十六日目(金) パレードがセパレートだった件

「ん? 何かやるのか?」

「パレードだね…………間に合うかな?」

「何がだ?」

「パレードが始まると道が封鎖されるんだよ。そうなるとトゥーンワールドに行くまで、大分遠回りをする羽目になるから面倒だと思ってね」

「ほー。まあ大丈夫だろ」


 暗くなるにつれベンチにはイチャイチャするカップルが増えていく中、何やら人が集まり始めている道沿いを突っ切る形で通り抜ける。

 やがて小さな子供向けの公園に到着するが、この時間だと遊んでいる子はいない。休憩場所にしている人が多い中で、俺は阿久津と共にベンチへ腰を下ろした。


「金欠なら夢野君のコンビニでバイトさせてもらったらどうだい?」

「バイトするにしても春休みだろうし、短期のつもりだからコンビニは無理だろ」

「ふむ。それならボクがやってみようかな」

「………………」


 何だかんだで阿久津は気が利くし、割と観察力もあると思う。だが思ったことをハッキリ言い切るコイツが、接客をしているイメージが全く沸かない。


「何だいその目は? 無理だと思うなら、試してみるかい?」

「試すって?」

「キミが客をやればいい。ボクが店員をやろう」

「よし、じゃあいくぞ? ウィーン」

「ふっ」

「おいちょっと待て。何故に鼻で笑った?」

「すまない。まさか自動ドアから始められるとは思わなくてね」

「もう一回やるぞ? ウィーン」

「ありがとうございました」

「今入ってきたんだよっ!」

「さっき入ってきたなら、今は出て行ったんじゃないのかい?」


 確かにそうかもしれないが……いや、やっぱ違うだろ。

 コントみたいな前振りから始まった阿久津のコンビニ店員だが、実演されてみると思った以上に普通だった。ただ愛想が良いかと言われたら、正直微妙ではある。


「社会経験はしてみたいけれど、接客業はハードルが高そうだね」

「まあ、そりゃそう…………ふぇっくしょい! あー、誰かに噂されてんな」

「そんな迷信を信じているのかい?」


 一に褒められ、二に憎まれ、三に惚れられ、四に風邪……三と四はどこも一緒だが、一と二が逆だという節もあったりする。今回はどっちだろうな。

 昼は温かかったが、日も沈めば冬の夜。ファンタジックな形の照明がぼんやりと照らす中で白い息を吐いていると、不意にふんわりとした布が首に掛けられた。


「え……?」

「ちゃんと防寒しないからさ。それで少しはマシになるだろう」

「お前は大丈夫なのか?」

「ボクはカイロを持っているよ」


 夢の国でも棒付き飴を咥えた少女は、得意気にシャカシャカと振って見せる。

 阿久津のマフラーを改めて手に取った俺は、自分の首に巻いていった。暖かいだけでなく、どことなく懐かしい幼馴染のいい匂いがする。


「………………」


 あれ、ひょっとしてこれって結構いい雰囲気なんじゃないか?

 そんな錯覚を受けてしまうから、女の優しさってのは本当に怖い。二人で寄り添ってマフラーを一緒に巻くという、恋人みたいな妄想を思わずしてしまった。

 実際そんな勇気はないし、提案すれば引かれるのは分かりきっている。脳内に浮かんだビジョンは、マフラーで首を締められる悲惨な光景にすり替えておこう。


「もう入試から一年が経つんだね」

「ああ。あっという間だったな」

「正直、櫻が屋代に入るとは思っていなかったよ」

「その言葉は男連中から聞き飽きたっての。まあ内申がボロボロだったから驚かれるのも仕方ないし、本番で解ける問題が多くて運が良かっただけだしな」

「そんなことはないさ。キミなりに努力したんじゃないのかい?」

「それなりには」


 その努力したきっかけも、元はと言えば阿久津が屋代に行くという話を偶然耳にしたため。もし知らないままだったら、俺は今この場にいなかっただろう。


「そういや、梅の奴も屋代を目指すんだと」

「学力的には大丈夫なのかい?」

「全然。当時の俺といい勝負かもな」

「全くキミといい、どうして無理に屋代を目指すんだか……」

「そりゃ、お前がいるからだろ」


 梅にとって阿久津は、もう一人の姉みたいな存在だ。

 俺がさらりと答えると、幼馴染の少女はポカンとした表情を浮かべた。


「…………ああ、成程。確かに梅君はそうかもしれないね」

「ん? 何か俺、変なこと言ったか?」

「兄妹揃って言葉足らずなのは何とかならないのかい? てっきりキミが屋代に来た理由も、ボクがいるからなんて言い出したのかと勘違いしたよ」

「っ」

「まあ、それだと困るんだけれどね…………ん、すまない」


 返答しにくい話をされたところで、天の救いか阿久津がスマホを取り出す。

 しかし少女は画面を見るなり、珍しく困ったような表情を浮かべた。


「少し荷物を頼むよ……………………もしもし?」


 阿久津は立ち上がるなり、ベンチから離れつつスマホを耳に当てる。そんな姿を眺めながらも、最後の一言だけが頭から離れない。


「それだと困る……か」

『ヴヴヴヴヴ……ヴヴヴヴヴ……』

「?」


 程なくして今度は俺の携帯が震え出す。

 画面に表示されている火水木の名前を見て、首を傾げつつ通話ボタンを押した。


「もしもし?」

『あーネック? ツッキーの電話繋がんないんだけど、一緒にいる?』

「ああ、いるぞ」

『アンタ達、もうトゥーンワールド行っちゃった?』

「そうだけど、どうしたんだ?」

『オイオイとユメノンが渡り損ねちゃったらしいのよ。二人はパレード見たいって言ってるし、仕方ないから合流はパレード終わった後ってことにしたわ』

「マンメンミ」

『アタシはユッキーともう一回ラビットチャット行ってくるから、アンタもツッキーと好きにやって頂戴。トゥーンワールドならダイレクトアタックにもピッタリよ』


 好きにできるような隙がない相手であることは、お前だって百も承知だろ……なんて突っ込むよりも早く、用件を告げた火水木は通話を切っていた。

 暗くなってきたテーマパークで二人きり。告白するにはこれ以上ない絶好のチャンスだが、一体どれだけの人間がこのシチュエーションに惑わされたんだろう。




『――――だから米倉氏は米倉氏の思うがまま、好きなように行動すればいいお』




 ふと思い出したのは、アキトが口にした三つ目の方法。

 葵がパレード中に告白するなら、俺は何もせず見届けるだけだ。


「パレードが始まったみたいだね」


 そんなことを考えていると、通話を終えた阿久津が戻ってきた。やや浮かない表情をしているように見えたが、あえて触れずに火水木からの伝言を話す。


「――――――――ってことだが、どうする?」

「ふむ。キミが回りたいアトラクションはあるのかい?」

「いや、別にこれといってないな」

「それならボク達もパレードを見に行こうか。後輩と来ると中々見れなくてね」

「何でだ?」

「パレード中はアトラクションが空いているんだよ」

「成程な。だから火水木達もラビットチャットって訳か」


 聞いているだけで愉快になりそうな音楽の鳴る方へ阿久津と共に向かうと、無数の電飾で暗闇を色鮮やかに照らしつつ移動する大きな乗り物が見えた。

 その上にはダンサーやマスコットが乗っており、俺達に向かって手を振っている。正に夢の国と言わんばかりの、盛大なパフォーマンスも見せていた。


「綺麗だな」

「そうだね」


 人が少なめの場所で足を止めた俺達は、通り過ぎていくパレードを眺める。

 時には阿久津と一緒に手を振り返し、演出に一喜一憂する。気付けば童心に返っていたのか、俺は幼馴染と一緒に笑顔を浮かべて楽しんでいた。

 …………ただし、夢は必ず覚めるものだ。


「!」


 偶然だった。

 俺達とは反対側で、パレードの光に照らされている見知った二人の姿。

 他の客が光り輝く車両を見上げる中で、葵と夢野は時折視線を合わせ何かを話す。

 既に告白した後なのか。

 はたまた、これから告白しようとしているのか。

 真剣な顔を見せている葵を見て、思わず息を呑んだ。


「どうかしたのかい?」

「い、いや、何でもない」


 そんな俺を見て阿久津が首を傾げるが、つい反射的に誤魔化してしまう。

 しかしそんな見え透いた嘘が、幼馴染に通じる筈もない。


「…………成程、そういうことだったんだね…………」


 程なくして気付いたのか、阿久津は静かに納得する。

 盛大な音楽にかき消されてしまいそうな、小さい小さい声。

 不思議と俺には、その声がしっかりと聞こえていた。


「……………………」


 ただ言葉の意味は聞かないまま、黙ってパレードを眺めるだけだった。

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