如何なる存念

紀之介

…間者の知らせか?

-夜・亥の刻、森柴家の本城-



「兄者、こんな刻限に呼び出しとは 何事じゃ?」


 奥の間の戸を開けた弟の森柴小一に、森柴籐吉は座る様に促した。


「早川が挙兵準備を進めているそうじゃ」


「…間者の知らせか?」


 部屋に入り、戸を後ろ手で閉める小一。


 目が合った黒畑孝高が頷く。


「我が配下の者が、先程」


「たわけ殿は…」


 小一に限らず森柴家では、早川家現当主の英明を「たわけ殿」と呼んでいた。


「─ 如何なる存念なのじゃ?」


「恐らく、家督を継いだ箔付けかと」


「国境近くの江井砦を、襲うつもりか?」


「恐らくは。」


 腰を降ろした小一は、上座の籐吉を見る。


「早急に援軍を送らねば」


「砦からは、兵を引くでよ」


 顔を顰めた小一の視線が、孝高に移動する。


「…何をするつもりじゃ?」


「灸を据える好機かと」


「まさか、あの策を!?」


「ご明察」


 籐吉の顔に、笑顔が浮かぶ。


「小一は、話が早くて助かるわ」


「─ で ワシは、どうすれば良いのじゃ?」


「まずは…江井砦に、早馬を出してくれや。」


----------


-深夜・子の刻、江井砦に一番近い美衣砦-



 煌々と篝火が焚かれる中、小一は 立ち働く兵を見守っていた。


「もう、半刻もあれば、片が付きそうじゃのぅ」


 兵に指示を与え終わった石原佐吉が、呟きに反応する。


「早馬での御指示に従い、江井砦の全ての兵と兵糧と弾薬を、この砦に移動させておりますが…」


「さすが佐の字。仕事が早いわ」


「─ 如何なる御存念なのでしょう?」


 小一は、佐吉を横目で見た。


「明日の朝、早川の兵が江井砦を奪いに来る」


「ま、まさか…安々と敵に、明け渡すおつもりで…」


「率いて来た兵ごと たわけ殿を砦に閉じ込める」


「…人質に?」


 問い掛けられた小一は、左の人差し指で下唇を擦った。


「身代金は…迷惑料込みで、砦を2つと言う所かのぅ。。。」


----------


-早朝・卯の刻、江井砦近くの早川軍陣-



「物見の知らせでは…砦には誰一人いないとの事です」


 家臣の報告に、早川英明は満面の笑みを浮かべた。


「我軍の動きを察した森柴の腰抜け共は、砦を捨てて逃げた様じゃな」


「どうなさいます?」


「くれると言うなら、頂くだけの事」


 何かを進言しようとした家臣には気づかないフリをし、英明は大きな声を発した。


「者ども、今より我軍は、江井砦を占領する!」


----------


-辰の刻、江井砦-



「兵糧は、何一つ見つからなかったのか?」


 英明が血相を変えたので、砦内の捜索結果を報告した兵が後ずさりする。


「それらしき蔵は、全て空で御座いまして…」


 側に控えていた家臣が慌てだす。


「へ、兵の兵糧は、各々が持参した分しかありませぬ」


「承知しておる」


「敵の蓄えを頼みにして、小荷駄など連れてきておりません」


「解っておると、言っておろうが!」


 声を荒げた英明の目前に、広間に飛び込んできた使い番が跪いた。


「殿、大変でございます!」


「何事じゃ! 騒々しい!!」


「と、砦が…敵の大軍に囲まれました!!!」


----------


 全ての早川兵が、砦内に入って暫く刻が経った頃。


 小一は、事前に見つからない場所に伏せておいた兵に、下知した。


 周囲を深い堀で囲まれていた砦で、唯一外部に通じた橋。


 まずは 連絡手段を断つ事ため、その制圧を行った。


 外側の橋台を、最大有効射程位置から馬防柵で囲み、大量の鉄砲を配したのだ。


 橋を使って早川の兵が砦の外部に出るには、かなりの損害の覚悟が必要となる様に。


 続いて砦全体を、狭間から放たれる鉄砲や弓矢の有効射程のギリギリ外から包囲。


 これで早川の兵は、森柴側から積極的な攻撃が行われでもしない限り、自らは何も手の打ち様がない状態となった。


 つまり、砦の内に閉じ込められたのだ。。。


----------


-7日後、早川家の本城 -



「英明殿の御帰国に当っての…我が殿の存念です」


 軍使の孝高は、包状を床に置いた。


 手に取った早川家の重臣が、開いて中身を見る。


「…我が方の、位路砦と羽仁砦と交換?!」


 重臣は、顔色を変えた。


「こ、この条件では…」


「江井砦には、兵糧が一切御座らん様ですぞ?」


「─」


「もう限界だと推察致しますが…」


 懐から取り出した、細長く折りたたまれた紙を開く孝高。


「我が方に、打ち込まれた矢文でしてな」


「こ、これは…」


 そこには、英明の首と引き換えに助命して欲しいと言う内容が書かれていた。


「御決断を急がれた方が、宜しと愚考致す所存」


「…」


「返答は、如何に?」


「しょ、承知仕りました…」


----------


 その後。


 早川側の位路砦と羽仁砦の、森柴家への引き渡し。


 武装解除した江井砦の早川軍の、国境までの送り届け。


 小一と孝高が取り仕切り、全ては無事に終了した。。。


----------


-後日、森柴家の本城 -



 広間で盛大に行われる、戦勝の宴。


 上座の席から籐吉と小一と孝高は、飲み騒ぐ兵たちを上機嫌で眺めていた。


「兄者と孝高殿の策、見事当たりましたのぉ」


「籐吉様の決断と、小一殿の見事な兵の差配の賜物かと」


「なんの。成功は、孝高殿の交渉力 あってこそじゃ!」


「おみゃーさん達の働きで、戦らしい戦もせず 兵を殆ど損ねず 砦も1つも失わず、逆に2つ増やす事が出来たで。」


 空いた孝高と小一の盃に、籐吉は順番に酒を注いだ。


「殿からのお酌とは、忝ない事で」


「おお、兄者。すまぬな」


「この3人がおる限り、森柴家は安泰だて!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

如何なる存念 紀之介 @otnknsk

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ