十二日目(金) 鉄透がアクティブだった件
昨日でテストも終わり今日は開校記念日。今年は運良く三連休となった訳だが、もしこれが試験を挟む形だったら悲しい三日間を過ごしていただろう。
他の学校の生徒が授業を受けている中、俺達は予定通りスポッチへ。ネズミーの時のように始発なんてこともなく、集合時間の午前十時には余裕をもって到着した。
「学生八人、フリータイムで!」
「かしこまりました。学生証を確認させていただいても宜しいでしょうか?」
「ツッキー、ホッシー、学生証出してー」
会計中の火水木が、階下を眺めていた阿久津と早乙女に声を掛ける。
大きな建物のうちスポッチが占めるのは四階と五階と屋上。今いる五階は吹き抜けになっており、四階にあるアミューズメントが一望できた。
「ネック先輩ネック先輩」
「ん?」
「葵先輩って、ガチで女の子みたいッスね」
「一説によると本人が男と思いこんでるだけで、本当は女の子らしいぞ」
「マジッスか! なら合法的に胸を揉めるじゃないッスか!」
「お前って本当にそればっかりだな」
「いやいや、太った奴の胸とか揉んだことありません?」
「少なくとも俺はない」
陶芸部は七人だが、カウンターに並んだ学生証は八つある。
その理由は夢野の友達かつ女装コンテスト優勝者として紹介された葵がいるため。人数が奇数で半端だったから呼んだと火水木は説明したが、本当の理由は聞くまでもないだろう。
生意気にもスポッチ経験者だった妹の話によれば、この場所は奇数でも問題なく楽しめるとのこと。まあ初見である後輩達も気にしてないみたいだし別にいいか。
「ちょっ? げほっ! えほっ!」
「どうしたのミズキ?」
…………あー、やっぱそうなるよな。
いきなり激しく咳き込んだ火水木を心配する夢野。笑い過ぎて悶絶する少女はその危険性を伝えるかの如く、震える指でひっくり返した俺の学生証を指さした。
「…………くす」
「ぶっ! ちょっとネック先輩、なんスかこれっ!」
「仕方ないだろ? うっかり洗濯しちまったんだから」
何だ何だと冬雪に葵、そして早乙女が覗き込む。
生徒手帳に入れられた証明写真は色落ちしており、一人だけ昭和みたいなセピア調に。更に裏側には色移りしたのか、モザイクっぽくなった俺が鮮やかに写っていた。
一同が大爆笑したせいで、必死に笑いを堪えていた店員さんまでもダウンする。笑っていなかったのは現物を見に来なかった阿久津くらいか。
「根暗先輩は写真まで人相悪いでぃすね」
「余計な御世話だ」
こういう証明写真って、誰もが指名手配犯みたいに恥ずかしくなるもんだろ。
学生証が返された後で、入場の証になるバンドを手首に巻かれる。まるで紙みたいな素材で、少し力を込めれば簡単に引き千切れてしまいそうだった。
「こ、これ破けたりしないかな?」
「大丈夫ッス。見かけによらず丈夫で、ハサミとか使わないと切れないんスよ」
「「へー」」
葵と夢野もスポッチに来たことはないらしく、経験者との割合は丁度半々。そういう意味では、割とバランスは取れているのかもしれない。
思ったより財布に厳しい料金を先払いし、受付を済ませるとゲート内へ入る。鞄や財布など邪魔になりそうな物をロッカーに納めると、いよいよ行動開始だ。
「さあここからは自由行動よ!」
「自由って言われても、どこに何があるかわからないからな」
「ミナちゃん先輩! バスケやりましょう! バスケ!」
「そうだね。行こうか」
「とりあえず屋上から回ってみる?」
「そ、そうだね」
結局全員でゾロゾロと屋上に向かう。今日の天気は晴天だが、そんなことを気にしなくても大丈夫らしく、上には体育館みたいな照明のある屋根がついていた。
各区画はネットで区切られており、テツから聞いていた通りバスケにテニス、バレーにバドミントンのコートは勿論、フットサルやパターゴルフ、アーチェリーまで用意されている。
平日ということもあり他の客はおらず、実質俺達の貸し切りに近い状態だった。
「軽く練習してもいいかい?」
「勿論でぃす!」
早速ハーフのコートへ向かう二人。相変わらず雑誌をコピーしたような私服の阿久津だが、相当バスケがしたかったのか既に髪を縛っており臨戦態勢だ。
ちなみに早乙女の服装も、阿久津の真似をしているかの如くボーイッシュなもの。髪型は相変わらずツイン出しデコ……ではなくデコ出しツインである。
「バドミントンやる人ーっ!」
「はーい♪」
「は、はい!」
「……やる」
火水木に夢野、葵に冬雪の四人はバドミントンコートへ。いやそこはC―3対F―2とか、陶芸部VS音楽部とかで俺の出番じゃ……あれ、冬雪でも成り立つなこれ。
三人の私服は動きやすい恰好であり、以前幼稚園へボランティアに行った時と大差ない。火水木の私服は映画館で見たことがあるが、今日はボディラインの浮き出たタイトな半袖シャツにミニスカート&ニーハイソックスと、テツが歓喜する服装だった。
そういえばその後輩の姿が知らぬ間に消えている……どこ行ったんだアイツ?
『8番』
「?」
聞こえてきた音声の方へ向かうと、そこにあったのは制球力を試すゲーム。そして1~9まであるパネル目掛けて、野球部らしいフォームで投球しているテツがいた。
「うしっ!」
「8番じゃないぞ?」
「最終的に全部取れば問題ないッス!」
その後も何球か投げるものの、パネルが減る毎に難易度は増していく。既に取ったパネルに当たったりフレームに弾かれたりを繰り返した結果、テツの記録は9枚中6枚だった。
「どうした元野球部」
「いやいや、普通にこれムズいんスよ。ネック先輩もやればわかりますって」
「任せろ。9枚全部取ってやる」
―― 三分後 ――
「よし、次行くぞ」
「予告通り9枚全部とか、ネック先輩マジぱないッスね」
「やかましいっ!」
9枚は9枚でも、残ったのが9枚だった件。全然当たらねーよ何だアレ。
俺達二人はそのまま隣にあるバッティングマシンへ。球速120㎞に入るテツを横目で見ながら、同じ轍は踏まないようにと一番遅い70㎞へ挑んでみる。
バットを手にしたのは、一体何年振りだろうか。それっぽい構えを取った後で飛んできたボールにスイングするも、そのズッシリした重さに振り遅れて空を切った。
『カキーンッ!』
遠くから聞こえてくる快音が羨ましく、そして憎らしくもある。
何度かバットを振るものの基本的に『スカッ』ばかり。たまに当たるも『ボスッ』という鈍い音で、打球は完全にファール方向にしか飛ばなかった。
もう開き直り打つのを諦めてキャッチしてやろうか、はたまた金属バットを手にしたままテツの元へ乗り込んでやろうかなと考え始める。
「ストラーイク♪ なんてね」
しかしそんな思考は、透き通った声の審判にコールされ消え失せた。
振り返るとそこにいたのは夢野と葵。どうやらバドミントンが一段落着いたらしいが、見るなら俺じゃなくてバカスカ打ってるテツの方を見てほしい。
「さ、櫻君。頑張って」
「そう言われても……なっ!」
せめて当てようとバットを短く持ち直したが空振り。向こうに置いてあるテニスラケットでならいけるが、こんな表面積の小さい棒切れじゃ当たる気がしない。
ファイトだの惜しいだのと後ろから声援を受けながらも、一向に快音の鳴る気配はなかった。
「ネック先輩、野球はツーアウトからッスよ」
「まだノーアウトのセブンストライクだから余裕だな」
「えぇっ?」
「それツーアウトのワンストライクッス!」
先に終わったらしいテツが二人に合流する。となると俺の方も、残り数球で終わりってとこだろう。
「クロガネ君、凄い打ってたね」
「ユメノン先輩、聞こえてたならオレの方も見に来てほしかったッス」
「ふふ。ごめんね」
「ネック先輩! 約束通りこっちは勝ち上がったんで、決勝で待ってるッスよ」
「そうか。決勝戦頑張れよ」
「何で他人事なんスかっ! ユメノン先輩を甲子園に連れていくんでしょっ?」
「それなら陶芸部に入らないっての!」
ガコンと球が装填される音がすると、電子パネルに映し出されたピッチャーが大きく振りかぶる。今更ながらふと思ったが、どれだけ恰好つけようとしたところで野球初心者のスイングである以上、傍から見たら滑稽なのかもしれない。
開き直ってバットを長く持ち、投げ飛ばす勢いで全力フルスイングした。
『カキンッ!』
一瞬だけバットの重みが増す。
金属音と共に打ち上げられたボールは、ネットにぶつかるまで高く舞い上がった。
「おおっ? おっしゃ!」
「やったじゃないッスか。これで甲子園出場ッスね」
「お、おめでとう櫻君」
「いや、だから行けないし行かないっての」
甲子園じゃなく美術展なら昨年は冬雪が出展したって聞いたが、そうなると『蕾を美術展に連れてって』とかいう発言になって意味不明すぎるもんな。
ホームランというよりはフライだったが、それでも達成感はあり良いところも見せられたようで一安心。笑顔で拍手をする夢野に、俺はガッツポーズで応えた。
『ガコン』
「ぐぉうっ!」
勝利の余韻に浸っていた俺を、バッティングマシンは許さない。
バットを戻し外に出ようとしたところで、まだ球が残っていたらしく次弾が装填。別にそれだけなら何もおかしくはなかったが、あろうことか安全地帯である筈のバッターボックス内にいた俺の尻へ時速70㎞のボールが直撃した。
「さ、櫻君、大丈夫?」
「あー、ここの70㎞ってたまに暴投するんスよね」
「それを早く言えっ!」
まあ俺には恰好つけるより、笑いを取る方が向いてるってことだろう。
この後で夢野も挑戦したが、へっぴり腰の女の子らしいスイングが普通に可愛かった。デートでバッティングセンターってのも、案外有りなのかもな。
「いやー、男心にはストライクだったッスね」
ただそれはコイツのように恰好つけられる場合に限る。上手いことを言ったつもりの後輩の刈られた頭を弄り回しつつ、俺達は屋上を後にするのだった。
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