三日目(水) プレゼント交換はセンスが必要だった件

「ああ、それは俺からだ」


 可愛いコン太君の登場によりハードルが随分と上がったものの、あれなら見劣りすることもないだろう。そう考えると、姉貴には改めて感謝すべきかもしれない。


「それじゃあ、開けるね」


 箱を丁寧に開け、夢野が中身を取り出す。

 ガラスに包まれた小さな銀世界を前に、少女の口から自然と声が漏れた。


「わぁ……綺麗……」

「ちょっ? ネックってば、凄く良い感じの持ってきたじゃない!」

「いや、実は姉貴に選んで貰ってさ」

「「「あー」」」


 面識のある少女三人が納得した様子で首を縦に振る。何か俺、馬鹿にされてないか?

 中に入っていた説明書を読んだ夢野は普通のインテリアでないことに気付いたらしく、底に付いているスイッチをオンにした後でひっくり返した。

 和やかなクリスマスメロディーが流れると共に、皆に見えるよう机の中央へ置かれるスノードーム。逆さにしたことで、ガラスの中では白く輝く雪が静かに降っている。


「…………」


 その様子を、誰もが黙って眺めていた。

 買ってきた俺自身も、店で見た時とは違う雰囲気に思わず魅入ってしまう。

 やがて曲が止まった後で、何故か意味もなく拍手が贈られた。


「流石はネックのお姉さん! オルゴール付きとかセンスありまくりよ!」

「……作りたい」

「しかしよくこれを1000円以内で見つけられたね」

「まあ、色々あってな。ほら、次は阿久津の番だぞ」


 あまり掘り下げられては困るので、適当に切り上げ誤魔化しておく。

 阿久津が持っているのは、プレゼントの中では一番小さい箱。中を開けて出てきた二枚のチケットを見れば、誰が贈ったのかはすぐにわかった。


「ほ、本当は映画のギフトカードにしたかったんだけど、それだと予算オーバーになっちゃって……B級映画の前売り券よりは、そっちの方が良いかなって思ったんだけど……」

「映画の展覧会チケット……それも『彼女の名は』じゃないか」

「葵君、映画好きだもんね」

「う、うん。もし要らなかったら、別の物も用意してるんだけど……」

「とんでもない。ありがとう、楽しませてもらうよ」


 二枚と聞いて誘われないか考えるが、阿久津なら以前と同様に冬雪を誘うだろう。

 しかし展覧会の前売り券とは、あわよくば夢野と共に行けないかという葵の意図が見え隠れする。彼は彼なりに考え、色々と頑張っているようだ。


「……私の番?」

「あ、ユッキーのそれはアタシからよ。ぴったりのプレゼントだから」


 ついさっき似たようなことを言われて、肩透かしを食らった男がここに一人。

 何となく嫌な予感のする発言を耳にしつつ、冬雪が手にした袋の中身を確認する。そして一体何が入っていたのか、少女は俺達に見せないまま黙って袋を鞄に入れた。


「……じゃあ」

「ちょっ? アタシのプレゼントの公開はっ?」

「雪ちゃんが拒否してるけど、ミズキまた変な物用意したの?」

「べ、別に普通よ!」

「音穏、見せてくれるかい?」

「……(コクリ)」


 冬雪の鞄から袋を取り出した阿久津が、中に入っていたプレゼントを机に出す。

 見せられたのは彼女が何も言わず封印するのも納得がいく、絶対に使い道がないであろう黒い猫耳カチューシャだった。ひょっとしてコイツ、また店長から仕入れたのだろうか。


「お前、もしこれが男に当たってたらどうするつもりだったんだよ?」

「兄貴ならアタシが貰ったし、オイオイは問題ないでしょ? ネックは姉も妹もいるんだし、イトセンは…………ドンマイってことで!」

「ぼ、僕が貰った場合が問題しかないよっ?」

「それにカチューシャだけじゃなくて、ちゃんと他にも入ってるわよ!」

「……こっちは嬉しい」


 どうやらプレゼントはカチューシャだけじゃなかったらしい。阿久津から袋を受け取った冬雪が新たに取り出したのは、肉球のついた指なし手袋だった。

 実際に少女が身に着けると、実によく似合っている。そして猫耳カチューシャを付けた姿も見たいという、火水木の気持ちもわからなくない。


「これよこれ! カチューシャもちょっとでいいから! ね?」

「私も付けたところ見たいかも」

「せっかく貰ったプレゼントだし、一度だけでも付けてみたらどうだい?」


 流石に三人に言われては仕方ないと諦めたのか、冬雪は渋々カチューシャを受け取る。

 そしてまじまじと眺めた後で、意を決したのか頭に装着した。


「うん、よく似合っているよ」

「雪ちゃん可愛い!」

「目線くださーいっ! 目線お願いしまーすっ!」


 火水木が興奮するのもわかる破壊力だが、個人的には普段無表情な少女が若干赤面している辺りもポイントが高いと思う。

 完全な猫と化した冬雪だが、数秒もしないうちにカチューシャと手袋を外した。


「……お返し。マミのは私から」

「何が出るかなっと」


 嬉しそうな顔を浮かべる少女が見せてきた中身は、翡翠みたいに深緑色に輝く勾玉。小さな穴には紐が通してあり、首から下げられるようになっている。


「ひ、ひょっとしてこれ、冬雪さんが作ったの?」

「……(コクリ)」

「流石は匠って感じだな」

「……キットがあるから、ヨネでも作れる」


 仮に作れたとしても、ここまで精度の高い物は無理だろう。

 ピカピカに輝く勾玉を早速首から下げた火水木は、見せびらかすように胸を張った。


「どうどう?」

「良く似合っているよ」


 確かに似合ってるが、勾玉の位置が丁度膨らんだ胸元だったりする。まじまじと眺めていると、そのことに気付いたのか少女が両腕で胸を隠した。


「ちょっとネック、どこ見てんのよっ!」

「勾玉だよっ! お前が見せてきたんだろうが!」


 正しくは二割が勾玉で、八割が胸だったかもしれない。

 周囲からの疑惑の視線が痛々しいので、残る二つのプレゼントへ話題を逸らす。


「ってことは、そこにあるのはアキトの用意したプレゼントか?」

「残っているのは伊東先生のサンタブーツだから、必然的に交換ということになるね」

「アキト君は何を用意したのかな……?」

「アタシも知らないから、ちょっと見てみようかしら」


 どうせまたヨンヨン関係の、貰ったところで誰得な代物だろう。

 あまり期待もしない中で火水木が封を開けると、中から出てきたのは災害時に役に立つ手回し式の携帯充電器。何と言うか至って普通な選択に、全員がポカーンとしていた。


「闇鍋の具材といい、今回の兄貴は随分と普通ね……怪しいわ」

「単純にミズキがアクセル全開だから、ブレーキ掛けたんじゃない?」

「そ、そんなことないわよ! とりあえずイトセンのサンタブーツは、アタシから兄貴に渡しておくから」

「食うなよ?」

「食べないわよっ!」


 気のせいか小さな声で「全部は」と聞こえたような気がする。結局食うのかよ。

 予想以上にハイクオリティなプレゼント交換を終え、不特定多数に喜ばれる贈り物というのは難しいと改めて感じた。仮に来年もやるとしたら、また姉貴に頼むとしよう。

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