三日目(土) 焦らしは効果抜群だった件

「……ヨネ」

「ん?」

「……部活」


 数学・英語の後で昼休憩を挟み国語という三科目を終え放課後になると、今日は初期の席位置だったにも拘わらず冬雪が俺の元へやってくる。

 今となっては習慣づいており違和感はないが、逆にこれだけ親しくなっているからこそチョコが貰える……そんな風に考えていた時期が俺にもありました。


「なあ冬雪」

「……何?」


 部活に行く前に、何か忘れてないか?

 そんな質問をしようとしたが、首を傾げた少女を見て諦める。頭にバの付くやつとかヒントを与えて、バルスとか言われ日には俺が破滅するわ。


「いや……その、顔に寝てた痕が残ってるぞ」

「……っ?」

「悪い、冗談だ冗談。行くか」

「……ヨネ、意地悪」


 まあ最後の国語で息絶えてた姿は、後ろから見てたけどな。

 普段が割と無表情なだけに、冬雪が時折見せる羞恥の姿は何ともそそられる。程良い身長差から頭を撫でたくなるが、同級生相手には中々できない。


「……模試、難しかった」

「それな。何が一番難しかったよ?」

「……数学」


 周囲の反応は冬雪と同じだったが、俺の中では一番できていたりする。難易度的には、やっぱ苦手教科になりつつある英語が辛かったか。

 しかし評論も小説も古文も漢文も意味不明で、わろしって感じだった国語も微妙。作者の気持ちを選べとか、知らんがなと激しく突っ込みたい。


「……ヨネは何が一番難しかった?」

「志望大学記入するやつ」

「……そこ?」

「いやマジで。東大とか書いたんだぜ?」

「……行くの?」

「行かねーよっ! ってか行けねーよっ!」


 第四希望まで枠を用意されても、こちとら知ってる大学なんてほとんどない。ジーマーチなんて言葉も、黒光りする害虫の行進曲と勘違いしてたからな。


「冬雪は進路とか何にしたんだ?」

「……とりあえず芸術」

「流石は匠だな。やっぱ陶芸家になったりするのか?」

「……そこまでは考えてない」

「一言に芸術といっても、学校の先生なんて選択肢もありますからねえ」


 芸術棟の一階に足を踏み入れた際、準備室から出てきた伊東いとう先生と偶然にも鉢合わせする。冬雪が学校の先生……それはそれで見たいかもしれない。


「……こんにちは」

「ちわっす」

「おはようございます。米倉クン、冬雪クン。休日出勤お疲れ様です」


 一緒に陶芸室へ入ると、まだ残りの二人は来ていないらしい。俺達は定位置に荷物を置き、白衣を着た陶芸部顧問は黒板前の椅子に腰を下ろす。


「そういえば、先生はどうして先生になったんですか?」

「ノリ……ですかねえ」

「軽っ? ノリでなれる職業じゃないですよね?」

「そうは言われましても、今の米倉クン達と大して変わりませんよ。何となく興味があったので教育系の大学に入った後は、勢いに流れるままでしたねえ」


 やっぱり将来なんてそんなものなんだろうか。ちなみに伊東先生を見て教師もいいなと考えた結果、今回の進路には教育系の大学を中心に書いていたりする。

 仮に教師になるとしたら、俺もああいう緩い先生になりたいな。


「……センセイ、バレンタイン」

「おお、嬉しいですねえ」

「……………………」


 前言を撤回する。あの人は俺の敵だ。

 斜め前で冬雪がゴソゴソと鞄を漁り一体何をしているのかと思いきや、如月にも渡していた手作りの小さな箱を取り出すなり伊東先生へ手渡していた。


(何でだ冬雪っ! 好みか? 先生みたいなタイプが好きなのかっ?)


 圧倒的な敗北感によるショックで机に伏せる。

 落ち着いて考えてみれば、義理チョコなんて所詮は返すのが面倒なだけの代物。いっそ貰えない方が勝ち組じゃないだろうか。うん、そうに違いない。


「……ヨネもバレンタイン」

「っ?」


 とりあえずマッハで起き上がった。あまりの速さに眩暈がしたくらいだ。

 眠そうなボブカットの少女が差し出してきた小さな箱。聞き間違いでも見間違いでもなく、それは誰でもない俺へと手渡される。


「お、俺にくれるのか?」

「……(コクリ)」

「マジでっ?」

「……マジ」

「冬雪ぃーっ!」


 …………と叫んで抱き締めそうになったが、葵ならまだしも目の前の少女相手では流石にマズイとギリギリのところで踏み止まる。

 伊東先生という人目がなかったら、割とマジで危なかったかもしれない。だって今の俺には冬雪が天使に見えるし。こんなん惚れてまうやろー!。


「ありがとうな。でも何で今なんだ? クラスで渡してくれれば良かったのに」

「……陶芸部とルーの分しか用意してない」

「あー」


 アキトの奴が傍にいたら、間違いなく「拙者の分は?」って聞いてたな。

 お預けを食らう犬はこんな気分なんだろうか。散々引き延ばされ絶望した後で貰ったチョコは、普通に渡されるより遥かに喜びで満ち溢れていた。


「ハッピーバレンタイーン!」

「おや、おはようございます火水木クン」

「……マミ、お疲れ」


 踏み止まって正解だったとばかりに、絶妙なタイミングで火水木が登場。もし衝動的に抱きついていたら、確実に噂が広まっていたところだ。

 火水木はいつも通り俺の隣へ鞄を置くなり、ネジチョコを遊びつつ食べていた伊東先生にラッピングしたチョコを差し出す。


「はいイトセン、プレゼント」

「ありがとうございます。この年になって女子高生からチョコレートを貰えるのは、高校教師……いえ、陶芸部顧問ならではの役得ですねえ」

「渡したら渡し返す。倍返しよ」

「それを言われると先生、何だか喜びが半減です」


 言うほど年でもなくまだまだ若いけど、そういや何歳なんだろう。

 伊東先生に渡した後で、火水木は俺にも同じ物を差し出してくる。冬雪もそうだったが、何で先生が先なんだ? 年功序列なのか?


「はいネック」

「おめでとう! ネックはハイネックに進化した!」

「くだらないこと言ってるとあげないわよ?」

「…………うん、普通だな」

「何よ? ひょっとしてアタシが、食べたら卒倒するような毒物でも作って来ると思ったの? そんな料理音痴がいるなら会ってみたいわよ」


 毒とまではいかずとも、うちの妹がそれに近い気もする。

 当然ながら貰えるのは嬉しいが、冬雪の時に比べると感動が薄い……いや、恐らく冬雪からも朝の段階で渡されていたら、きっと喜びはこの程度だった。

 チョコの所持数が0個と1個の違いなのか、はたまた焦らされた効果なのか。原因は定かではないが、別に火水木が劣っている訳じゃない。


「いや、こっちの話だ。サンキューな」

「どう致しまして」


 寧ろ手作りである分、ポイント的には火水木の方が上か。

 受け取った袋の中にはハートやら星型のチョコレートが何個か詰められており、大量生産の割にはクオリティも高かった。

 これで今年は二つ目。環境一つでここまで変わると考えると、健全なる男子高校生諸君は義理でもチョコが欲しければ女子のいる部活に入ろう。


「ネックも倍返し宜しくね」

「袋を二重にすればいいんだろ?」

「何でそこを倍にするのよっ! はい、ユッキーも。お返しとか別にいいから」

「おい」

「……私もマミに用意してある」


 冬雪が手作りチョコ(※ただし箱に限る)を火水木へ手渡す。どうやら中身は全て共通らしく、ネジチョコを見た少女は興味津々といった感じだった。


『ガラッ』

「!」


 そんな中でドアの開く音がすると、本命とも言える少女が現れる。この幼馴染から貰えるなら、義理どころかチ○ルチョコでも嬉しい。


「やあ」

「……ミナ、お疲れ」

「おはようございます阿久津クン」

「ツッキー、ハッピーバレンタイン!」

「ありがとう。手作りなんて、大変じゃなかったかい?」

「まあ量もあったから、ちょっとしんどかったわね」


 早速阿久津へ量産型ザク……じゃなくてチョコを渡す火水木。今日がバレンタインであることを強調させる、実にナイスなファインプレーだ。

 そして俺はといえば、百人一首のプリントを眺めつつ聞き耳を立てている。朝の余裕はどこへやら、結局は太田黒や但馬と同じでソワソワしていた。


「クラスメイトの分は、どれくらい作ったんだい?」

「とりあえず女子全員だから二十個くらい?」

「驚いたね。二十個なんて中々できないよ」

「……凄い」

「そんなことないってば。一個作るのも二十個作るのも、何なら四十個でも大して変わらないし。まあ男子全員にはポッキー渡してきたけどね」


 いやいや、それは流石に違うだろ。

 コイツのこういう積極性には本当に驚かされる。下手したらクラスで男子の一人や二人、冬雪現象(仮名)を起こして惚れている奴がいるんじゃないか?


「……ポッキー?」

「ほら、中には手作りを不気味がって嫌う男もいるじゃない? それにポッキーならアタシとしても色々……じゃなくて、ポッキーって美味しいし」


 前言を撤回する。やっぱりコイツはただの腐女子だ。

 きっと今日のF―2は『ウホッ! 男だらけのポッキーゲーム』な地獄絵図だったに違いない。ウチのクラスでも葵を誘うアホが数人いたっけな。


「……私からも、ミナにバレンタイン」

「ひょっとしてこの箱は、音穏の手作りかい?」

「……(コクリ)」

「えっ? そうだったのっ?」

「ありがとう。大切にするよ」


 一目見ただけで気付ける阿久津さん、マジぱないっすわ。

 心なしか嬉しそうな表情を浮かべる冬雪。しかし今の俺はそれよりも、目の前にいる幼馴染のチョコ事情が気になって仕方なかったりする。


「二人とも申し訳ないけれど、お返しはホワイトデーでもいいかい? 今年は模試のせいで作る時間が取れなくてね」

「……大丈夫」

「お返しとか別にいいってば。アタシが渡したいから作っただけだし」

「それならボクも返したいから作らせてもらおうかな」

「ありがと。でも友チョコって正直面倒よね。渡す相手とか――――」


 三者三様のバレンタインが語られる中、俺達男性陣は話に入れず……と思っていたら、伊東先生はいつの間にか逃げ出していた。大人ってズルイな。

 どうやら話を聞く限り、阿久津はチョコを作っていないらしい。ただ冬雪のケースがあったためか、表面で諦めていても心の底で期待している自分がいた。

 作る時間がなかったのは友チョコであり、もしかしたら俺の分は……そんな妄想をしていると、向かいに座り模試の自己採点を始めた阿久津が口を開く。


「ああ、そうだ……櫻」

「っ?」

「誕生日おめでとう」

「お、おお。サンキュー」


 丸付けをしていた阿久津が顔も上げずに、淡々と祝福してきた。

 それ以上のことは特になく、贈られたのはその一言だけ。バレンタインかと思った後の肩透かしだった上に、素っ気ない言い方で割と寂しい。


「……ヨネ、今日が誕生日?」

「ん? ああ」

「それならそうと早く言いなさいよ! バレンタインが誕生日なんて、チョコもプレゼントも二重に貰えて超ラッキーな一日じゃない!」


 間抜けがここに一人いた。まあ今回はチョコをくれたし黙っておこう。

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