十六日目(金) 自尊理論と夢の跡だった件

「三つ目は米倉氏が誰かしらに告白して付き合うことだお」

「…………は?」


 アキトに言われた第三の案は、正直いきなりすぎて意味がわからなかった。

 第一の案で『嫌われるように振舞うこと』の引き合いに出されたのは理解できる。親しくなった友人に嫌われたら、夢野に限らず誰だって傷つくのは当然だ。

 そう自分を誤魔化しながら、俺はアキトに問いかけた。


「ちょ、ちょっと待てって。それが夢……リリスにどう関係するんだよ?」

「さっき話した通り、自尊理論ですしおすし」


 人は弱っていると恋に陥りやすくなる。

 これまでのアキトの案は全て、傷心状態の夢野を葵が助ける筋書きだった。


「…………俺が誰かと付き合ったら、リリスが傷つくって言うのか?」

「相生氏の好感度がハート二個分なら、さしずめ米倉氏はハート四個分かと」

「ハンバーガー四個分の間違いだろ」

「お前がそう思うんならそうなんだろう。お前ん中ではな」


 俺の冗談に対して、アキトらしい返しをされる。

 せっかくコイツがヨンヨンとの時間を潰してまで相談に乗ってくれているのに、質問したこっちがふざけてどうするんだよ。失礼過ぎるだろ。


「悪い、続けてくれ」

「付け加えるなら拙者の予想だと先程話した二つ目。リリスが告白するのを待つケースについても、仮にされるとしたら恐らくは米倉氏になる希ガス」


 そうは思わない。

 …………いや、考えないようにしてきた。

 確かに夢野は、俺に気があるような素振りを見せたことがある。

 しかしそれは単なる思い上がりだと、何かある度に自分へ言い聞かせた。


「いくらなんでも飛躍し過ぎだっての」


 そして予想通り彼女は、俺の過去を追いかけていたに過ぎない。

 傷つき落ち込んでいた自分を助けてくれたヒーローを探していただけだ。

 それこそ自尊理論だろう。

 恐らく彼女の中で、クラクラとの思い出は美化されていたに違いない。

 ただそれだけ。

 今の米倉櫻を見て、恋愛感情なんて沸く筈がない。




『それ絶対、米倉のこと好きだって』




『何を言い出すのかと思えば、冗談も大概にしてくれないかい?』




 中学時代の俺だったら、また馬鹿みたいに乗せられて告白していただろうか。

 もうあんな後悔は二度としたくない。

 そう身体が訴えているのか、頭の中で嫌な記憶が蘇る。


「米倉氏」

「…………何だ?」

「そんなに難しい顔して悩むと将来ハゲるお」

「は?」

「あくまでも米倉氏に言われた通り、拙者視点で考えた結果ですしおすし」

「!」

「だから米倉氏は米倉氏の思うがまま、好きなように行動すればいいお」


 重苦しい空気を変えるように、アキトはスマホを取り出した。

 頭ではわかっていた筈なのに、改めて指摘されて我に返る。元はと言えば俺が言い出したことであり、参考程度に聞くつもりだったがすっかり呑まれていた。


「華麗な知恵を持つ拙者は鯛。米倉氏に華麗なんて言葉が似合うと思うか? 米倉氏はカレーだ。ルーにまみれろよ」


 直接は語らず遠回しな言い方だったのも、コイツなりの気遣いかもしれない。

 あわわわなコラ画像を見せつつ名台詞を改悪した友人のボケを華麗にスルーした俺は、桜桃ジュースを飲み干すとモヤモヤと一緒にゴミ箱へ勢いよく叩き込んだ。


「そうするわ。サンキューな」




 ★★★




 ――――以上、回想終了。

 楽しかったネズミースカイだが、ガラオタという犠牲があったことをふと思い出す。今度どこかへ行く時は絶対に、絶ぇっ対にアイツも呼んでやらないとな。


「あーあ、終わっちゃったわね」

「……楽しかった」

「ねえユメノン。クラスの打ち上げもネズミースカイにしない?」

「………………」

「ユメノーン?」

「え? あ、ゴメンね。ちょっと疲れちゃってボーっとしちゃってた」

「……ユメ、大丈夫?」

「うん。雪ちゃんこそ、カチューシャ付けたままだよ?」

「……っ」


 てっきり気に入ったのかと思いきや、そんなことはなかったらしい。駅に向かう帰り道で冬雪は慌ててネズ耳を外すと、ブーブー文句を言う火水木に返却する。

 女子四人組が歩いている後ろを俺と葵が続く、行きと何ら変わりない光景だ。


「はぁ…………」


 ただ違う点があるとすれば、隣にいる友人が溜息を吐いていること。

 パレードが終わるなり合流した葵は、俺だけに聞こえる声で小さく囁いた。




 ――――告白、できなかったよ――――




 まあ結果としてはこんなオチである。

 だからといって何も進展がなかったかといえば、決してそんなことはない。少なくとも今日の一日で、二人の距離は確実に一歩近づいただろう。


「落ち込み過ぎだっての。選択としては、間違ってなかったと思うぞ?」


 絶対に失敗しない代わりに、絶対に成功もしない最高の選択。

 それは前を歩く幼馴染に対して、俺がやっていることでもある。結局は今の関係を壊さないこと……選択しないことこそが、一番の選択なのかもしれない。


「そう慌てなくても、チャンスはまだまだあるだろ」


 運命の悪戯か知らないが、最後に乗った『スターライト・ホライズン』では、火水木と冬雪・葵と夢野・俺と阿久津というペア分けだった。

 しかもコースターが上がりきった絶好のタイミングで花火が打ち上がるという、間違いなく胸がときめくシチュエーションのおまけつき。伊東先生が聞いたら青春と喜びそうだが、残念ながら季節はまだまだ冬らしい。


「…………さ、櫻君は不安にならないの?」

「何がだ?」

「そ、その……何て言うか……誰かに取られちゃうかも……みたいな?」

「本人が幸せなら、それはそれでいいんじゃないか?」

「そ、そっか……そうだよね…………」


 何とも言えない反応をされるが、別に葵は間違ってないと思う。

 こんな綺麗事を言えるのは、単にそんなケースを考えていないだけに過ぎない。阿久津が誰かと付き合ったらなんて、想像しただけで過呼吸になりそうだ。


『――――危ないですから黄色い線までお下がりください』


 閉園時間より三十分程前にネズミースカイを後にしたものの、電車内はぎゅうぎゅう詰め。何駅か進んで人が減っていくと、ようやく席が空き始める。

 譲り合いの結果、眠そうな冬雪が最初に腰を下ろした。次の駅で反対側に二人分のスペースができたため、席の目の前にいた阿久津と火水木が座る。

 その次の駅になって大量に人が下りると、俺と夢野と葵もようやく腰を下ろす。立っていた位置のせいで、行き同様またも夢野を挟む形になってしまった。


「二人とも眠いなら寝ていいぞ? 駅に着いたら起こすから」


 疲れているのか、目がしぱしぱしている夢野と葵に声を掛ける。向かいに座っている火水木ですらウトウトと船を漕いでいるし、冬雪は言わずもがなだ。


「ご、ごめん。僕は大丈夫だから」

「無理すんなって。俺は夜行性だし、行きで寝かせて貰ったからさ」

「じゃあ言葉に甘えちゃおうかな」


 葵は慌てて目を擦ったが、夢野は素直に目を閉じる。

 目が冴えているのは俺だけじゃなくもう一人。向かいに座っている幼馴染は、何やら難しい顔を浮かべながらスマホを弄っていた。


「!」


 ふと顔を上げた阿久津と目が合う。

 しかし電車内で語ることもなく、少女は再びスマホに視線を戻した。


「…………」


 阿久津をあんな表情にさせる相手は、恐らく過保護な親だろう。

 トゥーンワールドで鳴った電話もそうだったとすれば、何か門限的なものでもあったのかもしれない。そりゃ気持ちもヤキモキして、寝てなんていられないか。


「?」


 そんな推理をしていると、ポサッと二の腕の辺りに重みを感じた。

 振り向けば睡眠モードの夢野が俺へもたれかかっている。その隣ではやはり眠気には勝てなかったのか、葵の瞼も完全に閉じていた。


「スゥー………………スゥー………………」


 スヤスヤと寝息を立てている癒しの少女。

 フワリといい香りがする中で見せる無防備な姿は、男心にグッとくるものがある。気付けば胸は高鳴り、ボーっと見惚れている自分がいた。


『ヴヴヴヴヴ……ヴヴヴヴヴ』


 そんな最中、不意にポケットの中で携帯が振動する。放任主義の我が家からとは考えにくいし、チョコクランチを待ちきれない梅だろうか。

 夢野を起こさないよう慎重に腕を動かし、携帯を取るとメールを確認した。


『あまり女の子の寝顔を凝視するものじゃないよ』


 宛先には阿久津水無月の名前。顔を上げてみれば一体いつから見られていたのか、幼馴染の少女はジーッと冷たい視線をこちらへ向けている。

 何と言い訳したものかと考えつつ、俺は阿久津へ返事を送った。


『寝起きに頬を引っ張るのもどうかと思うけどな』


 少ししてメールを受信したのか、阿久津がムッとした表情を浮かべる。こういう一文でのやり取りは中々しないため、ちょっとしたSNS気分だ。


『あれはキミが引っ張って欲しそうな顔をしていたからじゃないか』

『どんな顔だよそれ』

『こんな顔だね(動物顔になるアプリで撮影された画像付き)』

『何で撮ってるんだよっ? 消せっ!』

『これでいいのかい?(普通に撮影された画像付き)』

『そうじゃねえよっ!』


 葵の奴も、夢野とこんなやり取りをしていたんだろうか。

 幼馴染とのメールによる会話は何度かに渡り続く。しかし最初は不敵に笑っていた阿久津だが、程なくして複雑な表情を浮かべると溜息を吐いた。


「?」


 少女は返事をしないまま、スマホをポケットに入れる。

 別に呆れさせるような内容は送っていない。

 寧ろ例えるなら夢から覚めたというか、我に返ったという感じだ。


『次は――――――』


 停車駅がアナウンスされるが、乗り換える駅まではまだ遠い。

 しかし阿久津は俺と視線を合わせずに、腕を組み広告を眺めるだけだった。

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