第8話 暴いておやりよ、ドルバッキー
築山は、クラスの中では意識的に由奈と交流を絶っているようだった。
ふたりだけの秘め事を、わたしに壊されまいとしている抵抗のように思えて、なかなかに不愉快だった。由奈がわたしを遠ざけることなど、あってはあらない。築山の入れ知恵に違いなかった。事実、由奈は以前と変わらず、席にいる時だけは以前と変わらずわたしと話すのだ。
変わったといえば、一緒に下校することがなくなったことだ。授業が終わると、「またね」とそそくさとどこかへ消えてしまう。おそらく、築山と一緒に下校しているのだろう。教室にひとり残される寂寥感は、このクラスになって初めての経験だった。
わたしにも変化があった。机の落書きが消えたことと、落書きをする人間も消えたことだ。今里たちは、想像以上にわたしを恐れているらしい。グループの何人かは学校に来るが、わたしと関わることを意識的に避けている。肝心の今里に関しては、あれ以来全く学校に来なくなってしまった。読解力の無い女だ。わたしは学校に来るな、とまでは言った覚えはないのだけれども。
習慣も変わった。由奈と交流する時間を減らしてしまう、というジレンマはあったが、校内でふたりが関わりを持たないことに乗じ、昼休みは築山と過ごすことが多くなった。彼も当初は戸惑っているようだったが、いつの間にか、わたしがテーブルの対面に座っても驚かなくなっていた。
「明日の土曜日、予定は空いてる?」
わたしはかけそばに手をつける。何度かこの食堂に来たが、どれもひどい味だった。その中では、かけそばは粉末出汁と業務用の麺を使っていることもあってまだマシな部類の味だった。誰が作っても不味くならないという点において。
「また唐突だな」
築山が食べるのはいつも日替わり定食で、今日はチキン南蛮定食だった。添え物のキャベツを頬張りながら、味噌汁を
「デートをしましょう」
築山はわたしの発言にキャベツと味噌汁を胸に詰まらせたようで、げほげほと咳き込んだ。「彼女がいると言っただろう」、そう言いつつ水を飲んで落ち着こうとする。
「だからなに?わたしとデートをしない理由としては陳腐なものね」
由奈のスケジュールは知っている。今度の土曜日は母親と映画を観にいくはずだ。
「確かに予定はない。だが、おまえとは遊べない」
「なぜ?予定がなければいいでしょう」
「そういうことじゃないんだよ」築山は副菜を片付けて、チキン南蛮に手をつけ始める。
「人の誘いを断るにはそれなりの理由がいるものよ。わたしが決めたわ。土曜日の十二時。新町駅の中央口改札前。約束ね。わたしは時間には厳しいわ。一分でも遅れたらただでは済まさない。五分前行動を心がけることね」
「やくそく、っておれは断ってるんだが」
「いいえ、もう決まったわ」わたしはそれ以上の問答を重ねる意義は無いとばかりに、黙々とそばを口に運んだ。
新町はこの県内では賑わっている町で、よく由奈と遊びに出かけたものだった。由奈が母親と映画を観にいくのは地元のショッピングモールにあるシネマコンプレックスのはずで、万が一にも出くわすことはない。
築山。口では断ったと言っているが、やはりおまえは来るだろう。
確かに、おまえは優しい男なのかもしれない。だが裏を返すと、おまえは不器用すぎる。たとえそれがいかに一方的であっても、女と交わした約束を破れるほど冷酷にはなれないはずだ。ついてない男だ。おまえが選んだのが由奈以外の女であったなら、わたしという人間に狙われずに済んだものを。平凡な女と平凡に付き合い、平凡に別れてあとからいい思い出だった、と平凡に振り返れたものを。
築山は、まだなにかぶつぶつ言いながら、チキン南蛮とご飯を交互に口に運んでいく。こいつは、土曜日の件を由奈に言うだろうか?いや、それはない。わたしの推測に過ぎないが、校内で関わりを断つほど徹底的にわたしに関係性が露見するのを嫌っているほどだ。下手な嘘でもついてくることだろう。では由奈が勘付くおそれは?それもない。由奈は他人の悪意にあまりにも鈍感だ。築山の下手な嘘を、そのまま鵜呑みにすることだろう。
「では土曜日に」
そう宣言して、いつも通り、わたしは早めにトレーを食器返却口に持っていく。
昼休み以降、築山は由奈ともわたしとも話すこともなかった。いつも男子連中とくだらない話で盛り上がっている。時折、わたしと由奈の席の方に視線を送っているようで、目があった。わたしはいつもにこやかに微笑みかけると、慌てて顔の向きを元に戻す。
授業が終わり、下校の時間になる。由奈は「またね」とわたしに言ってそそくさとまたどこかに消えていく。いつもは心に隙間風が吹くような堪え難い瞬間だったが、今日ばかりは違った。
「ええ、またね」
満面の笑みで、わたしは由奈を送り出すことができた。
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