六日目(火) 店長がノブオだった件
「はよざ~っす……ヴェエエエッ? お兄ちゃんが起きてるっ?」
「朝からなんちゅう声出してるんだお前は」
リビングにいた俺を見るなり、妹がリアクションの手本みたいな反応を見せる。まだ髪がアホみたいに跳ねてる寝起きだというのに、テンション高いなコイツは。
「起きたっ! お兄ちゃんが起っきしたっ!」
「誤解を招く表現を止めい! それっぽい声真似までしてクララが立った風に言ってるけど、実はその台詞を言ったのハイジじゃなくてペーターだからな」
「出ました、久々のお兄ちゃんトリビア! 3へぇです」
「採点機能が追加されたか。じゃあ300円くれ」
「間違えました0へぇです。今月の携帯料金がピンチです!」
現金な我が妹よ、その気持ちは痛いほどわかるぞ。
紅茶を飲みながらパソコンを弄るという、まるでアキトの日常生活みたいな朝。勿論これには理由があり、俺は苦悩している真っ最中だった。
「はれ? お父さんは?」
「ついさっき慌てて出てった。何かやり忘れてた仕事を思い出したんだと」
「ふ~ん」
ちなみに母は夜勤なので、帰ってくるのは俺達が家を出た後。朝食は我らが父上力作の、御飯に味噌汁&目玉焼きとシンプルイズベストなメニューになっている。
梅が着替えたら一緒に食べるつもりだったが、パジャマ姿の妹は後ろから抱きついてくるなり、頬をくっつけるようにしてパソコンの画面を覗いてきた。
「そいでそいで、お兄ちゃんは朝早くから何してんの?」
「探し物」
「まさかエッチなサイトっ?」
「そうだな。梅も勉強がてらAVの一つでも見るか?」
デスクトップにある櫻フォルダ開くと、中にあるAVの文字をダブルクリック。いくつかあるショートカットの中から、適当に一つ選んで動画を再生させた。
『ニャー』
「え……お兄ちゃんってケモナー?」
「そこはAVってアニマルビデオか~的な流れだろっ?」
ダミー用の猫動画をまじまじと眺める梅。ちなみに本命はと言えばCドライブの中、適当にプログラムっぽい名前を付けたフォルダの中と完璧な隠し場所である。
「ねえねえ、この子ミナちゃんのアルカスに似てない?」
「いや、アイツはもっとブサイクだろ」
「いやいや、お兄ちゃんに言われる筋合いはないと思うよ?」
それって俺が猫以下ってことか?
決して気に障ったからではなく、本来の目的を思い出したので動画を閉じる。口を尖らせた梅からブーブー言われたが、今はこうして遊んでる場合じゃない。
「はあ、参ったな」
「何が?」
「探し物が見つからん」
元々は軽く調べてから店へ買いに行くつもりだった。
しかし該当のストラップは見つからず。通販やオークションを中心に探してみても、トランちゃんどころかオーケストランの誰一人として売られていない。
まあ落ち着いて考えてみれば当たり前のこと。十年近く前にやっていた教育番組のキャラクターのグッズなんて、いくらそこそこ人気があっても今じゃ需要は0だ。
「何探してるの?」
「オーケストランのトランちゃん、知ってるか?」
「知らない」
「だよな」
俺ら世代ならまだしも、二つ下の梅は流石に覚えてないだろう。
こうなったらストラップは諦めて、他のトランちゃんグッズで代用するしかないか。
「ほれ、さっさと用意しないとまた朝連に遅れるぞ」
「しまったっ! 音速ダァッシュ!」
相変わらず音速には全然届いてない。まず風速くらいから始めような。
★★★
「おっす」
「おいっす米倉氏」
「今日は一番かと思ったんだけどな。お前は一体何時に登校してるんだよ?」
「二位じゃダメなんでしょうか?」
「いや別に競ってないし、登校に一位も二位もあるか」
昇降口から吹き抜けのハウスホールを抜け、一階にあるC―3の教室へ。普段よりかなり早い時間に登校したものの、教室にはいつも通りアキトが席についていた。
鞄を置いて腰を下ろした後で、ノートパソコンを眺めながら少し考える。蛇の道は蛇というし、聞くだけ聞いてみても損はないだろう。
「なあアキト。お前の腕を見込んで、ちょっと探して欲しい物があるんだが」
「もしかして:ジャッジ・ガベル」
「違うっての。オーケストランって知ってるか?」
「確か昔やってた教育番組だった希ガス」
「そうそう。そのストラップで、これのトランちゃんバージョンを探してるんだよ」
ガラケーを取り出し、ぶら下がっているクラリ君を見せる。
塗装の剥げたストラップをまじまじと眺めたガラオタは、くるりと方向転換してノートパソコンを素早く操作し始めた。
「とりあえず密林とオークションは大体見たんだが、見当たらなかった」
「んー……ちょい待ち」
どうやら本気モードになったのか、アキトは鞄からワイヤレスマウスを取り出す。IT企業の社員みたいなキーボード裁きを見せると、画面に複数のウィンドウが表示された。
オーケストラン関係や知らない通販サイトが次々出るものの、中々望みの物は見つからない様子。というかページ切り替えるのが速過ぎて、正直目が追い付いていかない。
「べ、別に無いなら諦めて、他のグッズにするから――」
「諦める? 刀っ娘ラブで鍛えたこの脳内に、妥協の二文字などあんまりないっ!」
お前の頭はソシャゲーで鍛えられるのかよ。
ガラオタのプライドにかかわるようで、何やら熱くなっているアキト。こちらとしてはありがたいことだが、少ししてキーボードとマウスを操作する手が止まった。
「こうなったら仕方あるまいて」
「?」
そう呟いた後で、彼はスマホを操作し耳に当てる。大抵持ち主がゲームしている所しか見てないから忘れてたけど、そういえば携帯電話だったんだよなこれ。
「もしもし俺だ。二億用意するから、株を全部買い占めろ」
「………………」
この第一声で、電話掛けられた相手は大丈夫なのか?
投資家の真似をする友人に溜息を吐きたくなるが、一応俺の問題でもあるので黙って見守る。クラスメイト達よ、頼むからまだ登校しないでくれ。
「おいっす店長、お疲れっす。拙者仲介での注文だお」
(店長っ?)
「管弦楽団オーケストランのストラップシリーズから、トランペットのトランちゃん。クラトラのセットになってるやつじゃなくて、単品の方キボンヌ…………お、ある?」
「!」
「流石店長、そこにシビれる! あこがれるゥ! ん……ああ、予算? 今聞くお」
「…………(指を三本立てる)」
「3000円以内で……って必死に首振って、どしたん米倉氏?」
「……(三・0・0と順に示す)」
「訂正だお。上限は3300円で――――」
「違ぇよっ! 300円だっての!」
3300円とか、来月の携帯代が払えなくなるわ。
沈黙を破った俺の言葉を聞いたアキトは、黙って受話器に耳を傾けた後で何を思ったのかスマホを差し出してきた。
「直接交渉した方が早いだってお」
「お、おう……」
『もしもしだ』
慣れない薄っぺらな携帯を耳に当てると、スピーカー越しに聞こえてきたのは男の声。店長と言う割にまだ若々しく、年齢は二十か三十代くらいなんだろうか。
「も、もしもし」
『アンタ、何用だ?』
「え?」
『自分用、保存用、他人用。どの目的でトランちゃんが欲しいかだ』
「た、他人用に……」
『俺ん所に電話してくるってことは、どうしても欲しかったってことだ。誰に渡すかは知らんがよ、そこまでするくらいなら大事な人へプレゼントするに違いないって話だ』
「ま、まあ」
『そのプレゼントが、たかが300円ぽっちで良いのか……俺が言いたいのはそれだけだ。言い換えりゃコイツの価値を決めるのは、アンタのプレゼントしたい気持ち次第だ』
「っ!」
確かに元の値打ちは300円だったとしても、時は金なりタイムイズマネーだ。
失った時間は永遠に戻らない中で、俺は彼女を10年も忘れていた。ならば店長の言う通り、このストラップは彼女にとって10倍以上の価値があってもおかしくない。
「…………いくらなら売っていただけますか?」
「3000円だ」
「買いますっ! 売って下さいっ!」
『商談成立だ。アンタが急ぎなら今日中にでも届けるが、どうなんだ?』
「本当ですかっ? ぜひお願いしますっ!」
流石は店長、客に対する気配りが行き届いている。
最初は怖い人かと思ったが、この人は物凄く理解のある大人かもしれない。
『支払いと受け取り方法は『ノブオー?』明釷の奴から…………なっ?』
「?」
『ちょっとノブオ! 聞こえてんでしょっ?』
『バッ! 入ってくんなよ! 今クライアントと電話中で――――』
『アイアントだかアイアンアントだか知らないけど、電話なんかしてないで早く御飯食べないと学校遅刻すんでしょうが! 母さんそんなの絶対許さないからねっ!』
『わあってるよ! すぐ行くから、いいから出てけって!』
『あっ! それとアンタ、昨日お弁当箱出してないでしょ? 自分で洗――ブツッ』
『――――ツー、ツー、ツー』
「…………………………」
「ん? 終わったん?」
「物凄く理解のある大人だと思ってた店長の本名がノブオで、お弁当を持たされてる学生かつ実家暮らしってのが判明した後、母親に怒られてるところで通話が切れた」
「店長オワタ」
あだ名ならあだ名って最初から言えよ。紛らわし過ぎだろ店長。
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