三日目(土) バレンタインの朝はドキドキだった件

「誕生日うめでとうお兄ちゃん! 梅から愛のプレゼントだよ!」

「そういう誤解を招く発言をするな」

「そしてそしてバレンタイン! 梅の大好きなキノコだよ!」

「連続でそういう誤解を招く発言をするな」

「別に誤解じゃないもん。梅が大好きなのは~、お兄ちゃんの……キ・ノ・コ❤」

「お、おいっ! 梅っ?」

「わっ? お兄ちゃんの、凄い硬くなってる……梅の口に入るかな?」

「何してんだよお前っ?」

「いただきま~す。あ~~~んむっ!」






「――――的なことがあったのでほぶっ?」

「言いたいことは色々あるが、とりあえず破壊するわ」

「ちょまっ! 正直スマンかったっ! スマンかったからそれ以上いけないっ! 折れるっ! 最高のパートナーである拙者の右腕が折れるっ!」

「じゃあこっち」

「指ぃいいいいっ! ちょっ! マジ勘弁っ! ギブギブギブッ!」


 本日は二月十四日。異性に縁のない男は『煮干しの日』だの『ふんどしの日』だの現実から逃避するが、どう足掻いても世間がバレンタインなのは変わらない。

 天気は見事に青空が広がる快晴であり、これだけ良い天気なら通学途中に所々で残っていた雪も全て溶けてしまいそうだ。

 そんな清々しい朝の教室で、俺は爽やかにアキトの関節を極めていた。


「さ、櫻君、落ち着いてっ!」

鳩尾みぞおち突いて? よしわかった」

「違ふぼっ! ちがっはうっ! ちがぁああああっ!」

「血が? 安心しろアキト。関節技に血は出ないぞ」

「れ、冷静に話し合おうよっ?」

「ああ、そうだな。来世に話し合おう」

「えぇっ? 微妙に間違ってるよ櫻君っ! まずは怒りを鎮めてっ!」

「そうだな。錨を付けて海に沈めたい気分だ」

「ええぇっ?」


 慈悲はない……と言いたいがここら辺で勘弁してやろう。純粋な心を持ちながら激しい怒りによって、伝説の戦士へと目覚めるところだったぜ。

 俺がアキトを解放するとその場に膝をついたので、仲直りに手を差し伸べた。


「はぁ……ひぃん……し、死ぬかと思ったお」

「や、やりすぎだよ櫻君」

「いいか葵、想像してみろ。仮にクラスの男子連中がお前を女と見て、あんなことやこんなことを妄想してたらどんな気持ちになる?」

「…………うん。それは許せないかも」

「相生氏っ? 助け手ぇえええっ!」


 引き上げる際に掴んだ掌を握力で力の限り握り潰しつつ、骨をゴリゴリしまくってやった。陶芸で鍛えた成果なのか、どうやら効果は抜群らしい。


「で、でも暴力は良くないよ!」

「ふむ……葵、そこにあるアキトのスマホ取ってくれ」

「えっと……こ、壊したら駄目だよ?」

「安心しろ。精神的攻撃に切り替える」

「もちつけ米倉氏……拙者のスマホで何をする気だお……?」

「俺の考えうる限り、最高にダサイ恰好へヨンヨンを着替えさせておく」

「テラヒドスッ!」


 人の妹で勝手な妄想した奴には言われたくない。まだクラスにいるのが男子数名だったから良かったものの、下手すれば風評被害もいいとこだ。


「そ、それで話を戻すけど、妹さんからチョコ貰ったの?」

「ああ。黒い稲妻を渡された」

「キノコでもタケノコでもない件」

「ウチの妹を戦争に巻き込むな」


 ちなみに梅からは誕生日プレゼントも合わせて貰ったが、中身はまさかのノート五冊セット。いつぞやの阿久津を彷彿させる贈り物には悪意しか感じない。


「えっと……アキト君は、火水木さんからチョコ貰えた?」

「貰ったら負けだと思ってる。しかし恐らく貰う羽目になりますな」

「ど、どういうこと?」

「天海氏は友チョコを大量生産してるんだお。既に味見の段階でカロリーを気にしてたっぽいので、余った分は全部拙者に回ってくる希ガス」

「ホモチョコ?」

「否定できないでござる。くやしいのう、くやしいのう」


 友チョコなんて文化が生まれたのは、一体いつからだろう。姉貴が面倒臭いと言いつつ作っていたのが印象的だが、それならやらなきゃいいのにな。

 C―3でも女子達が登校するなり、まるで名刺の如くチョコを交換し合っている。しかし男子まで渡しに来るような女子は中々いない。


「相生様ーっ!」

「葵様ーっ!」

「女神様ーっ!」

「「「チョコのお恵みをーっ!」」」

「つ、作ってないし、女神じゃないよっ!」


 イケメン勢が登校するなり、葵へお決まりの冗談を言いに来る。きっとコイツらはきっと彼女なりマネージャーなり、チョコを貰える当てがあるんだろうな。

 余裕のない男子は今日に限って早く登校しているため、読書やスマホで誤魔化してもすぐにわかる。太田黒(おおたぐろ)と但馬(たじま)、お前らの気持ちはよくわかるぞ。

 俺だってもしも陶芸部に入ってなかったら、きっと今年のバレンタインは誰からも貰えなかったに違いない。


「そういえば米倉氏、誕生日おめ」

「覚えたのかよ」

「えっ? 櫻君、今日が誕――」

「ストップだ葵。あんまでかい声で言うな」

「ど、どうして?」

「葵、お前は何もわかってない」


 大抵の間抜けは俺の誕生日を知って「バレンタイン生まれとか、チョコとプレゼント両方貰えて羨ましい」とか馬鹿なことを言うがクソ喰らえだ。

 やれやれと溜息を吐いた後で、俺は大きく息を吸い込み静かに応える。


「元旦生まれはお年玉が沢山貰えるのか? クリスマス生まれはプレゼントが倍貰えるのか? 違うだろ。バレンタイン生まれだからって、チョコが貰える保証はないんだよ。寧ろ自分の誕生日にも拘わらず、別に誕生日でもない野郎共が女子からチョコを貰ってるんだぜ? 何なの? 喧嘩売ってるの? そのお前が貰ったチョコを、俺の嫉妬の炎で溶かしてチ○コに作り変えてやろうか? おら一文字違いだ食え――――」


 話の途中でアキトに肩を掴まれ、黙って首を横に振られた。

 声量は抑えていたが、どうやら大分ヒートアップしていたらしい。まだまだ言いたいことは山のようにあるが、残りは喉の奥へと飲み込んでおこう。


「ご、ごめん。色々と大変なんだね」

「わかってくれりゃいいさ……と、こんなもんか。ほれできたぞ」

「ヨンヨォーンッ!?」

「今日一日はそれな」


 テーマは世紀末。棘付き肩パッドなんて装飾品があったのでヒャッハーな感じにしてやった。髪型だけは変えられなかったのが残念でならない。

 ヨンヨンを弄り尽くして気が晴れたので、おもむろに鞄を開けると如月から預かった電子辞書を取り出す。


「あっ! 櫻君、ロック外せたの?」

「とりあえず2079までは試したけど、全くもって開く気配がない」

「そ、そうなんだ……2079ってことは、日付でも年号でもないんだね」

「しかしまた実に中途半端な数で止めましたな」


 聞いた誰もがそう思うだろうが、俺にとっては縁のある数だ。


『2079円……かな?』


 今年の最初に夢野から伝えられた、最後の金額。勿論心当たりは一切なく、そんな大金を昔の自分が出したことすら疑わしい。


「2079と言えばあれだお」

「何かあるのかっ?」

「2079年問題ですしおすし」

「あー、あったなそんなの」

「えっと……2079年問題って?」

「2079年になった瞬間、全人類がゆるキャラになる」

「えぇっ?」


 ※2079年問題とは、日付が2079年12月31日を越えると、コンピュータが誤動作する可能性があるとされる問題である(出典:俺ペディア)


「梨汁ブシャーッ!」

「青汁ブシャーッ!」

「ええぇっ?」

「ほら、葵も何かブシャーしろよ」

「え、えっと……み、味噌汁ブシャーッ?」

「わかってねーな」

「うむ。わかってないお」

「えええぇっ?」


 最近見なくなったけど、彼は今頃どこで何をしているんだろう。洋梨だけに用無しとか、そんなくだらないギャグを絶対に誰かしら口にしたと思う。


「話変わって相生氏。リリス攻略は順調で?」

「そ、それが昨日は会えなくて……」

「ああ。その件について、少し仕入れた情報がある」

「情報の詳細キボンヌ」

「昨日は俺が偶然エンカウントしたんだ。聞いた話によると、リリスは基本的にダンジョンFの三階でレベル上げをしてるらしい」

「おk把握」

「レ、レベル上げって?」

「テスト勉強」


 葵が納得した様子を見せた後で、俺は夢野が成績に悩んでいた旨を二人に話す。それを聞いたアキトは、眼鏡をクイッと押し上げた。


「となれば相生氏の行動は限られますな」

「た、確かに来週から部活停止期間に入るけど……ぼ、僕がFハウスの三階まで自習しに行くのは流石に不自然じゃない?」

「それに関しては拙者にいくつか策が…………おいっす冬雪氏」

「……おはよ」


 眠そうな少女にいち早くアキトが気付き、一旦話を中断させる。冬雪は自分の席へ鞄を置くと、電子辞書を弄る俺を見て首を傾げた。


「……開いた?」

「まだだな。今で全体の二割くらいだ」

「……頑張って」

「おう」

「……」


 …………あれ? 冬雪さん、バレンタインは?

 席へ着くなりペタンと机に突っ伏す少女……いやちょっと待てって。バレンタインっていつ渡すの? 今でしょ? 今しかないよねっ? なうっ!

 昨年が家族の分を除けば貫録の0個にも拘わらず、今年の俺が余裕なのは陶芸部という後ろ盾があったから……の筈が、思わぬ非常事態に焦り始める。


「……ルー、おはよ」

「ぅ」

「……これ、バレンタイン」


 やべーよ、先行きが不安になってきたぞ。

 自惚れも甚だしいが、冬雪からは内心貰えるとばかり思っていただけにショックがでかい。まさか今年もこのまま0個とか……いや流石にそれはないよな?


「……手作り」

「何ですとっ? 冬雪氏の手作りチョコとなっ?」


 余裕のなくなってきた俺をよそに、冬雪の言葉へアキトが食い付く。当然の如く如月がビクっと驚き、受け取った箱を守るように大事に抱えた。


「これは失敬。拙者は気にしないで、どうぞ」


 そう言われても視線が気になるのか、沈黙の少女はチラチラとこちらを見る。その後で丁寧に包みを剥がすと、ゆっくりと箱を開けた。




『北九州世界遺産・ネジチョコ』 




 中から出てきたのは、ビニールに包まれた茶色のボルトやナット。パッケージを見る限りどう見ても市販品であり、手作りとは思えない……ってか絶対違う。


「あっ! そ、それって本当のネジみたいに締められる話題のチョコ?」

「……そう」

「なあ冬雪。手作りって言ってなかったか?」

「……箱が手作り」

「箱かよっ!」


 確かに妙にお洒落だと思ったけど、力入れるのそこじゃないだろ。

 結局冬雪からチョコは貰えないまま、模試のため懐かしの出席番号順へ席を移る。そして隅の席へ移動した葵は、次々と女子から友チョコを渡されていた。


「米倉氏、ひょっとして拙者達……」

「ああ、完全に邪魔者扱いだったみたいだな」

「もう駄目ぽ」

「後で爆撃に行くか」

「異議なしっ!」


 俺達の教義は『イケメン殺すべし。リア充しばくべし』に決まりだな。

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