三日目(土) 梅と桃の梅桃コントだった件

「…………ん」


 背中が硬い。

 寝苦しさにゴロリと寝返りを打つと、何者かの手によって元の位置へ戻された。


「んぅ……?」


 また梅の悪戯か。

 邪魔者を退けるため腕を払うと、掌が左右から温もりに包まれる。


「……(ふにふに)」


 どうやら左手が捕まったらしいが、そのままツボをマッサージされるように手の腹から指先に至るまで揉まれていった。

 流石にそこで違和感が生じ薄目を開けると、そこには冬雪が熱心に俺の手を眺めている。


「…………」


 ナンデ、冬雪ナンデ?

 夢かと思い(そう思って夢だったことはない)呆然としていると、俺の瞳が開いていることに気付いたボブカットの少女と目が合った。


「……おはよ」

「お、おはようございます」

「……(ふにふに)」


 挨拶だけしてから、また触るのかよ。

 現在位置が陶芸室であることに気付くと、少しずつ意識が覚め状況を思い出す。空いている右手でポケットを探り携帯を取り出すと、現在時刻は午前七時過ぎだった。


「寝てたのか」

「……熟睡してた(ふにふに)」

「阿久津は?」

「……寝てる(もみもみ)」

「先生は?」

「……来てる(ぐいーん)」


 完全に人の手を玩具扱いしているが、釉薬の時の仕返しだろうか。

 しかし何と言うかこう、女の子に手を揉まれるというのは妙な気分だ。あまりに興味深そうに眺めているのを見て悪戯心が芽生え、いきなり力を込め握り締めてみた。


「……っ?」


 ビクッと驚きバタバタ慌てる冬雪が、いちいち小動物みたいで可愛い。阿久津が俺をペットとして見ていたが、案外人のことを言えたもんじゃないな。

 少女の手を解放した後で、ゆっくりと身体を起こし大きく伸びをする。


「そういや、作品は無事に焼けたのか?」

「……火は消えてるけど冷めるまで時間が掛かるから、窯出しは休み明け」

「じゃあ今日は終わりか?」

「……ミナが起きたら解散」

「了解……ってかこの椅子、冬雪がやってくれたのか?」

「……落ちそうだった」


 俺の記憶では並べられた椅子は一列だった筈だが、面積を広げるため陶芸室にある半分以上の椅子が集められていた。

 阿久津の言う通り大人しく準備室へ行けば良いものを、意地を張ったせいで随分と傍迷惑をかけたらしい。一つ一つの椅子を元の位置へ戻しつつ、少女に感謝を告げる。


「そりゃ悪かった。サンキューな」

「……どう致しまして」

「冬雪は何時頃に起きたんだ?」

「……三時半くらい? 先生も来たから、ミナと交代した」


 どうやらすれ違いだったらしい。

 阿久津に太腿枕されている姿を見られたのか気になる(思い出して少し顔が熱くなった)中で、扉が開くと外から休日なのに白衣姿の伊東先生が現れた。


「おや、お目覚めでしたか。おはようございます米倉クン」

「おはようございます」

「お陰様で焼成は完了です。上手く色が出ていると良いですが、何はともあれお疲れ様でした。先生、ハプニングもなく無事に終わって一安心です」

「ははは……」


 個人的なハプニングなら、色々とあった気がする。

 いくつかは記憶から抹消したいと思いつつトイレに向かい、再び陶芸室へ戻ろうとした際、ふと準備室にいる阿久津が気になり立ち寄った。

 音を立てないようドアを開けつつ中へ入ると、気泡緩衝材という正式名称が語られることのない通称プチプチが目に入る。陶芸部なので梱包用に用意してあるが、その姿は普段決して見ることのない巨大ロールだ。


「…………すぅ…………」


 切り取られた大きなプチプチを敷き布団代わりにして、先生が用意したクッションと毛布で熟睡している少女。無防備に寝息を立てている姿は、見ていてドキッとさせられる。

 サラサラとした髪。

 艶やかな唇。

 長い付き合いである幼馴染の寝顔を充分に堪能した後で、大人しく退散しようとした。


「ん…………くぅ……櫻?」

「あ、悪い。起こしちゃったか」

「今、何時だい?」

「大体七時だ」


 時間を聞いた阿久津は目を擦ると、上半身を起こし背筋を伸ばす。寝やすいようにブレザーは脱いでおり、慎ましげな胸がブラウス越しに強調された。


「音穏と先生は?」

「陶芸室にいる。焼成は終わったって言ってたな」

「ボク待ちだったみたいだね。それは悪いことをした」

「しかしお前、寝起きいいな」

「そうかい? 普通だと思うけれど」


 寝惚けたりするレアシーンを期待したが、全然そんなことはない普通の阿久津だ。

 少女は立ち上がるとブレザーに袖を通し、寝ていた布団類を片付ける。あの太腿に頬を擦らせていたと考えるだけで、自然と鼓動が速くなっている自分がいた。


「キミはあまり眠らなかったのかい?」

「いや、さっき起きたところだ」

「そうか。それなら良かった」


 昨日のことは全て夢だったんじゃないか。

 そう思うくらいに、俺と阿久津はいつも通り話した後で陶芸室へ向かうのだった。




 ★★★




 窯の火も消えたので、後処理する先生を残して俺達三人は解散。帰宅した後で梅に聞けば姉貴は出かけたそうなので、睡眠時間が不足していた俺は二度寝に入る。

 再び目を覚ますと驚きの午後六時。体内時計が狂ったのか現在時刻に驚きつつも、夕食と風呂を済ませ部屋に戻りのんびりしていると上機嫌な声が聞こえてきた。


「たっだいま~」


 どうやら姉貴が帰ってきたらしい。出迎えに行こうかと思ったがその必要もなく、階段を駆け上がる音がしたと思いきやノックもせずにドアが開けられる。


「櫻~っ!」

「手を洗ってうがいをしろ大学生」


 現れたのはボンッキュッボンスタイルの、タレ目が特徴的な姉上様。元々は梅と同じショートヘアだったが、今はパーマでもかけたのかショートウェーブになっている。

 耳にはイヤリングを付け、すっかり女子大生と化した米倉桃よねくらももは、縮地ばりのステップで一気に距離を詰めると身体をツンツン突いてきた。


「ね~ね~、どうだったの~?」

「どうだったって、何が?」

「またまた~。水無月ちゃんとの、窯の番♪」

「別に……」

「その様子だと、やっぱり進展なしか~」

「進展も何も、そもそも窯番をしてたのは俺と阿久津の二人だけじゃないっての」

「ま~ま~怒るな若者よ。こんなこともあろうかと……カモン!」

「イエッサーッ!」

「え、何お前? スタンバってたの?」


 合図に合わせて梅が現れる。とりあえず掛け声はイエスマムな。


「梅と!」

「桃の!」

「梅桃コント~」


(何か始まったし)


「ああ阿久津……俺はお前が愛おしい。この気持ちを今日こそ打ち明けてみせる」

「櫻。いきなり呼び出して、何の話だい?」

「阿久津っ! お前が好きだっ! 付き合ってくれっ!」

「残念だけれど、それはできない」

「な、何でだっ?」

「だってボク、オカマだし」

「カマだし」

「「窯出し!」」


 ハイッという元気な掛け声に合わせて謎ポーズを決められた。何この安っぽいコント。


「とりあえず梅の阿久津は割と似てたが、俺を演じてる方は帰れ」

「イエーイ!」

「え~っ? 納得いかないから、もう一本!」

「まだあるのかよ?」

「梅と!」

「桃の!」

「梅桃コント~」


(ああ、そこから始めるのね)


「別に俺はお前がオカマでも構わないっ! 結婚してくれっ!」

「ボ、ボクが結婚……? オカマなのに?」

「嫁は嫁入り」

「婿は婿入り」

「オカマは?」

「「窯入り! ハイッ!」」

「色々と突っ込みたいが、とりあえず窯入りじゃなくて窯入れな」

「……」

「…………」

「「窯入れ! ハイッ!」」

「息ぴったりだなおいっ?」

「どうも」

「ありがとうございました~」


 そう言い残して部屋を出ていく二人。本当に仲の良い姉妹で何よりである。

 静かになったと部屋で溜息を吐くと、数秒も経たずに姉貴だけ戻ってきた。


「元気出た?」

「元気引っ込んだ」

「え~? 仕方ないな~」


 またコントでも始めるのかと思っていたが、姉貴は机の上に置きっ放しだった二枚の割引券を手に取るとヒラヒラさせながら笑顔を見せる。


「それなら明日一日は、お姉ちゃんが付き合ってあげよう」

「は?」

「映画、水無月ちゃんの代わりに行ってあげる」


 どうやら梅から割引券の事情は聞いていたらしいが、余っていた割引券を阿久津に渡せなかった物と勘違いしているようだ。

 本当は渡したものの誘われなかったなんて言えば更に茶化されそうだし、どうせ余った一枚に使い道もない。そして多分これ、本当は姉貴が映画見たいだけのパターンだわ。


「へいへい。どーもありがとうございます」

「じゃあ明日、二時からので宜しく~」


 用件を済ませるなり、姉貴はくるくると舞いながら部屋を出ていく。

 別にこれといった予定もないし、運が良ければ阿久津や冬雪と鉢合わせできるかもしれない。そんな僅かな希望を夢見つつ、俺は三度目の眠りについた。

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