなく、夕暮れの空の下で一人黙々と自転車を漕いでいく。
「…………」
阿久津や夢野と同じ授業もあるし、少々手のかかる後輩もできた。
二年になって、以前より充実した高校生活を送れる環境にはなったと思う。
ただ、何かが足りなかった。
夢野との進展を嬉しそうに話す葵。
阿久津との再会に歓喜する早乙女。
そんな二人を眺めながら、俺は淡々と魅力のない日々を過ごす。
何となく気が進まず、今回はテスト期間に陶芸室へ顔も出さなかった。
ただ家での勉強は割と集中でき、テストの手応えもそれなりに良かったと思う。
止まっていた歯車が動き出すのは、そんな二週間を過ごした後の話だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます