一日目(月) 米倉櫻が理系だった件
日本史が終わりC―3へ戻る途中、購買にて昼食を購入。葵とアキトは弁当持参のため、ここで買うのは基本的に俺だけのことが多い。
今日の昼飯も惣菜パンと桜桃ジュース。いつもと変わらないラインナップだ。
「ね、ねえアキト君。ふと思ったんだけど、あのままF―2に残って一緒にご飯とか食べたりできないかな?」
「拙者も少し考えていたお。ただ相生氏一人が残るのは少し露骨かと。それとリリスは天海氏以外にも複数人と昼食を取っているので移動必須ですな」
「そ、そっか……場所なら良い所があるんだけど……」
ちなみにリリスというのは、俺達が名づけた夢野のコードネーム。そんな少女の周辺事情に詳しいアキトだが、その情報の仕入れ先が妹であることは聞くまでもない。
普段から相談に乗ってもらっている上、客観的なアキトの意見に助けられていることも多いのだろう。葵は素直に聞き入れるが、小さく溜息を吐くと肩を落とした。
「アキトも付いていけば、四人でいい感じになるんじゃないか?」
「その提案には一つ大きな問題があるお」
「お、大きな問題……?」
「何がまずいんだ?」
「米倉氏がぼっちになる件」
「…………」
「………………」
「……………………」
「…………………………いやいや、全然問題ないだろ」
「さ、櫻君。随分と間があったよ?」
「安心しろ。俺にはトイレという安息の地があるからな」
「えぇっ?」
「便所飯キタコレ」
今は冗談で済んでるが、姉貴の話を聞く限り大学には普通にいるらしい。屋代には無いからわからんが、学食ってそんな恐ろし異世界……じゃなくて恐ろしい世界なのか?
「別に俺は但馬達とでも食うから大丈夫だっての」
「例え米倉氏が良くても、リリスと天海氏は疑問に思う訳でして」
「そ、そうだよね」
「よってこの作戦を決行する場合、必然的に米倉氏と拙者も一緒になってしまいますな。ただそれでも好感度上昇イベにはなるので、試してみる価値はありだお」
確かにアキトの言う通り、一緒に授業を受けた後で俺だけが教室に戻るのは少し不審かもしれない。本当によくそこまで頭が回るなと驚くばかりである。
日本史の授業は週に二度あるが、仮にするなら三限と四限にある月曜か。普通なら異性と一緒に昼飯なんて提案し辛いが、双子パワーがあれば協力を得るのも容易だ。
「それにしても最近は活動的だな」
「う、うん! 昨日も音楽部四人で映画を見に行ったんだよ」
「マジでか」
「リア充乙と言わざるを得ない」
確かにこれこそが高校生活をエンジョイしている姿だと思う。友達と行く奴でレベル1、異性が交じっていればレベル5、姉と一緒に映画を見た俺はレベルマイナスってとこか。
「に、二年生になってから音楽部でカップルがどんどん増えてて……この前なんて二週間くらいで告白したって一年生もいたし、僕も負けてられないなって思って」
「そりゃまた凄い奴もいるんだな」
「ほ、他の男子に取られるのは絶対に嫌だったからって言ってたよ。それにいつまでも友達でいると、下手したら友達以上に見られなくなるって」
ああ、それは何となくわかる気がする。
今の自分の状況と照らし合わせながら考えていると、傍らから感じるアキトの視線。何やら閃いたみたいなので、新年度一発目を景気良くやるとしよう。
「第一回!」
「チ、チキチキ……?」
「映画のタイトル対義語大会だお!」
「「「イエーイ!」」」
「エントリーナンバー一番。アキト選手お願いしますっ!」
「犬の逆襲」
「おおっと! これはいきなりの名作! 優勝は決まりでしょうかっ?」
「えっと……あ、もしかして猫の――――」
「遺伝子組み換えによって生まれた人造犬が、人間達に逆襲する話だお」
「えぇっ?」
「恩返しならぬ怨返しってか」
「誰うま」
何か聞いたことがある話だと思ったら、ミュ○ツーの逆襲じゃねーかそれ。
「では続いてエントリーナンバー二番、米倉氏の番だお」
「そうだな……悪魔にデスボイス……いや、悪魔に念仏をだな」
「あ、あれは名作だよね! 1も2も僕大好きだよ!」
「ちなみに悪念はどんな話なので?」
「もう略してるのっ?」
「ある日突然現れた悪魔が、寺の住職に恋する話だ」
「ええぇっ?」
「ブッフォッ! まさかの恋愛に草不可避」
「さあ最後を飾るのはエントリーナンバー三番、葵選手ですっ!」
「映画という得意分野だけに期待が高まるお」
「う、うん。今回は大丈夫!」
「「それではどうぞっ!」」
「下手」
「「…………」」
ひょっとして下手→上手=ジョーズってことですか?
思わずアキトと顔を見合わせた後で、俺達は黙って首を縦に振る。
「だ、駄目かな?」
「「下手糞かっ!」」
「えええぇっ?」
他にも『女は楽しいよ』とか『だからアタシがやりました』とか色々あるだろと突っ込んでいると、あっという間に昼休みが過ぎていった。
当然ながら午後の授業も教室移動であり次は数B。文系である葵は取っていないため、俺はアキトと二人でDハウスの三階へと向かう。
「葵の奴、良い感じみたいだな」
「それでも勝率が二、三割程度から、ようやく五分五分になったくらいだお」
「一緒に映画って、結構ポイント高くないか?」
「二人ならまだしも、大人数なら米倉氏も行ってますしおすし」
「俺の場合は偶然会っただけで、誘ったのとは違うだろ」
「席が指定されてたならまだしも、偶然会っても一緒に見るとは限らないお。それに陶芸部を兼部した件についても、割と重要ですしおすし」
「まあ、そうかもしれないけど……ってかお前、ちゃっかり妹から全部聞いてるのな」
「そりゃもう米倉氏が『彼女の名は』を見て号泣したことから、冗談半分で綱引きの縄を自分の身体に巻きつけて両側から引っ張られたことまで知ってるお」
「いや何それ俺が知らないんだけど」
「あれはマジで死ぬかと思ったでござる……」
「やったのお前かよっ?」
どれだけ痛いのかは知らないが、良い子は絶対に真似しちゃ駄目だぞ。やっていいのは悪い子とガラオタとドMのお兄さんくらいだ!
そんなくだらない話をしながら階段を上ると、教室へ足を踏み入れる。理系の大半は男子であり、中にいる女子は僅か三人だけだった。
「…………」
そしてそのうちの一人は俺の幼馴染でもある。
獣医師を目指す容姿端麗の美少女、
既に桜の花は散り、見えるのはこれといって映えのない景色だけである。
「…………」
俺が阿久津へ声を掛けることはない。
席が離れているというのも理由の一つだが、何となく話しかけづらかった。
もしも俺が「よう」と言えば、アイツは「やあ」と返すだろう。
ただ、それだけだ。
所詮は単なる社交辞令で、その後に話が膨らんでいくイメージが全く沸かない。 部室では何度も顔を合わせていた筈なのに、教室という空間の中で会うとまるで見えない壁があるようにさえ感じる。
「じゃあ宿題の答え合わせから。問1を阿久津さん、問2を――――」
先生に指名された少女は淡々と黒板にベクトルの問題を解くと、こちらに目を合わせることもないまま席へと戻っていくのだった。
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