四日目(日) クッキー作りがシンプルだった件

 マーガリンをボウルに入れて溶かし、砂糖と卵を入れてよく混ぜる。そこにホットケーキミックスを投入し粗練り……じゃなくてゴムベラで掻き混ぜる。

 後はオーブンで十五分くらい焼くのみと、至って簡単なお菓子作り。まあこんなに楽なのも、調べるだけでレシピが出てくる文明の利器があってこそだ。


「…………で、アンタは何やってんのよ?」

「クッキー作りだな」(カチカチカチカチ)

「そうね。何枚作ったの?」

「大体千兆枚だ」(カチカチカチカチ)


 そしてその文明の利器の中で、俺は淡々とクッキーを作っていた。

 正しくは火水木家リビングにあるパソコンでクッキーをクリックして錬成し、そのクッキーでクッキーを作るためにお婆ちゃんなり工場なり宇宙船なり反物質凝縮器を買っている。何を言っているのかわからねーと思うが(略)。


「兄貴も一時期やってたけど、クッキー作るだけで何が面白いのよ?」

「増えていく数字に何とも言えない高揚感を覚えるな」

「だからって人の家に来てやることがそれ?」

「仕方ないだろ? 暇なんだから。ってかこれ、その兄貴のデータだぞ」

「何で残ってんのよっ?」

「クッキーだけに、クッキーを削除しないと消えない的なやつだお」


 一応補足しておくと前者のクッキーはポッキーと同じ発音であり、後者のクッキーはポッキーゲームのポッキーと同じ発音である。どちらも同じポッキーなのに何で発音が違うのかは俺も知らない……教えて偉い人。

 ちなみに真面目な方のクッキー作りは大した問題も起きず、一足先に焼き終えたアキトと入れ替わる形で現在はオーブンの中に入れてある。


「何て言うか、もうちょっとネックも力入れて良かったんじゃない?」

「こんな感じか?」(カチカチカチカチカチカチカチカチ)

「そっちじゃないわよっ! アンタが焼いてるクッキーの話っ! 例えばほら、絞り袋に生地を入れてバラみたいな形にするとかさ?」

「俺にそんな技術はない」


 見た目通り女子力のある葵はチェック柄なんて難しい挑戦をしているようだが、俺とアキトはシンプルに丸型や星型でくり抜いただけ。所要時間も一時間程度だ。


「確かに技術も必要だけど、こういうのって努力も大事じゃない。ネックだって不器用な女の子が一生懸命作ったクッキーとか萌えるでしょ?」

「それは可愛いは正義という前提条件があるから成立するだけだ。俺みたいな奴がバラ作りに失敗した巻き糞クッキーを渡したら、萌えるどころか燃やされるぞ」

「ブッフォッ! ホワイトデーに巻き糞クッキーとか神ですな」


 菊練りが小籠包練りになる俺なら、バラがウンコになる可能性も充分あり得る。年に一度あるかすらわからないクッキー作りで、そんな失態は演じたくはない。


「カチカチされながら言われてもね。暇ならオイオイ手伝ってあげなさいよ」

「俺が手伝ったら葵の手作りクッキーにならないだろ?」

「それはそうだけど……アンタって変なところきっちりしてるわね」

「AB型だからな。そういや葵って何型だ?」

「えっ? ぼ、僕はA型だけど……」

「「「っぽいわー」」」

「えぇっ?」


 俺達三人の中で一番作成量が多いにも拘わらず、一つ一つ丁寧に作ってるもんな。まあ数に関してはバレンタインでモテる奴が悪い。あれは葵に科せられた使命だ。


「はあ……何かアタシが想像してたお菓子作りと違うのよね」

「一体何を想像してたんだよ?」

「相生氏の頬に付いたクリームを米倉氏が舐め取るとかな希ガス」

「ええぇっ? わっ!」

「ちょっ? 違うわよっ!!」


 あまりに衝撃だったのか、葵が冷凍庫から取り出した生地を落としそうになっていた。対する火水木はと言えば、近所にまで聞こえそうなくらい声を荒げる。


「アタシが見たいのはそういう生々しいやつじゃないのっ!」

「じゃあ何が見たいんだ?」

「もっと男同士の友情っていうか、こう何も言わずとも意志の疎通が取れてる感じ? 阿吽の呼吸って感じのやり取りとか良いのよね」

「成程な……火水木。そこの帽子貸してくれ」

「帽子? 何に使うのよ?」

「つまり、こういうことだろ? …………行けっ! アキトッ!」

「ドゥッペレペ!」

「絶対に違うっ!」


 帽子のツバを後ろ向きにして被り、モンスター的なボールを投げるアクションをする。完璧に意志の疎通が取れたやり取りだったのに、一体何が違うというのか。


『ピピピピ、ピピピピ』

「お、できたか」

「ついでに余った拙者のクッキーでもドゾー」


 タイマーの鳴るキッチンへ戻るなり、アキトからの差し入れ。チョコチップの入った黒っぽいクッキーを一枚手に取り、ひょいと口に放り込むと普通に美味かった。


「お待たせ致しました天海氏。ホワイトデーのお返しでございます」

「ん、ありがと」


 渡す相手は妹だけなのに、わざわざ丁寧にラッピングしたクッキーを差し出すアキト。こういうところを見ると、やっぱ女心をわかってる感あるよな。


「歯ごたえのあるサクサク感。控えめな甘さに、上品なココアの味付け。うん、これは美味しい! しかも普通の材料で作ったクッキーじゃないわね?」

「小麦粉をおから、バターを豆乳で代用した低カロリーココアクッキーですな」

「略してロリコンクッキーか」

「誰が上手いこと言えと」

「ふーん。低カロリーの割にいい味じゃない。来年はアタシもこれにしよっかな」


 どうしてそんなクッキーをアキトが作ったのかといえば、クラスの男子全員にバレンタインを渡した妹にはこれから高カロリーなお菓子が次々と返されるからだろう。

 貰う時に嬉しい分だけ渡す時は割と億劫な行事だが、俺のお返しも何とか完成。オーブンからクッキーを取り出すと、やや肌色も混じっているが大体狐色に焼けていた。


「熱ちっ……待たせたな葵」

「う、ううん。丁度ピッタリだったから大丈夫」


 普通の生地とココアの生地をそれぞれ平らにしてから層状に重ね、冷やした後で切ってから互い違いに並べる。そんな作業を一体どれだけやっていたんだろうか。


「模様一つ作るだけで、こんなに苦労するんだな」

「その苦労が分かる子には、ちゃんと伝わるのよね」

「へー」


 胃袋に入ったら同じだと思うんだが……どうやら俺に料理は向いてなさそうだ。

 とりあえず皿に移した自分のクッキーが冷めるのを待ちつつ、完成品を一つ摘まんでみる。ハムッ、ハフハフ、ハフッ……うん、我ながら上出来なんじゃないか?

 後はこれをラッピングするだけだが、ここで一つ問題が生じる。


「…………」


 さて、どうしたものか。

 丸型と星型を三個ずつで六個入れるつもりだったが、五個の時点で既に袋がキツくなっている。無理に詰め込めば破れるかもしれないし、別に五個ずつでもいいか。

 アキトはリボンでアレンジし、葵もラッピングのためにレースペーパーやらマスキングテープを用意しているが、俺はシンプルに可愛い袋へ詰めるだけにした。


「これでよしっと。じゃあ火水木、味見頼むわ」

「ちょっとアンタ、それどういうことよ?」

「冗談だよ。さっき食べてみたけど、中々の出来だぞ?」


 ラッピングした手作りクッキーを手渡すと、火水木はまじまじと眺める。


「何ていうかネックらしいわね」

「何がだ?」

「別に」


 コイツの「別に」は割と重要なことが多いから困る。クッキーの形か色合いか、それともラッピングについてかと、心当たりは山ほどある俺も俺だけどな。

 包みを開けた火水木は、クッキーの一つを手に取りパクリと咥えた。さてさて今回はどんなグルメリポートが聞けるんだろうか。


「うん、合格」

「どういうことだよ?」

「冗談よ」


 さっきのやり取りをそのまま返される。俺の中では力作だったんだが、食レポをするほどでもなかったのか随分と普通のリアクションだ。

 まあ目玉焼き一つまともに作れない妹(大抵目玉が潰れる。何でそんな高い位置から卵を落とすのか)じゃあるまいし、レシピ通りにやれば不味くはならないだろう。仮にアイツが作ったら、クッキーも毒ッキーになったりしてな。

 火水木家のオーブンで並べきれなかった葵のクッキーは二、三回に分けて焼くことになり、俺達三人は先に後片付けをすべく使った道具類を洗い始める。


『パシャッ』


 そしてその並んだ後ろ姿を、火水木はスマホで撮影するのだった。一応許可は出してるし作成中も何枚か撮られたが、思い出と言いつつ一体何に使うつもりやら。

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