四日目(日) ちょっといい気分だった件

 火水木家を後にして黒谷町へ帰還した俺は、真っ直ぐ家に帰らず寄り道をする。


「本当はユメノンも呼ぼうとしたんだけど、今日はバイトだったのよね」


 片付けが終わった後で耳にした火水木の呟き。もしかしたら当初の目的は、クッキー作りに奮闘する葵の姿を見せることだったのかもしれない。

 手作りである以上、渡すなら早いに越したことはない。既にバイトが終わっている可能性もあるが……そういや夢野って、普段は何時までやってるんだろう?


「らっしゃーせー」


 コンビニに入ると透き通るような美声の代わりに、中年男性のだるそうな声が出迎える。しかし夢野が不在という訳でもなく、少女はレジにいる客の対応中だった。


「こちらのお弁当は温めますか?」

「当たり前だろうが。あとタバコ」

「失礼致しました。申し訳ありませんが、何番のタバコでしょうか?」

「チッ……7番だよ」

「ありがとうございます。お会計が――――」


 コンビニでバイトをしていれば、きっとこういう嫌な客も多いんだろう。明らかに態度が悪いオッサンを相手に、夢野は笑顔を崩さずレシートに乗せたお釣りを渡す。


「ありがとうございました」


 見ているだけで胸糞悪いくらいなのに、少女は客が出て行った後も悪口どころか溜息一つ吐かずに笑顔で仕事をこなす。店員として立派な姿に感服だ。


「いらっしゃ……米倉君っ?」

「よう。あ、袋いらないんで」


 桜桃ジュースを片手にレジへ向かうと、滅多に見せない驚きの表情を浮かべる夢野。普段なら店員モードへ戻るところだが、今日は手を動かしながら話を続ける。


「突然だったから、ビックリしちゃった。いつの間に来てたの?」

「ついさっきだな。何か大変そうだけど大丈夫か?」

「え……? あ、うん。大丈夫だよ。もう仕事にも慣れてるし、きっとあの人にも色々とあったんじゃないかな。余裕がない時は、誰でもイライラしちゃうから」


 心配して声を掛けたつもりが、予想以上に大人な解答を返された。脳内で「タバコも温めますか?」と煽ってから、頭にバーコードリーダーを当ててやろうかなんて妄想していた自分が物凄く小さく見えてくる。


『パチパチパチパチ』

「もう、止めてくださいよ。あ、お会計……500円からお預かりします」


 中年の男性店員が無言で拍手をして褒め称える中、謙遜する少女は慣れた手つきでレジを弄る。お釣りを受け取った後で、俺は作ったばかりのクッキーを差し出した。


「ホワイトデー、今渡しても大丈夫か?」

「あっ! これ、ミズキの家で作ってきたの?」

「ああ。一応審査には合格したから、味の保証はする」

「ふふ。ひょっとして、このために来てくれたの?」

「まあそうなるな」

「そっか。ありがとう……あ、いらっしゃいませ」

「ん、そんじゃまたな」


 小さな袋を受け取り喜ぶ夢野は、自動ドアが開き新たな客がやってくると店員に戻る。そんな少女に別れを告げ、俺は桜桃ジュースを片手に家へと帰るのだった。




 ★★★




「「イェセガンガンガンガンガンガンガンガンガ~ンッ!」」

「…………ぶふっ!」


 帰宅した後に夕飯まで部屋でまったりしようとした矢先、そのうち来るだろうと思っていた二人が予想通り部屋に入ってきた……が、思わず噴き出してしまう。

 服の変えがないため、母親が忘年会のビンゴで当てたダサTを着ている姉貴。そして妹のうめは、いつぞや購入したマッチョTシャツを着ての登場だった。


「梅と!」

「桃の!」

「「梅桃コント~」」


 絵面は物凄く面白いが、これが自分の姉妹だと思うと少し悲しくもある。外見は良いんだから黙っていればいいのに……冬雪や如月の爪の垢を煎じて飲ませるか。


「聞いて桃姉! 梅、屋代目指すんだ!」

「それじゃあ桃姉さんが勉強を教えてあげましょう」

「わ~い」

「じゃあ今回は理科の植物。合言葉は『ひーへばった』よ」

「はえ?」

「『ひ』はひげ根。『へ』は平行脈。『ば』はバラバラ。『た』は単子葉類ね」

「バラバラって何が?」

「茎を断面図で見た時に、維管束が散らばってるの」

「茎」

「くき」

「「クッキー! ハイッ!」」


 途中までは凄く真面目な勉強……それも普通に高校受験で役に立つっぽい知識だったのに、一体どうしてコントにしてしまったのか。

 いつも通り掛け声と共に謎ポーズを決めた二人は、再び先生と生徒役に戻る。


「じゃあ次は維管束、つまり道管と師管の位置関係の覚え方です」

「は~い!」

「掌を道管、手の甲を師管と考えましょう。そうしたらまずは根から。手の甲と甲を合わせて、こう根っこみたいにしてみましょう。ひげ根~」

「ひげ根~」

「はい、梅さん。道管は外側と内側どっちになってますか?」

「外!」

「正解! じゃあ次は茎ね。掌と掌を合わせて茎のポーズ!」

「茎~」

「はい、道管は外側と内側どっち?」

「内!」

「正解! じゃあ最後は葉ね。にょきにょき伸ばした茎を、そのままパカッと開いて咲かせましょう! はい、道管は上側と下側どっち?」

「上!」

「よくできました! じゃあ一緒にやってみましょう。はい、根・茎・葉!」

「根・茎・葉!」

「画面の前の貴方も一緒に~」


 姉貴が俺もやれと促してきたので、仕方なく両手で二人の動作を真似る。新感覚、授業型コント……こんなネタをする芸人がいたら、何かブレイクしそうだな。


「「「根・茎・葉!」」」

「はい、大変よくできました!」

「桃姉桃姉!」

「どうしたの?」

「茎!」

「くき!」

「「クッキー! ハイッ!」」


 そしてまさかの同じオチ。授業の方に力を入れた分だけ、ネタの方が適当になっている気がする。ホワイトデーってクッキー以外にも色々あるだろ。


「続きまして」

「新ネタでございます」

(ん?)

「最近はリズムネタが流行っているので」

「梅桃コントにも取り入れてみました」


 小学生が企画した学芸会の司会みたいに、交代で台詞を言っていく二人。リズムネタをする芸人って、ことごとく一発屋な気がするけど……まあ別にいいか。


「それではどうぞ」

「聞いて下さい」

「「ちょっといい気分」」


 何か曲がある訳でもなく、いきなり姉貴と梅が手拍子を始める。やってくれという視線でこちらを見ていたため、やれやれと手を叩くと二人は謎ダンスを始めた。




「梅桃コントが始まるよっ!」

「ちょっといい気分~♪」

「「ハイッ!」」


「卵を割ったら黄身二つっ!」

「ちょっといい気分~♪」

「「ハイッ!」」


「時計を見たら1111っ!」

「ちょっといい気分~♪」

「「ハイッ!」」


「セ○ンイレブン営業中っ!」

「ちょっといい気分~♪」

「「ハイッ!」」


「気になるあの子が夢に出たっ!」

「ちょっといい気分~♪」

「「ハイッ!」」


「阿久津よ俺を罵ってくれっ!」

「ちょっといい気分~♪」

「「ハイッ!」」


「お前ら動くな強盗だっ!」

「ちょっといい気分~♪」

「「ハイッ!」」


「それでは皆さんまた来週っ!」

「ちょっといい気分~♪」

「「ちょっといい気分~♪」」(ハモリ)

「「ハイッ!」」


「どうも」

「ありがとうございました~」




『パチパチパチパチ』


 手拍子を拍手へと変える。リズムネタらしくノリも良かったし、梅桃コントの初回は滅茶苦茶グダっていたが今回は最初とは思えないほど完成度も高かった。

 上手くいった理由の一つは、梅の台詞が「ちょっといい気分~♪」だけだからだろう。そんな妹が見せる謎ダンスも面白く、妙にキレのある動きが非常に良い。


「ネタの一部に悪意を感じたけど、まあ満点大笑は貰えるんじゃないか?」

「「イエ~イッ!」」


 姉妹が仲良くハイタッチを交わす。恐らくはこれから両親にも見せに行くんだろうけど、本当にまあ毎回よくやるわなこんなこと。


「そいでお兄ちゃん、梅のクッキーは?」

「気が早過ぎだろ。どこのクッキーモンスターだお前は」


 激しく動いたせいで汗まで掻いてるし、クッキーより水分の方が必要だろ。

 そんな心配をする俺をよそに、袋を取り出すと梅が飛びつく。バレンタイン&人の誕生日プレゼントは黒い稲妻だというのに、何とまあ現金な奴だ。


「ほら、姉貴の分」

「うむ、大義である! 誰の提案か知らないけど、手作りなんて頑張ったじゃない」

「火水木だよ。ほら、前に会っただろ?」

「あ~、あのゲゲゲの人?」

「…………アイツがそんなこと言ってるの聞いたことないぞ? 誰と間違えてんだ?」

「じゃあアニメソング界の帝王の人? ゼェーット! っていう」

「さっきのゲゲゲも口癖とかじゃなくてそういう意味かよっ? どっちも一文字足りないっての! そもそもその二人に会ったことないだろうがっ!」

「冗談よ冗談。火水木ちゃんって、あの眼鏡の子でしょ?」


 一応ちゃんと覚えていたらしい。眼鏡ってゲゲゲの人と勘違いしてないよな?


「うんうん。櫻も屋代で良い友達ができたみたいで何よりね。梅も屋代に入ったら、物凄く楽しい学生生活が待ってるわよ? 何たって華のJKだもの!」

「JK!」

「確かに今のままだと、誰がどう見ても難しいな。JK(常識的に考えて)」

「大丈夫大丈夫。ちゃんと桃姉さんが家庭教師を雇ってあげるから」


 雇うとか言っておきながら、眼鏡を掛けて「桃先生と呼びなさい」とかやるのが目に見えている。まあ梅の場合は塾に入るより姉貴に教えてもらった方が良いかもな。

 そんな妹は花より団子とばかりに、ラッピングなど気にせず早速袋を開けてクッキー食べている。もう少し味わって食べてくれないと、お兄ちゃん泣いちゃうぞ。


『ヴヴヴヴヴ……ヴヴヴヴヴ……』


 ポケットの中で携帯が震える。

 画面を確認すると電話じゃなくメールであり、送り主は他でもない夢野からだった。


『クッキーありがとう! 凄く美味しかったよ❤』


 どうして女子はハートマークを気軽に付けるのか。この一つにドキドキさせられる男子が世の中には五万といることを知ってほしい。


「?」


 短い本文だが、終わりを示すENDの文字がないことに気付く。

 そのまま下にスクロールすると、ひょっこりと追加の一文が姿を現した。


『欲を言うと、他の形も欲しかったな♪』


 やはり丸と星だけでは物足りなかっただろうか。でも火水木家にあった型はその二つと、それこそ残り一つはハートマークだったりする訳で……うん、それは無理だ。

 手の込んだメールを送る悪戯少女へ、俺は少し考えた後で冗談めかした返事を送る。


『じゃあ来年は湯呑とか皿の形に挑戦してみるか』


 こんな話をしておきながら、来年に貰えなかったら惨めでしかない。姉貴と梅が星型クッキーで一発芸を始める中、夢野の返信を見た俺は小さく笑うのだった。


『湯呑とかお皿はまた明日、削り体験の時にお願いしますね。米倉先輩♪』

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