重なる
もじょ
第1話 始まりの境界線
目を覚ますとそこはどこか寂しげな青だった。
フワフワと浮いたような心地に私は懐かしくも気持ちよさを感じた。
これは、ああ、生まれてくるときの感覚かもしれない。
ゆらゆらと目の前を揺れる光。私が上へ向かったら何があるのだろうか。
綺麗な月が、「こちらへ」と誘うようにまた揺れる。
ゆらりゆらりと私の身体はどんどん月の近くへ上がっていく。
沈まずに、上がってゆく。
何かに背中を押されてゆく。
***
「―――ということから名前は…、」と低く空間に響く声はますます聞いている子達の目を閉じさせていく。優しく窓から入り込む風はとても心地が良く、日が教室一面を照らしてる。それに、良い子守り歌も響いてる。まさに『ゆっくり、おやすみなさい』とでも優しく何かに包まれている気分だ。
俺の体は船を漕ぐ。ゆらりゆらりと。するとペシッと頭を叩かれ、バッと勢いよく見ると幼馴染みが真顔でこちらを見ていた。まさに「お前寝てる余裕あるのか?」とでも言い足そうな目。普通の人とは違うその目と睨み合って、バッと顔を逸らした。
ハァ…と横から聞こえてきて俺に溜息するのもそろそろ飽きてこねぇのと言おうとしたけど、また俺の方が年下のガキみたいな反応してるように思えてやめた。
俺はガキじゃない、歴とした女子高生だっつうの。
「…今日はここまでです。何か質問のある子は職員室へ来なさい。…あ、でもちゃんとお昼食べてからね」と、子守り歌を毎回聴かせてくるお爺さん先生は優しくゆっくり言った。クラスメート達は「はーい」と素直に答える。なんてったってこの学園みんなの優しいお爺さんだからな。優しすぎて逆に悪いこと出来ないんだよな、これが。
「あー…眠かった」
「…寝てたろ」
「ね、…ねてないっつの」
幼馴染みの檜山 祐(ひやま ゆう)は疑いの目をしながら持っていたハムとキュウリのサンドイッチを食べた。俺は朝買ったコロッケパンをぱくりと食べた。うーん、しなびてる。美味いけど。
檜山は本当にあんまり喋らない。小さな頃、いつから一緒に居たか分からないけど多分記憶がどっか奥の方へ行ってしまうくらい小さい頃。そこからずっと一緒だった。だから俺は普通だと思っていることが世間一般では普通じゃなかったりしてよくのけ者にされた。ムカついたから高校から田舎にある謎に競争率の高い学園を選んだ。設備もいいし寮も完備、偏差値めっちゃ高い。
檜山はムカつくくらい頭もスポーツも出来るからホントムカつく。
「あ、あの…よかったら…」
とどこからか現れた女の子から檜山はお菓子を貰っていた。真顔で「…」と無言を返して渡されたお菓子を見てから女の子を見た。すると相手の子は顔を真っ赤にして逃げていった。これ、今月7回目。なんでこんなモテるのお爺さん教えて。…あ、チーズ食いたくなってきた。
「相変わらずモテるのな…」
「…糖分」
「…その糖分にはあの子の糖分も入ってるからな…」
「お前何言ってんだ」
「なんでいきなり主語述語極めてんだよ」
くっそ本当ムカつく奴だな…と窓の外を見ると中庭で生徒達がガヤガヤしてる中一人の女の子が植えられている学園のご神木に背をもたれさせて座っていた。俺は「(ぼっちか…)」と思って見ているとその子はバッと俺の方を見た。
目を逸らした。
あんな生徒この学園にいたか…?コロッケパンの最後の一口を頬張った後、うーんと考えたが見た記憶がない。檜山は「?」と俺に視線を向けてきたが別に先ほどのに悪い感じはしなかったので無視して焼きそばパンの封を開けた。うーん、良い香り。
あと残りはクリームパン。いただきまーす。
それから午後の授業が始まり、幾度か意識は飛んだがちゃんとノートは取った。宇宙語の解読がこれから始まるわけだが気にしないでおこう。檜山は「…何か」とボソリと言って、「え?」と言おうと口を開いたとたんに担任が大きな声で「ア!」と出した。それにクラスの皆はザワザワとし出して「なにー?」「なにかわすれたのー?」「もれた???」と言う中、担任は気まずそうに頬をポリポリ掻いた。
「転校生が明日から来るんだけど、今日書類とか何やらで来てたからスライディングで挨拶させようと連れてきてたんだった」
その発言にクラスメート達はバッと扉を見た。磨りガラス越しに見える背の高い影。ザワザワとした。「えっ!男の子??」「やばーい!」と声がし出す。その中で「え!てことは先生!45分間外に経たせっぱなしだったの!?」と生徒会長が言った。それに担任は「アハハハ!」と笑顔でごまかして扉をガラガラと開けた。
いや、その前にそれを言うならフライディングだろと誰かツッコめ。頭いい馬鹿しかいねーなこのクラス。
そこに経っていたのは漫画みたいに分厚い眼鏡をして目がとても小さくなったボサボサのひょろひょろな男子生徒が経っていた。その姿に女子全員は石と化し、男子生徒は目が点になっていた。逆にどうやったらそんな目が小さくなるんだ。黄シャツネイビーパンツボーイかよ。担任は「あーすまんな、まじ」と軽く謝ると転校生はオドオドして「え、あ、いや、その…」と返した。…あー…苦手。
「は、はじめ、まして…、漆原 結成(うるしはら ゆうせい)と言います…」
ぺこりと礼をした転校生はパチパチとした拍手で迎えられホッとしたのか小さく肩を下ろしていた。そりゃこんな眼鏡くんは恐ろしいよな、こんなマンモス校。
担任は「とりあえず高峰の後ろに席に折りたたみ椅子持ってって座ってろ」と教員用の折りたたみ椅子を渡して俺の後ろへ誘導した。…まぁ、別に良いけど。テッテッと音が鳴ってるような小走りをして漆原は俺の後ろへ来た。俺と目が合うと小さな声で「よ、よろしくね…」と言ってきた。なんだよ、案外普通な奴。俺も「よろしくな」と返して前を向いた。
終礼が終わると一斉にクラスメートは漆原の元へ駆け寄ってきたが漆原が失神しそうなくらいパニックになっていたから俺は檜山と漆原の手を引いて教室から出た。適当に走って北棟の屋上への扉前にある階段でハァハァと息を整えていると漆原は「あ、りがとうございま…ォェ…」と嗚咽しながらお礼を言ってきた。汚ねーな。檜山は息乱れず真顔で「?」と首を傾げてきたからもうコイツゥ…。チネリつぶしてやりてぇわ。茹でるぞ。
「てか漆原放置されてんのに気づかなかったわけ?」
「そういうシステムかと…」
「(アッ…コイツも抜けてるタイプだ)」
じっと漆原の眼鏡を見ると恥ずかしそうに漆原は目を逸らした。念のための行動だ、と漆原の顔をガッと掴んで正面にすると眼鏡越しに小さく目が見える。小さいくせにキョロキョロと動く目に苛つきながらも見ると分厚すぎて美味く目の奧が見えなかった。バッと話すと漆原は顔を真っ赤にして倒れ込んだ。ちらりと檜山を見ると檜山も首を振った。眼鏡が邪魔して上手く見えない。「漆原、眼鏡外してみろよ」と聞くとガシッと眼鏡を掴んで「こ、これは人前で外してはいけないと言われていて…」
と謝ってきた。
…まあ、別にいっか。と俺は漆原に「帰るか」と言って人の少なくなった校舎を三人で出たのだった。
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重なる もじょ @mozu073
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