二日目(金) 初めて聞いた歌がラーメンソングだった件

 今日の七限は久々に委員会活動があった。

 俺が所属しているのは、屋代学園の生徒会誌を作成する編集委員。入学当初に手軽そうと判断して選んだが、予想通り楽で今までの活動は僅か二回だけである。


「――――以上で本日の委員会を終わりにします」


 前回の会議で決まったのはページ割りと作成上の注意点。そして今回の会議では編集方針を決め、来週までにクラスのページを提出するようにとのことだった。

 そんな話を耳に入れつつ、黙々と電子辞書をタイピング。一応1231まで試し終わったがロックは開かず、何かしらの日付という線はないらしい。


「如月さん、何かやりたい企画とかある?」

「(フルフル)」

「じゃあ俺が適当に決めちゃっていいか?」

「(コクコク)」


 編集委員のパートナーである如月に色々と尋ねてみるが、彼女は相変わらず首を振るだけ。きっと前世は扇風機だったに違いない。


「なら月曜……は振替で休みだから、火曜に何かしらアンケート取って放課後に集計しよう。ページまとめは頼んでもいい?」

「(コクコク)」

「うし、そんじゃそんな感じで。お疲れさん」


 口を小さく開いたように見えたが、如月の声は聞こえなかった。冬雪より身長は低いが発育は良いから、痴漢とか遭った際に大丈夫なのか不安になるな。

 時間も中途半端なので、今日は部活に寄らず家へ帰ることにする。


(それにしても、ネズミースカイか……)


 入るだけで5000円ってのは、俺の財布事情を考えると正直キツイ。今はまだお年玉が残っているが、春休みにバイトの一つでもやるべきか。

 でもコンビニは変な客に絡まれそうだし、飲食店は変な客に絡まれそうだし、ガソリンスタンドとかカラオケの店員は変な客に絡まれそうだ。


「フーン。フーフーフン。タンタンタンタンフンフンフン」


 日陰に雪が残っている人影のない道をバイトについて考えながら歩いていると、イヤホンから好きなゲームの曲が流れてきたので鼻歌を口ずさむ。

 結局何をするにしても仕事=新たな付き合いが生まれるもの。如月ほどじゃないにせよ小心者で人見知りな俺には、刺身の上にタンポポ乗せる仕事以外はハードルが高いかもしれない。まあ本当はタンポポじゃなくて菊だけど。


「ラーメン。ワンタンメン。タンタンタンタンメンメンメン――――」


 仮に始めるとしたらラーメン屋のバイトだろうか。休憩に賄いとしてラーメン食べたり、割引券を貰えたりするなら万々歳である。

 そんなことを考えながら、鼻歌をオリジナルソングに変えた後だった。


 ――トントン――


「?」


 不意に肩を叩かれる。

 一体誰かと思い振り返ると、頬に人差し指がプスリと刺さった。


「夢野っ?」


 目の前でポニーテールの可愛い少女が、小悪魔めいた笑顔を見せている。

 予想だにしない登場に驚いた俺は、慌ててイヤホンを外した。


「はよざっす、米倉君」

「お、おお。はよざっす」

「これ、前から言ってみたかったんだ」


 妹経由で伝わったのか、意外な挨拶をされ拍子抜けする。昨日言えば良かったのにと思ったが、阿久津が一緒にいたから恥ずかしかったんだろうか。


「今日は部活は?」

「え? あ、ああ。時間も中途半端だったから……夢野は?」

「私はアルバイトだから」

「成程な」


 葵もバイトのシフトまでは把握してなかったか。ドキドキ下校大作戦は失敗に終わったようだが、流石にこればかりは仕方ない。


「米倉君、何か良いことでもあったの?」

「ん? 何でだ?」

「らーめん♪ わんたんめん♪ たんたんたんたんめんめんめん♪」

「…………聞いてらっしゃったんですか?」

「そりゃもう、バッチリ」


 指で丸を作りつつ、再びニッコリと悪戯っ娘な笑みを浮かべる夢野。物凄く可愛いんだけど、それ以上に恥ずかしくて顔面を雪に埋めたくなった。


「何か良いことがあったかと聞かれたら、別にこれといって何もない一日だったな」

「こうして私と一緒に下校してるのは?」

「あー……って、それ自分で言うのかよっ?」

「後は委員会もあったでしょ? 米倉君って何委員?」

「編集委員だな」

「へー。編集委員って、具体的にどんなことするの?」


 二人きりで会話に困るかと思いきや、次から次へと自然と話題が生まれてくる。自分でもこんなに話しているのが不思議で、正直驚くほどだった。

 編集委員の仕事を簡単に説明すると、夢野が興味を持ち色々と尋ねられる。


「――――クラスのページって?」

「ああ。例えば何かしらのランキングを作ったり、皆を動物に例えたり……後は自己紹介ならぬ他己紹介とかも具体例で挙げられてたっけな」

「何か凄く面白そうだね。米倉君のクラスは何にするの?」

「まだ具体的には決めてないけど、適当なランキングでも作るつもりだ」

「そっか。楽しみだね」


 生徒会誌はAからFまで全72クラス分の内容が一冊に詰められるため、夢野や阿久津みたいな他ハウスのクラスページも見ることができる。

 F―2とF―4のページは一体どうなるのか。彼女達がクラス内では一体どのように見られているのかは、少し興味があり俺も楽しみだ。


「ランキングの項目って、例えばどんなのがあったの?」

「早く結婚しそうな人とか、面白い人とか、将来金持ちになりそうな人とか……そんな感じだったかな。何か良いアイデアあれば教えてくれ」

「うーん……ペットにしたい人とか?」

「お、それいいな」


 ただし俺の顔をジーっと見つめてから、真っ先に出てきた項目でなければ。過去に阿久津からはアルカス扱いされてるし、せめて人として見てほしい。


「ん? そういや夢野の家って、ペットとか飼ってるのか?」

「秘密♪」

「…………? 何だそりゃ?」

「あ! ペットにしたい人を作るなら、お父さんとかお母さんも作ったら面白いかも。弟にしたい人とか、妹にしたい人とか――――」


 そんな話が予想以上に盛り上がり、気が付いた時には駅へ到着。まだ電車が来るまで時間があるので、ホームの空いていたベンチに腰を下ろした。

 普通に夢野との雑談を楽しんでいたが、ふと自分の使命を思い出す。よくよく考えてみれば今の状況でも、葵の好感度を上げることは充分に可能だ。


「明日は模試だしテストも近いけど、米倉君は勉強進んでる?」

「そこそこは。夢野は?」

「私は駄目駄目。二学期の成績も悪かったから、最近はFハウスの三階で自習してるんだけど……米倉君は家で勉強してるの?」

「いや、家だと集中できないから陶芸部が多いな」


 各ハウスの三階には教科教室があるが、そこには生徒用の自習スペースもある。もっとも図書室のようなブースとは違い、人目にもつくオープンな感じだ。


「音楽部では勉強しないのか?」

「テスト前は部室閉められちゃうから、入れないんだよね」

「いや、そうじゃなくて音楽部で集まったりは? 葵とかと勉強会したりさ」

「ううん。特にそういうのもないよ」


 陶芸部が例外なだけで、普通は部活ってそんなもんだよな。

 少し攻めすぎな気もするが、別に嘘を言う訳でもないし提案してみるか。


「いっそやってみたらどうだ? よくクラスの男子連中がテスト前になると葵に質問するけど、わかりやすく教えてくれるって評判だぞ?」

「へー。葵君、凄いんだね」

「そりゃまあ、ウチのクラスが誇る有数の美男子だしな」

「米倉君も求愛したことあるくらいだもんね」

「はて、何の話でしょうか?」

「らーめん♪ わんたんめん♪ たんたんたんたんめんめんめん♪」

「勘弁して下さいっ!」


 葵の話題というジャブを積み重ねていたら、カウンターでワンツーを喰らった。ってか阿久津の奴、ほんの軽い冗談をここまで広めるなよ。


「夢野が歌うの初めて聞いたけど、やっぱ音楽部だけあって綺麗だな」

「えっ? そ……そんなこと――――」


 別にお世辞を言った訳じゃなく正直な感想を述べ、音楽部同士でカラオケ行ったりするのか聞こうとしたところでタイミング悪く電車が到着した。

 席へ座った後で夢野を見ると、照れているのか伏し目がちで両手を組み両方の親指をくるくるしている。あまり見ることのない姿を前に、自然と笑みがこぼれた。


「そういえば米倉君ってどんな曲聞くの?」

「普通にJPOPとか、後はゲームの曲だけど」

「例えば?」

「んー……例えばって言われてもな……」


 ポケットから愛用のMP3プレーヤーを取り出し適当に操作する。

 そんな小さな画面を覗き込むべく、身を寄せてくる夢野。シャンプーの良い香りが鼻をくすぐり、顔が近くなったことで鼓動が大きく脈打った。


「あ! さっきのラーメンの歌聞きたいな」

「お、おう」


 二人で片耳ずつイヤホンを入れて、電車に揺られながら曲を聞く。

 正直言って、楽しい時間だった。

 しかし葵の成功を祈っているなら、本来こんな行動は取るべきじゃない。


(…………何やってんだ俺は)


 だからこそ黒谷へ到着し、夢野と別れた後で我に返ると溜息を吐いた。




 ★★★




 その日の夜、俺の元に二通のメールが届く。

 一つは『何で今日来なかったのよ? 陶芸部で百人一首大会やるから、明日は絶対来なさい!』という、いつもながら唐突な火水木の招集。

 そしてもう一つは深夜0時になった直後に、夢野から届いたメールだった。




『誕生日おめでとう! ミズキから聞いたけど、百人一首大会頑張ってね。本日のご来店、プレゼントを用意して心よりお待ちしております♪』

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