三日目(土) 百人一首が暗黒空間だった件
「さて、それじゃ早速始めるわよっ!」
「何をだい?」
「百人一首に決まってるじゃない! ネック、ろくろ移動させなさい」
「おいおい、床でやるのかよ? 机で良くないか?」
「こういうのは雰囲気が大事でしょ?」
陶芸室で百人一首という時点で雰囲気も何もない。茶道部や華道部にお邪魔して畳の上でやるなら話は別だが、そんな真似ができるなら最初からSOS団なり隣人部なり奉仕部を設立していただろう。
レジャーに行く訳でもないのに、大きなレジャーシートを取り出す火水木。そのスペースを確保すべく、戻すのに苦労しない程度で重いろくろを動かす。
「じゃんじゃじゃーん!」
「何で二組も持ってるんだよ?」
「困った時にはおいでよー♪ ああー火水木文具ー♪」
「テーマソングあんのっ?」
「ある訳ないでしょ。即興よ即興」
その割にはCMのサウンドロゴみたいで、普通に完成度高かったな。
「あれやるわよ! グーパーグーパー……何だっけ?」
「「グーパーグーパーグゥーパァだよ」」
「……ハモった」
「はいはい。グーパーグーパーグゥーパァね」
ここで百人一首というものについて、軽く確認をしておこう。
単純なかるたの一種ではあるが、普通の違う点は読み手が上の句を読み上げるのに対し、俺達はそれに繋がる下の句を取らなければならない。
そして百人一首には色々な遊び方があるが、今回は競技かるたのルール。百枚全てを使うのではなく、半分の五十枚を互いに二十五枚ずつ分けて並べてある。
「先生、今の時期は忙しいんですけどねえ」
「そう言わずに、青春に付き合ってよイトセン」
「青春なら仕方ありませんねえ。それでは始めますよ」
火水木が伊東先生を呼び戻して準備完了。今回はトーナメント方式であり、一回戦の対戦カードは俺VS冬雪、阿久津VS火水木に決定した。
「……」
チラリと正面を見ると、眠そうな少女がちょこんと正座している。
高校生活において床へ座る……それも正座なんて滅多にない。短いスカートだと太股が露わになり、中々にグッドな光景だ。
「む――――」
「むっ!」
「ほぁいっ?」
その速さは、正に変態だった。
伊東先生が一文字目を口にした瞬間、勢いよく俺の膝へ札が飛んでくる。しかし動いたのは冬雪ではなく、隣のフィールドで戦っていた火水木だ。
「なんじゃあっ?」
「アタシが飛ばしたの」
「飛ばすなよっ!」
「何馬鹿なこと言ってんのよ? 競技かるたってこういうもんじゃない」
「天海君の言う通りだね。これは飛ばすための並べ方だよ」
確かに阿久津の言う通り札は三段に並べているが、左右に離しており真ん中はガラ空き。右や左に吹き飛ばせと言わんばかりの配置だな。
そして頭文字が『む・す・め・ふ・さ・ほ・せ』の七枚は一枚札と呼ばれ、一文字目で下の句が判別できる。でも今の超反応はヤバイって。
「続けますよ? 村雨の・露もまだ干ぬ・まきの葉に・霧立ちのぼる・秋の夕暮」
回収しに来た火水木へ札を手渡した後で、伊東先生が続きを読んだ。
俺達の側には該当の札はない。全部ではなく半分の五十枚を使っているため、こうした読まれない札、いわゆる空札もあったりする。
「もろ――――」
「はっ!」
「またかよっ?」
再び膝目掛けて滑りこんでくる札。わざとなの? 狙ってるのこれ?
さっきは一枚だったのが、今回は流星群の如く何枚かまとめて飛んできた。そして札を飛ばした張本人が、一々立ち上がるなり札を回収しにやってくる。
「すまないね」
取りに来たのは阿久津。やはりお前も上級者だったか。
スーパーサ○ヤ人の戦いを眺めているヤ○チャの気分ってのは、きっとこんな感じなんだろう。もうあの戦いが事実上の決勝戦でいいんじゃないかな。
「ひさかたの・光のどけき・春――――」
対する冬雪はと言えば、これくらい読まれてようやく手が伸びる程度。札を吹き飛ばすこともない、実にのんびりとして平和な戦いだった。
自分の陣地にある札を取った場合はそのまま続行だが、相手の陣地にある札を取った場合は自陣の札を適当に一枚選び敵陣に送る。これを繰り返し、先に自陣の二十五枚を無くした方が勝ちだ。
「……」
「…………なあ冬雪」
「……何?」
「ひょっとして、まだ覚えてないのか?」
「……半分くらい」
上の句と下の句を覚えていなければ札は取れない。次々と読まれる中で少女が手を伸ばす頻度の少なさに疑問を抱き尋ねると、冬雪は静かに答えた。
「それならそうと早く言えよ。米倉式記憶術を教えてやろう」
「米倉式……」
「記憶術……」
「そこ二人。何でそんな胡散臭そうな目で俺を見る」
「別に何も言ってないわよ?」
「音穏、録音しておくといい。訴える際の証拠になるからね」
「理由がおかしいだろっ!」
覚え方を教えるだけで、一体何を訴えられるというのだろう。ああでも女子に下ネタは流石にマズイか……ちょっと反応を見てみたいけど。
「憂かりける・人を初瀬の・山おろしよ・激しかれとは・祈らぬものを」
「例えばこれは『うっかりハゲ』だ。憂かりけるで、激しかれとは……だろ?」
「……うっかりハゲ……他には?」
有名どころだと思ったが、どうやら冬雪は知らなかったらしい。まあ性格から考えても語呂合わせとか使わずに、真面目に覚えてそうだもんな。
火水木が百人一首を企画した理由の半分はテスト勉強のため。隣で繰り広げられるような戦いも良いが、こうした教え合いも『いとをかし』だろう。
「みかの原・わきて流るる・いづみ川・いつ見きとてか・恋しかるらむ」
「ミカの腹は、いつ見てもキモい」
「……可哀想」
「天の原・ふりさけ見れば・春日なる・三笠の山に・出でし月かも」
「天の原のレールガンだな」
「……何それ?」
「サクラはサクラは知らないのかと驚いてみたり」
「高砂の・尾の上の桜・咲きにけり・外山のかすみ・立たずもあらなむ」
「ウチのクラスの高砂いるだろ? アイツ富山出身なんだよ」
「……そうなの?」
「いや、ぶっちゃけ知らん」
「嘆きつつ・ひとり寝る夜の・明くる間は・いかに久しき・ものとかは知る」
「嘆くイカちゃん……つっても知らないか」
「……覚えたでゲソ」
「知ってたっ?」
こんな調子で札を取りながら覚え方を説明。他にも「ホトトギスがタダ」とか「足長おじさん」なんてのも教えたが、その辺りは覚えていたらしい。
依然として隣からは札が吹っ飛んでくる。膝ならまだしも俺達の札へ突っ込むと並べ直しが面倒だったが、そんな感じで勝負は淡々と進んだ。
「淡路島・通ふ千鳥の・鳴く声に・いく夜寝覚めぬ・須磨の関守」
俺の札は残り四枚……いや、これで三枚か。
対する冬雪側はまだ十枚以上残っている。一方的な試合に退屈していないかと顔を上げた際、ふと今まで気にもしていなかった事態に気付いた。
正面にいる少女の座り方は、疲れたのか正座を崩した女の子座りに。膝頭が離れたことで太股の内側が見え、その奥には見えそうで見えない空間が。
「………………」
「……ヨネ」
「っ? な、何だ?」
「……今の覚え方は?」
「え? あ、ああ。淡路島行くよ……だな」
「……覚えやすい」
視線には気付かれなかったけど、ちょっとガン見し過ぎたな。
しかし一度気付くと、気になって仕方ない。ちょっと姿勢を低くしたら見えそうだし、遠い位置にある札を取る際に覗けたりしないだろうか。
「きりぎりす・鳴くや霜夜の・さむしろに・衣かたしき・ひとりかも寝む」
そんなことを考えていた矢先、上手い具合に冬雪側の札が読まれる。
不自然にならないよう腕を伸ばしつつ上体を下げたものの、ギリギリ見えそうで見えない。もっと奥の札が読まれなきゃ駄目だな。
絶対領域も魅力的だが、あのスカートに隠れた空間はそれ以上に違いない。ここまで視線を引き寄せるあの秘境を、暗黒空間と名付けよう。
「……ヨネ」
「っ? な、何だ?」
「……一枚、貰ってない」
「あ、ああ。悪い悪い」
自陣にあった札を適当に選び冬雪へ手渡す。少し落ち着けよ俺。
どうせスカートの下には、ハーパンやスパッツやブルマを穿いている。期待したところでパンツなんて見えないし、そもそもあんなのただの布だろ。
「みせ――――」
「てやあっ!」
…………しかしその布に興奮するのが男ってやつだよな。
例えハーパンでもスパッツでもブルマでも、スカートの中ということに意味がある。火水木や阿久津並の超反応で、飛びつくように札を取った。
(見え…………っ!?)
ヘッドスライディングする勢いで、姿勢を低く維持する。
そしてその光景に、思わず目を疑った。
(き、気のせい……か……?)
いやいや……まさか、そんなことある訳ない。
れれれ冷静になれ。まだあわわわわわわわわわわわ。
「……ヨネ?」
「お、おう!」
…………もう一度だけ、確かめる必要があるな。
冬雪に札を渡した後で自陣の残りは一枚となり、ラストチャンスが来るのを待つ。狙いは遠い位置にある札のみであり、それ以外は完全に無視だ。
「す――――」
瞬間、俺は風になった。
時間にしてコンマ数秒の出来事だったが、しっかりと目に焼き付ける。
(縞々だぁああああああああああああああああああっ!)
ハーパンでも、スパッツでも、ブルマでもない。
それは紛れもなく、白と水色の桃源郷だった。
(マジですかっ?)
頭の中で興奮と疑問が次々と湧いて溢れだす。だってパンツだよ? 何で? それも縞パンだよっ? 何で? 世界平和の象徴だよっ!? 何で?
「……私の負け」
ポツリと呟く少女だが、勝敗なんて最早どうでもいい。
制服のスカートの下がパンツでないことは姉妹で確認済み。たまにクラスの女子も無防備な姿を晒しているが、見えるのは黒一色だった。
(何で穿いてないんですか冬雪さんっ? いやそう言うと誤解を招くけど、でも普通は穿いている筈なのに穿いてないって……ごちそうさまですっ!)
ちょっとした興奮剤により俺のクララが立ち上がってしまったので、気付かれないよう上手く隠しつつ椅子へ座った。静まれ、静まりたまえ。
「勝ったのは櫻かい?」
「あ、ああ……」
阿久津と火水木の二人も、いい勝負をしていたようだが決着は近い。残り枚数は一枚と三枚。優勢なのは阿久津で、火水木は黙って集中している。
「つく――――」
二人が同時に動く。
読まれたのは阿久津の右側、すなわち火水木の左側にある札。利き手側という僅かな差も影響したのか、札を飛ばしたのは阿久津だった。
「負ーけーたーっ! 悔しぃーっ!」
「良い試合だったよ」
「ツッキー、アタシを倒したからにはネックなんかに負けちゃ駄目だからね」
何かスポ根ものっぽくなってるけど、こっちはそんなに熱い戦いを繰り広げてないんだよな……まあ、ある意味では胸熱だったけどさ。
決勝の相手が阿久津に決まると、俺のペーターが再びヨーデルした。応援してくれるのは嬉しいが、頼むから試合中は立ち上がらないでくれよ相棒。
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