八日目(月) 僕の友達がありがちなラブコメだった話

 ◆


 明日からいよいよ中間テストが始まる。

 でも僕としては、このままずっとテストが始まらないで欲しかった。

 別に勉強してない訳じゃない。

 どちらかというと、今は勉強するのが楽しいくらいだ。


「葵君、聞いてもいい?」


 隣に座っていた夢野さんが、開かれた教科書に書かれている英文を指さす。

 僕はそれを見るため、少し椅子を動かして身を寄せた。


「この文ってどう訳せばいいかな?」

「あ、これはね――――」


 こうして教えてると、距離が縮まってるのを実感する……物理的にもだけど。

 今日も音楽部四人で、Fハウスの三階にある自習スペースへ集まって勉強会。この時間がいつまでも続いてほしいと思えば思う程、時計の針は早く進んでく。


「ふぃー……気付けば結構良い時間になったな」

「うん。そろそろ帰ろっか」

「そ、そうだね」

「…………スー……スー……」

「おい起きろ。帰っぞ。起ーきーろー」

「…………ふぇあ……?」

「目ぇ覚めたかー? 酷い顔してっぞー?」

「……………………っ! し、してないしっ! ってかそゆこと言わないでよっ!」

「へいへい。ほら、ガム食うか?」

「…………食べゅ」


 もう付き合ってるんじゃないかと思う仲の良さ。本当に二人が羨ましいなあ。

 僕もこんな風に接することができたらいいなって考えるけど、仮に夢野さんが眠ってたら起こすのも忘れて寝顔に見惚れちゃいそうな気がする。


「そんな調子じゃ、勝負は俺の圧勝だな」

「負けないし……っと、それじゃ葵っちも蕾っちもばいばーい」

「うん。お互いテスト頑張ろうね♪」

「ま、またね」

「おう! 葵も頑張れよっ!」


 帰り支度を済ませて校舎を出ると、真っ赤な夕焼けが空を照らす。でもこんな綺麗な景色を夢野さんと一緒に見られるのは、ほんの数分だけだった。

 僕は電車通学だから分かれた二人と帰る方向は一緒だけど、今日も夢野さんの見送りという名目で一緒に駐輪場へ向かう。


「何て言うか、お似合いだよね」

「うん」


 夢野さんに対しては「二人の邪魔をしたくないから」なんて建前上の理由を言っている。まあ実際僕がいても邪魔になるだけだろうし、間違ってはいないんだけどね。

 …………夢野さんも電車通学だったら、僕も二人みたいに仲良くなれてたのかな。


「ま、また音楽部にカップルが増えそうだね」

「また?」

「えっ? 夢野さん、知らないの?」


 言っても大丈夫そうな公認カップルを話すと、ほとんど知らずに驚く夢野さん。アルバイトでいない日もあるし、その遅れを取り戻そうと部活でも集中してるから周りを見る余裕がないのかもしれない。


「へー、そうだったんだ。テストが終わったらお祝いしてあげなきゃ!」

「テ、テストって言えば夢野さん、今回は日本史ばっかり勉強してたね」

「うん。実は私も陶芸部でテスト勝負してるの」

「そ、そうなんだ」


 兼部したって聞いた時は複雑な気持ちだったけど、今はそうでもない……と思う。

 不安ではあるけどそういう不安じゃなくて、どちらかというと音楽部とアルバイトだけでも大変そうな夢野さんが体調を崩したりしないか心配だった。


「いつもありがとう。それじゃ、葵君も頑張ってね」

「う、うん」


 友達にも言われた言葉だけど、きっとその意味は少し違う。

 校門まで並んで歩いた後で、僕は笑顔で手を振って夢野さんを見送った。

 別れる時は名残惜しいけど、一緒に勉強したことを思い出すと元気が出てくる。このまま駅に向かうと自然と早足になって、二人と鉢合わせしそうなくらいだ。


「おや? 相生氏では?」


 高揚を抑えつつのんびり歩くと、背後から声を掛けられた。


「あ、アキト君も残って勉強?」

「これがまさかの部活だお」

「えぇっ? パ、パソコン部ってテスト前日も部活あるの?」

「店長代理として、架空請求に引っ掛かったドジッ子の尻拭いをしてたでござる」

「ええぇっ?」

「相生氏もエロい検索をして悪質サイトを踏んだら、恥ずかしがらず拙者に相談すべし。心配せずとも大抵は無視して問題ないですしおすし」

「そ、そうなんだ……」


 テスト前日とは思えない余裕っぷりだけど、アキト君は成績優秀者。きっと陰で努力してるにも拘わらず、そんな雰囲気を微塵にも出さないから凄いなあ。


「店長さんってパソコン部だったんだね」

「それも今では部長でござる。ただ最近は何かと忙しいみたいなので、幽霊部員だった拙者が月曜だけ店長代理として顔を出してるんだお。ところで相生氏は、今日もリリスとの勉強会で?」

「う、うん」

「さいですか。好感度上げは順調そうですな」

「…………本当に上がってるのかな?」


 あの二人を見た後だからか、思わずそんな疑問を呟く。

 負けた方が願いを一つ聞くテスト勝負をしてる二人。そして冗談か本気か、もしも勝った時には「俺と付き合ってほしい」って告白を願いにするなんて言ってた。

 僕はどうだろう?

 確かに夢野さんとの距離は少しずつ縮まってると思う。

 だけど僕が求めてるのは、もっと大きな変化だった。


「アキト君は夢野さ……リリスが付けてるストラップ、見たことある?」

「トランちゃんですな」

「僕ね、あれを見る度に不安になるんだ」


 あのストラップは櫻君からプレゼントされた物だって、前に夢野さんから聞いたことがある。そして櫻君も、夢野さんから送られた手作りのストラップを付けていた。


「リリスが櫻君の話をする時って、僕と話している時より楽しそうに見えるんだよね」

「妖鬼百風無現剣っ!」

「痛いっ! 突然何するのっ?」

「何かと言われれば、ヨンヨンの必殺技でござる」

「えぇっ?」

「相生氏は自分に自信がなさすぎだお。C―3のイケメン渡辺(わたなべ)氏と並ぶ美少年であることは、それこそ米倉氏が作った生徒会誌で実証済みですしおすし」

「そ、そんなことないよ……」

「冥明風想斬っ!」

「ひょ、ひょっへはひっはらはいへ」


 チョップされたり頬を引っ張られたりで、剣でも斬でもない攻撃をされる。でも櫻君にはたまにやられるけど、アキト君が僕にこういうことするのって初めてかも。


「今の相生氏を例えるなら、テストで良い点を取っているにも拘わらず『80点だったわー。ヤバイわー』とか言ってるKYな奴と同じようなものでござる」

「そ、そうなの?」

「まあ相生氏らしいと言えばらしいですな。ただそうやって女々しくした結果、男からの人気が更に増そうと拙者は一向に構いませんがそれでも良いので?」


 確かにアキト君の言う通り、僕は女々しいのかもしれない。

 嫌われたらどうしようと不安ばっかりで、気付けば一年も過ぎている。


「くよくよ悩んでないで、相生氏なりに恰好いいところを見せればいいお」

「で、でもどうやって?」

「陶芸部は新入部員歓迎会と称して遊びに行くとのことですな。パソコン部もアキバでメイド喫茶を回るそうですが、音楽部にはそういった催しは無いので?」

「ぶ、部員が多いから、そういうのは中々できないよ」


 陶芸部でそんな企画があるなんて知らなかった。昨年までのハロウィンやクリスマスは誘われたけど、一年生からすれば僕は完全な部外者だし仕方ないかもしれない。

 何か良い方法がないか考え込むアキト君に、僕は少し悩んでから静かに尋ねた。


「…………僕も行けないかな?」

「その発想はなかった」

「う、ううん……何でもない。や、やっぱり無理だよね」


 別に音楽部の四人で、また映画に行くことだってできる。

 ただ僕の知らないところで、櫻君と夢野さんが仲良くしてたら……そんな不安から思わず口から漏れた無茶な注文に、アキト君は親指をグッと上げた。


「おk把握。天海氏に取り合ってみるお」

「えっ? い、いいのっ?」

「ぶっちゃけ何とかなりそうですしおすし。しかし焦りは禁物ですぞ。これから夏になればイベントが盛り沢山だお。相生氏の憧れるイチャイチャも、きっとできるでござる」


 お祭りとか花火大会なんて、告白するにはうってつけだと思う。

 そう考えると、何だかワクワクしてきた。やっぱり持つべきものは友達だなあ。


「う、うん。そうだよね。ありがとうアキト君」

「救い料は百億万円。ローンも可ですな」

「えぇっ?」


 ◆

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