五日目(月) 火水木天海が音楽家だった件

「――――って訳で改めてユッキーもツッキーも、陶芸部を大いに盛り上げるための火水木天海をどうぞ宜しく!」

「……こちらこそ」

「宜しく頼むよ天海君」


 適当な自己紹介を終え、昨日の宣言通り火水木が陶芸部へと入部した。部員が四人になることは歓迎だが、一対三という男女比率は立ち位置の危険を感じさせられる。


「……じゃあマミも、レッツ陶芸」

「オッス! オナシャス部長!」


 新入部員ができてウキウキな冬雪が粘土の塊を準備。人に見られるのが苦手な阿久津&教える域に達してない俺は特に手伝いもせず、読書に傍観といつも通りの部活動だ。


「まず荒練り」

「オッスオッス!」


 双子の妹だけあって、発言の所々にガラオタな兄の影響を感じる。

 随分と威勢の良い返事をしているが、順調なのは荒練りまでだ。菊練り入門の厳しさを味わうがいい。




 ―― 三十分後 ――




「……マミ、筋が良い」

「マジっ?」

「……マジ」


 何ということでしょう。

 そこには匠に褒められている新入部員の姿が。予想通り菊練りという初見殺しには苦戦していたものの、電動ろくろによる成形は割と上手にできているではありませんか。


「アイツ、器用だな」

「キミが不器用なだけじゃないかい?」

「勘違いするな阿久津。俺はまだ本気を出してないだけだ」

「強がりを言う暇があるなら、一緒に練習するべきだと思うけれどね」

「…………(携帯のマナーモード解除)」


『ターン! オッ、オーッ? タッ! クローズ! オーッ?』


「っ! げほっ! えほっ!」


 ガラケーのなきごえ。こうかはばつぐんだ。

 耳が痛くなった時に使えるなと思いつつ、貴重な阿久津の笑う姿を充分に堪能する。


「まあ、後輩ができる来年の四月までには上達するさ」

「だそうだよ音穏」

「……録音してなかった」


 あれ、ちょっと信用されなさすぎじゃね俺?

 少なくとも、今日は陶芸をする気にはならない。そういえばキノコを放置したままだったと思い出し、干してある窯場へと気分転換がてら回収に向かった。


「…………ふぅ」


 火の点いていない静かなガス窯の前で小さく溜息を吐く。悩みの種は言わずもがなだ。

 姉貴に聞いた話から察すると、恐らく300円とはこのストラップのことに間違いない。

 記憶には残ってないがそれが事実だとすると、気になるのは渡した相手が俺じゃなく姉貴だった件。可能性として考えられるのは、既に俺が辞めていて渡せなかった……とか?


「へー。ここが窯場なんだ」

「!」


 エプロンに粘土を付けたままの火水木が、興味津々に辺りを見回しながら現れる。同じエプロン姿でも胸の大きい女子が付けると、何かこう……違った良さがあるな。


「よう、お疲れさん」

「片付けがまだだけどね。ネックは何してんの?」

「忘れ物の回収」

「何でストラップなんて忘れるのよ?」

「色々あったんだから仕方ないだろ。それよりお前、映画見て俺が泣いたことは二人に絶対言うなよ?」

「えー、どうしよっかなー? 頼むなら頼み方ってものがあるんじゃない?」

「マジで勘弁してくださいお願いします。何でもしますから」

「ん? 今何でもって言ったよね?」


 それ絶対に言うと思ったわ。

 小悪魔めいた笑みを浮かべる火水木。これがあのガラオタだったら、間違いなく拳を握り締めていたと思う。


「そういうお前だって、一回目にアキトと見た時は泣いてたんじゃないのか?」

「な、泣いてないわよっ! ってかアンタこそ、それユメノンに言わないでよねっ!」

「は? 何を?」

「アタシがあの映画、実は二回目だったってこと! ユメノン、知らないんだから」


 確かに既に一度見たと言ったら、普通は誘われないもんな。

 嘘を吐いてまでコイツが映画を見に行った理由は、相生同様に『彼女の名は』が好きだったからか、はたまた別の理由なのかは聞かないでおこう。


「じゃあお互い内緒ってことで」

「そうね。ところでそっちのストラップ、もしかしてクラリ君じゃない?」

「知ってるのか?」

「だってアタシ、オーケストランが好きで吹奏やってたし」

「ん? お前吹奏楽部だったのか?」

「中学時代はね。こう見えて、割と楽器とか得意なんだから」

「ふーん……」

「アンタ、絶対信じてないでしょ? ちょっとそこで待ってなさい」


 中々に鋭い火水木は、そう言い残すなり駆け足で窯場を去っていく。やたらと絡んでくる面倒な新入部員の扱いに悩んでいると、一分もしないうちに小さなオカリナを手にした少女が戻ってきた。


「何でそんなの持ってるんだよ?」

「ずっと昔に兄貴から貰ったプレゼントなんだけど、色々便利だから持ち歩いてるの」


 何だかんだ言って、あのロリコンも妹に溺愛だったんじゃねーか。

 息を整えた後で、火水木がオカリナに唇を当てた。


「――――」


 静かな窯場にオカリナが響く。

 静かな入りから奏でられる旋律。その響きは例えるなら故郷を思わせるような感覚で、どこか儚く寂しげだが心を落ち着かせる音色だった。

 時々小さな息継ぎが聞こえる中、幻想へ魅入られ更なる深みを味わうために瞼を閉じる。

 気付けば火水木が一曲吹き終わり、自然と拍手をしている自分がいた。


「凄いな……知らない曲なのに、何て言うか物凄く胸に響いたよ」

「少しは見直した? 言っておくけどオカリナだけじゃなくて、ピアノは勿論ヴァイオリンだっていけるんだから。吹部の時はフルートだったし」

「そんなにできるなら、何で吹奏楽を続けなかったんだ?」

「屋代の吹部ってスパルタじゃない? アタシ、堅苦しいのは嫌なの。だから緩そうなパソコン部に入ったんだけど、何かオタサーの姫扱いされて面倒臭くて」


 それで辞めようとしたから、あの日アキトがパソコン部に呼ばれてたって訳か。

 これだけの演奏ができるなら、音楽部へ見学に行ったのも納得がいく。音楽が好きな癖にリコーダーしか吹けない俺からすれば、火水木の演奏能力は正直羨ましかった。


「なあ、他にも色々聴かせてくれよ」

「別にいいけどその前に一つ、ネックに聞いておきたいことがあるのよね」

「ん? 何だ?」

「単刀直入に聞くけど、アンタってユメノンのこと避けてない?」

「べ、別に避けてなんかないっての!」

「ツンデレみたいな反応とかいいから、正直に答えなさい」


 真剣な目をしている火水木だが、仮に俺が避けているとしたらそれは完全に無意識だ。

 どう答えるべきか少し考えた後で、胸に溜まっていた空気を吐き出してから口を開く。


「嘘は吐いてない。ただ、ちょっと接し方に困ってるところはあるな」

「何でよ? アタシみたいに、普通に話せばいいじゃん」

「そう簡単にはいかない事情が色々とあるんだよ」

「ふーん…………そっか」


 てっきり掘り下げてくるかと思いきや、火水木は納得したらしく妙な笑顔を見せた。


「そういうことなら、その色々な事情とやらをさっさと片付けなさいよ」

「ああ。ちょっとした用事もできたし、明日には俺の方から会いに行くさ」

「宜しい! ではもう一曲吹いてしんぜよう!」

「あ、ちょい待った。どうせなら阿久津達にも聞かせたいから、向こうで頼めるか?」

「ほいほいっと」


 Uターンする火水木と共に、静かな窯場を後にする。傍から見ていた彼女が避けていると思ったなら、恐らく本人はそれ以上に感じていたのかもしれない。

 幼稚園時代の仲良しを忘れていた小学二年生の俺の分と合わせて、彼女には明日謝りに行こう。300円の答えでもある、とっておきのプレゼントを用意して。

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