一日目(木) 普段と違うコンビニの出会いだった件
『ヴヴヴヴヴ……ヴヴヴヴヴ……』
信号待ちの途中、ポケットの中で携帯が振動する。
画面に表示されているのは、いつも狙ったように俺の帰宅途中で電話をしてくる騒がしいマイシスター……ではあるものの、今日は妹ではなく姉の方だった。
「もしもし?」
「もしもし? 私桃姉さん。今貴方の後ろにいるの」
チラリ(信号を待つ見知らぬおばさん)
「ぶはっ! げほっ! ごほんっ! んんっ!」
くだらないネタなのに思わず噴き出す。メリーさん(40)とか嫌過ぎるだろ。
笑っては失礼なので途中から咳き込む振りをして誤魔化した結果、幸い相手は不審に思っただろうが気付かれずには済んだらしい。何か本当にすいません。
「何よ~? 櫻ってば、こんなネタで笑っちゃうの?」
「違うっての! それより、どうしたんだよ?」
「さて問題です。どうしたんでしょうか?」
「知るか。切るぞ?」
「いゃ、ちょと待ってちょと待ってお兄さん~♪」
『ピッ』
『……ヴヴヴヴヴ……ヴヴヴヴヴ……』
「…………もしもし?」
「本当に切ることないでしょ~? 姉さん今のショックたよ~?」
正直に言うと、一度こういう風に切ってみたかったんだよな。家族だからいいかなと思ったけど、やっぱりやられた方は割と傷つくらしいので止めておこう。
「で、用件は?」
「…………何だっけ?」
「忘れたのかよっ?」
「あ! 冗談よ冗談! バイトの件、どうするか決めた?」
明らかに今思い出した雰囲気だったけど、面倒だし突っ込まないでおこう。
「ん……一応やってみることにするわ」
「了~解~。そうそう、それとお使いの要請で~す」
「今回は何だ?」
「週~刊~少~年――――」
『ピッ』
…………うん、やっぱりモモえもん相手なら切ってもいいかな。
程なくして携帯が震えるが、また電話かと思い確認してみると今度はメール。その本文は『努力・友情・勝利』と、買うべき雑誌を示唆する懐かしい字面た。
どう考えても親じゃなく姉のお使いだが、渋々と馴染みのコンビニへと向かう。そこは友人かつ今は2079円の少女、
「あれ? 米倉君」
前髪を桜の花びらヘアピンで留めたショートポニーテールの少女が現れるが、今日に限り彼女の第一声は「いらっしゃいませ」ではない。
店内から出てきた夢野は、店員の制服ではなく屋代の学生服を着ている。どうやら今日はバイトではなかったものの、偶然コンビニに来ていたらしい。
そして何故かその隣には、俺より先に帰っていた筈の阿久津がいた。
「随分と早いね。ちゃんと後片付けしたのかい?」
「大丈夫だ、問題ない」
「それは余計に不安になる解答だよ」
一体何を買ったのか、小さいビニール袋を手にした幼馴染は溜息を吐く。
仮に同時に屋代を出たなら、電車の阿久津より自転車である俺の方がコンビニには早く着くだろう。しかし今日は中途半端な時間に陶芸を始めた結果、薄情な女子三人は後片付けしている可哀想な男子部員を置いて帰っていった。
まあ遅くなったのは俺の自業自得だし、仮に待ったとしても校門ですぐに別れるだけ。当然の行動ではあると思うが……少しくらい残ってくれてもいいのにな。
「それじゃあボクは失礼するよ。色々とありがとう夢野君」
「どう致しまして。頑張ってね」
家が近所にも拘わらず、阿久津は俺の横を抜けて一人先に帰ってしまう。少し気になる会話ではあるが、何を応援しているのか全くもってわからない。
「米倉君はいつもの栄養補給?」
「いや、今日は別件だ。夢野は阿久津と同じ電車だったのか?」
「ううん。駅じゃなくて、ここで偶然会ったの。普段アルバイトしてる時にも会わないから、私もビックリしちゃった」
阿久津の母親は専業主婦だし、我が家と違って急な買い出しを頼むこともないからな。ついでに言うなら兄妹もいないから、パシリにされるようなこともないと。
「そういや夢野って、コンビニ以外にバイトしたことってあるのか?」
「ううん。私はずっとこのコンビニだけ」
「接客ってやっぱ大変か?」
「大変な時もあるかな……ひょっとして米倉君、アルバイトするの?」
「ああ。ちょっと社会経験に、春休みだけやってみようかなって」
「やっぱり! そっか、それで……」
「ん? 何がだ?」
「ううん。内緒♪」
そう答える夢野は、何故か妙に嬉しそうだ。
そんな微笑ましい姿を見て、ふと阿久津の言葉を思い出す。
――――夢野君がキミのことを好きだからだよ――――
本当にそうなんだろうか?
この手の誘惑で一度痛い目を見ているため、やはりそう簡単には信じられない。
そもそもそれ以前に、俺は夢野のことをどう思っているのか。
可愛い。
家庭的。
幼稚園時代に、彼女だった。
「どうかしたの?」
「ん、悪い。ちょっと考え事してた」
…………本人を前にして考えることじゃなかったな。
「じゃあ、またな」
「あ、米倉君」
別れを告げ店内に入ろうとした俺に、夢野は笑顔を見せつつ尋ねるのだった。
「明日、陶芸部の体験に行ってもいいかな?」
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