一日目(月) 新入部員が二人だった件

 少し前までは放課後になると、クラスメイトかつ陶芸部部長である冬雪音穏ふゆきねおんに声を掛けられたが、どうやら好感度は席位置と共にリセットされたらしい。

 眠そうな眼をした小柄のボブカット少女は、友人である超絶無口系少女と一緒に芸術棟へ向かう。俺はアキトと軽く駄弁った後で、一人のんびりと向かった。


「げっ!」


 中庭を抜けて芸術棟に入ると、廊下で一人の女子生徒と出くわす。嫌悪感を示すには最適な一文字だが、人の顔を見るなり第一声がそれってのは流石に傷つくな。

 見るからにキツイ雰囲気が伝わる気の強そうなツリ目に、デコ出しの長いツインテール。胸は完全にまな板であり、寧ろ凹んでいるんじゃないかと疑うくらいだ。

 ムロと呼ばれる安置所から作品を取り出しているコイツの名前は早乙女星華さおとめ せいか。陶芸部待望の新入部員だが、俺は目の敵にされていた。


「何でぃすか、泣き虫根暗先輩」


 凝視していた訳でもないのに、敵意丸出しの鋭い眼光でギロリと睨まれる。

 早乙女は俺や阿久津と同じ黒谷南中出身。しかも一つ上……つまり俺達の同期に年子の兄がいるため、俺が根暗と呼ばれていた過去も知っていた。

 それだけならまだマシだったかもしれない。

 阿久津と共に初詣へ行っていたコイツは、年末の神社で俺が泣きながら走り去っていく姿を目撃している。あの時は気にも留めていなかったが、まさか屋代へ入学だけならともかく陶芸部に入ってくるなんて思いもしなかった。


「…………」


 挑発に対し反論はせず、黙って横を通り過ぎ陶芸室へ入る。

 すると入り口傍の席でトレードマークとも言える定価30円の棒付き飴を咥え、推理小説と思わしき文庫本を読んでいた阿久津がふと顔を上げた。


「ミナちゃん先輩ー。これって削っても大丈夫でぃすかぁ?」


 作品の乗った板を手に、背後から現れた早乙女が俺の前へと踊り出る。ぶっちゃけコイツが陶芸部へ入った理由は十中八九、阿久津がいたからで間違いないだろう。

 かつて黒谷南中バスケ部の部長だった阿久津だが、その後を継いだのが他ならぬ早乙女。そして我が家には更にその後を継いだ妹、現南中バスケ部部長の米倉梅よねくらうめがいたりする。


『セーカ先輩? ん~とね~、とにかくミナちゃんが大好きで、ミナちゃんの前だと…………何て言うんだっけ? あ、思いだした! 皮かぶり! 皮かぶってるよ!』


 この発言に対して俺が「そういう誤解を招く発言をするな」と返したのは言うまでもない。意味的には伝わらなくもないが、それを言うなら猫かぶりだ。


「大丈夫かな。乾き具合は、これくらいがベストだよ」

「了解でぃす! 今日もご指導、お願いしますっ!」

「もうボクが教えることは無いと思うけれどね」

「そんなことありませんっ! 手取り足取り教えてほしいでぃす!」


 こんな調子で早乙女は金魚のフンの如く阿久津にベッタリ。声を掛けるタイミングを失った俺は、定位置である少女の向かいに黙って荷物を下ろした。


「あ、ちわッス。ネック先輩」


 新入部員は早乙女の他にもう一人いる。

 後輩らしい挨拶をしてきたのは、高校生では異端である茶髪の男子生徒。しかし彼を見てチャラ男だの不良だのと思う輩は恐らくほとんどいないだろう。

 別にナヨナヨしている訳ではなく、寧ろ中学時代は野球部でキャッチャーをやっていたとのことで、体格はガッシリしており筋肉も俺以上にあった。


「これ、テツが削ったのか?」

「うッス」

「へー。普通に上手いな」

「あざッス! ミズキ先輩の指導の賜物ッス」

「単にトールの呑み込みが早いだけよ」


 作品をいくつか削り終えた青年、鉄透くろがねとおるの頭を火水木が撫で上げる。野球部ではトレードマークとも言える、チョリチョリした感触のする後頭部を。

 実はテツの髪は染めているのではなく地毛が茶髪とのこと。爽やかなスポーツ刈りもそれを証明するためのものだが、既に行われた頭髪検査ではしっかり先生に呼び止められたらしい。まあ俺も最初は信じられなかったしな。


「運ぶの、手伝うか?」

「助かるッス!」


 作品がいくつか乗った板を持つと、テツと共に窯場へと向かう。

 中学時代が帰宅部だった俺にとっては初めての後輩らしい後輩……なのだが、好青年に見えるコイツも早乙女とは違った意味で癖のある奴だった。


「いやー、それにしてもマジでパないッスね」

「ん? 何がだ?」

「やっぱミズキ先輩、エロ過ぎッスよ!」


 男二人になった途端、この下ネタである。

 というかコイツと一対一でした会話って、下ネタ以外にないかもしれない。


「はあ……また胸の話か?」

「違うッスよ! 太股ッス! あの見るからに柔らかそうなプニプニ感! お願いしたらちょっと触らせたりしてくれないッスかね?」

「無理に決まってるだろ」

「ネック先輩は諦め早すぎッスよ! 膝枕されたいッス! 擦り擦りしたいッス! ムチムチした所に指とか入れてみたいッスよ!」


 …………うん、別に悪い奴じゃないんだ。

 何て言うかコイツは、基本的にノリだけで生きている。初めて俺と顔を合わせた時もアクセル全開……もとい全壊な返しに度肝を抜かれたもんだ。






『初めましてっ! 鉄透ッス!』

『米倉櫻だ。宜しくな』

『先輩ってサクラ感ないッスね。ワタルって感じッス!』

『そ、そうか?』

『サクラって女っぽいじゃないッスか。先輩は顔が岩手県っぽいッスから』

『顔が岩手っ?』






 尚この発言に対して現場に居合わせた火水木、冬雪の両名が撃沈。無表情系少女の笑顔というレアシーンを堪能できたのは良いが、その後でトイレに向かい鏡で自分の顔を見直したのは言うまでもない。


「この窯場って人気ないですし、色々エロいこととかできそうッスよね」

「お前の頭は本当にピンク一色だな。まあTPOは弁えてるからまだ良いけどさ」

「TPO? TINPOの略っすか?」

「違ぇよっ!」


 Time(時)とPlace(場所)とOccasion(場合)に追加されたIとNは一体何なのか。やろうと思えばマジで作れそうで逆に怖いな。


「何せ夢にまで見たハーレムッスからね」

「なあテツよ。人の夢と書いて何て読むか知ってるか?」

夢人むじんッスかっ?」

「何だその恰好良さそうな種族はっ! 儚いだよ、儚い」


 ちなみに以前アキトに同じことを言ったら、みまかとかいう謎の言葉を返された。弄る所そこじゃねーし。何でタの部分を死に変えてるんだよ。


「そりゃ○らぶるみたいなのは無理でしょうけど、陶芸部の平均顔面偏差値って超高いじゃないッスか。見てるだけで目の保養になりません?」

「平均顔面偏差値って言葉を、俺は生まれて初めて聞いたぞ」

「ユッキー先輩とかミズキ先輩は国立レベルだし、ツッキー先輩とユメノン先輩は東大レベルと言っても過言じゃないッスよ。オレ、どこ受験すれば良いッスかね?」

「どこも高倍率だ。諦めろ」

「マジッスか」


 仮に俺達男を大学に見立てたら、定員割ればっかりになるんだろうな。

 早乙女はどうなのかと聞こうとしたが、アイツは定員一名の女子大だから論外。我ながら上手いこと言った気がするが、残念ながら聞き手である後輩の脳内はピンク一色だった。


「あー、ユッキー先輩に抱きついて頬ずりしたいッス! ツッキー先輩に罵られながら踏まれたいッス! ネック先輩、何か良い方法ないんスか?」

「そうだな。とりあえず去勢しろ。チ○コ切ってこい」

「解決法が重いっ! もっと軽い感じでお願いするッス!」

「オッケー♪ レッツ去勢☆」

「言い方の問題じゃないッスよ!」


 煩悩ダダ漏れな後輩を見ていると、犯罪を起こさないか不安になる。冬雪がスカートの下に履いてない(こう言うと別の意味に聞こえる)とか、コイツには絶対言えないな。

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