三日目(土) ディフェンスに定評のある阿久津だった件
「――――ってことで、昔はブサイクだろうと和歌が上手けりゃモテたのよ。誰うまな掛け言葉にしたり、相手をホイホイ釣るような詩を作ったり」
「……例えば?」
「そうね…………適当に今っぽくするとこんな感じよ」
音穏さん、俺と君は出会うべきじゃなかった……あれから君に会えないかとばかり考えて、毎日胸が痛くなるんだ。これが恋ってやつなのかな?
「……病院で診てもらうべき」
「辛辣っ! ユッキーって優しいかと思ったら、結構毒舌なのね」
「……本当に病気かもしれない」
「優しすぎいっ! 違うからっ! 病気とかじゃないからっ! いや恋の病っていう意味じゃ病気だけど、治せるのは医者じゃなくてユッキーだからっ!」
発症したのは冬雪が原因だけどな。
しかも下手な返事をすれば余計に悪化する始末。結局この手の恋心なんてのは、想い続けている間が誰も不幸にならない一番の平和だと思う。
「それで、ユッキー的にはこういう男ってどうよ?」
「……ちょっとキザかも」
「ってか、ぶっちゃけウザくないか?」
「そう? アタシは別に有りだと思うけど」
「お前の場合、男から男への手紙に脳内変換してるだろ?」
「と、とにかく平安とか鎌倉時代のセンスに文句言われても、当時はこれで惚れるちょろインが多かったんだから仕方ないじゃない!」
現代も・そんな時代に・なればいい(櫻、心の一句)
珍しくボロを出した火水木と俺が場所を交代して、決勝戦と三位決定戦の準備は完了。札を並べ終えた今は位置を覚える時間だが、隣は雑談タイムに入っていた。
「……逆は?」
「どういうこと?」
「……女から男の場合」
「ああ、そういうことね。じゃあメール風で、こんな感じじゃない?」
久し振りにメールしちゃった。櫻君、元気してる?
私は原因不明の病気で先週から学校を休み中。精密検査の結果もよくわからないし、不安で毎日泣いています。
もうこのまま死んじゃうのかな……そう考えていたら、最期に会いたいのは櫻君でした。一度だけ……たった一度だけでいいから、会えたりしないかな?
「何で俺の名前を使った?」
「別にいいじゃない。それで、アンタはどうすんの?」
「いや、そりゃ行くだろ」
「ちょろいわネック。この詩、病気ってのは男の気を引くための嘘よ」
「マジですか?」
「……マジ」
ちょっと平安貴族を舐めていた。嘘だとわかった時点で印象が悪くなりそうだが、やはり可愛いは正義で許されてしまうものなんだろうか。
「こんな感じで百人一首は半分くらいが恋の詩だから、意味がわかると色々面白いわよ? 女みたいに女々しい詩を詠ってる男も結構いるし」
「……マミ、もっと教えて」
「オッケーオッケー。アタシに任せなさいって」
火水木の雑学も気になるが、そろそろこっちに集中しよう。
向かいに座っている幼馴染の少女は、真剣に札の位置を記憶している。足が痺れた様子もなく、腰を真っ直ぐに立てた姿勢の良い正座をしていた。
「随分と余裕そうじゃないか。ボクを見ている暇があるのかい?」
「まあ何とかなるさ」
「キミらしいね」
阿久津は冬雪と違いガードが固く、手は膝の上に置かれている。下手したら俺の視線だけで察知され、養豚場の豚を見るような目で呆れられてしまいそうだ。
しかし暗黒空間を……あの黒タイツの奥を覗ける隙はある。それは少女によって札が飛ばされた後、回収する際に立ち上がった瞬間しかない。
「どうせなら何か賭けるか」
「妙に強気じゃないか。乗ったよ、ジュース一本だ」
「本気でいくぞ」
「言われなくても、全力で相手させてもらうよ」
「では始めましょうかねえ」
例え試合に負けようが、勝負に勝てればそれでいい。言葉だけなら熱い展開に聞こえるが、その裏では邪悪な陰謀が渦巻いているのは言うまでもない。
俺を呼ぶなら、パンツァー櫻とでも呼んでくれ。
「難波江――――」
(おっ?)
『ヒュン』
――グサッ――
「ヌォオオオオオオオオオオオオオオヲヲヲヲヲヲヲッ!?」
偶然目に入った札がいきなり読まれ、反射的に手を伸ばし絶叫する。
札の上に手が重なった瞬間、横から物凄い勢いで現れた阿久津の手……もといドリルクラッシャーが紳士(パンツァー)の装甲(パンツァー)に深々と突き刺さった。
「いきなり大声上げてどうしたのよっ?」
お前の声の方がでかいが、そんな突っ込みは置いておこう。
少女の伸びた爪が刺さった結果、右手人差し指から血が出ている。この程度なら大した怪我じゃないが、あまりに不意打ちだったので叫ぶのも仕方ない。
「悪い悪い。ちょっと10tトラックと追突事故を起こしてな」
「すまない……手は大丈夫かい?」
「大丈夫だ、問題ない」
「問題ありだね。少し待ってもらってもいいかな?」
出血している指を見た阿久津は立ち上がると、素早く鞄を探り出す…………あ、しまった。せっかく暗黒空間を見るチャンスだったのに見逃したな。
少女は絆創膏(またの名をサビオもとい、カットバンもとい、バンドエイドもとい、キズバンもとい、リバテープ)を持ってくると俺に差し出す。
「これを使うといい」
「だから大丈夫だっての。この程度、唾付けときゃいんっ?」
ガシっと手首を掴まれ、強引に引っ張り上げられた。
そのまま阿久津に手を引かれ水道まで連行。少女は絆創膏を持った手で蛇口を捻ると、俺の傷口を洗い流すために自分の手もろとも流水の中へ突っ込んだ。
「確かに唾液は優秀だけれど、口内は雑菌が含まれているよ」
「ちょっと血が出たくらいで、大袈裟過ぎるだろ」
「はあ……キミが適当に止血するだけなら一向に構わないさ。でもそれで天海君の百人一首に血が付いたらどうするつもりだい?」
「う……」
相変わらずコイツの言うことは正論で困るな。
自分の手を拭き終えた阿久津は、ハンカチを俺に手渡す。いつも使っている藍染めの一品をありがたく借りつつ、血は付かないように注意して拭いた。
「わかったよ。俺が悪かった」
「別にキミが謝る必要はない。元はと言えばボクのせいだからね。ほら」
「サンキュー…………っておい!」
ハンカチと引き換えに差し出されたのは、可愛い猫が描かれた絆創膏。阿久津にしては女子らしいグッズに少し驚きだが、別に突っ込んだ理由はそこじゃない。
俺が受け取ろうとした瞬間に、少女は何故かサッと手を引いた。お礼の言葉はちゃんと言った筈だが、今度は一体何を言われるというのか。
「ボクが付けよう」
「…………へ?」
「利き手の利き指だと巻きにくいだろうからね。ボーっとしていないで、こっちに指を出してくれるかい?」
思わぬ提案にキョトンする。
ぶっちゃけ巻きにくいなんてことは全然ない。確かに俺は不器用だが、流石に絆創膏くらい利き指だろうと普通に巻ける。随分と甘く見られたもんだ。
しかしここで反抗したら「失敗して絆創膏を無駄にされるのは困るけれどね」とか言い返される気がするし、黙って大人しく指を出すべきだろう。
「…………」
少女の細い指先が、丁寧に俺の人差し指へと絆創膏を巻いていく。
実際にやってもらってから気付いたけど、ひょっとしてこれ結構貴重な体験だったりするんじゃないか?
シチュエーション的には、慣れない夕飯を作ろうとした夫のイメージだ。
『全く、包丁を使う時は猫の手と言ったじゃないか』
『悪い悪い。隣にいた嫁が可愛過ぎるせいで、よそ見しちゃってな』
『ば……馬鹿なことを言っていないで、早く残りを切ってくれるかい? 朝食がおかず抜きになってもボクは知らないよ』
『おかずならあるさ。ここにな』
『ボクをおかず呼ばわりとはね。メインディッシュじゃないのかい?』
(…………良い! 凄く良い!)
心がぴょんぴょんして、トゥンクトゥンクもしてる。
阿久津が水洗いをせずに俺の指を咥えてくれたら満点だったが、流石にそこまで贅沢は言うまい。ああ、これがラブコメの波動を感じるってやつか。
「しかしボクを10tトラック呼ばわりとはね。いい度胸しているじゃないか」
「………………すいませんでした」
ラブコメの波動は、いてつく波動によって打ち消された。現実は非情である……っていうか阿久津さん、この絆創膏ちょっとキツくないですか?
応急処置も終わり試合再開。冬雪が眠そうに欠伸をし、火水木が何故か眼を逸らし、伊東先生が妙にニヤニヤしていたのは全て気のせいだと思う。
「陸奥の――――」
『パシッ』
札の位置を覚えていたのか、阿久津が早々に手を伸ばす。流れるように札を取っていく少女に手も足もでないが、そこは大した問題じゃない。
俺の中で生じる微かな疑問。ひょっとしたら偶然かもしれないとも考えたが、ゲームが進んでいくにつれてそれは確信へと変わっていった。
「恋すてふ――――」
『ペタッ』
「逢ふことの――――」
『ピトッ』
…………阿久津が札を飛ばさない。
原因は間違いなく先程の一件だろうが、これは予想だにしない緊急事態。相変わらず正座を崩す様子もなく、このままでは暗黒空間すら見えないままだ。
「君がため・惜しからざりし――――」
そうこうしている間に、どんどん枚数が減っていく。
状況は3:7くらいで劣勢。どうすればいいか考えるせいで判断が遅れ、余計に差が開く一方という悪循環に陥っていた。
「…………なあ阿久津」
「何だい?」
「全力とか言った癖に手加減か?」
「そういう台詞は、優勢になってから言ってくれるかい?」
確かにコイツの言う通りだ。
そっちがそのつもりなら、こっちにだって考えってもんがある。
「由良――――」
「っ?」
阿久津側にあった札を、勢いよく吹き飛ばした。
五十枚全ての位置を把握するなんて集中力のない俺には無理だが、枚数が減ってくれば話は別。どこに何の句があるか段々と把握できてくる。
「わかったよ。ちょっと本気の本気出す」
「今更かい?」
「有馬――――」
「!」
一旦、スカートの中を覗くことは忘れよう。
迷いが晴れ集中した結果、連続で札を飛ばす。これでも米倉家で時折行われるトランプのスピード勝負では定評があり、反射神経と速さには自信があった。
「中々やるね」
そんな俺を見た阿久津は不敵に笑う。まだまだ勝負はこれからだ。
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