第7話 君よ!!俺で変われ!!

「築山くん、単刀直入に言うわね。わたしは前から、あなたのことが気になっていたの」

 築山は、飲みかけたお茶を吐き出す手前で押し留まる。

「なに、その反応は。馬鹿にしているの?」

「いや、馬鹿にはしていない。ただ、突拍子も無いなと思っただけだ」

「で?返事は?まさか女の子の告白に、お茶を吹き出すだけで終えるつもり?」

 築山は改めてコップのお茶を飲み干す。しばらく考えたあと、神妙に切り出した。

「折田。たぶん冗談だと思うけど、おれには彼女がいるんだ」

「誰なの?」

「それは、言えない」

 なるほど。そうくるか。思ったよりも築山は、頭ほど性格が悪い男ではないらしい。

 おそらく、築山はわたしと由奈の仲を知っている。ふたりの関係をこじらせまいと、気を遣った帰結。それがこの政治的な返答だろう。まあ、そんな反応では、なのだが。

「へぇ、誰なのかしら」

 わたしは、目を細めて、にっこりと微笑みかける。たぶん築山は、この場では言わないだろう。今日のところは、それで良い。こいつの立場で言えば、に対して、彼女の存在を隠すこともはぐらかすことも出来たはずだ。この返答から導き出される築山の人物像――それは良く言えば誠実、悪く言えば嘘が下手な男。わたしの計画からすれば、少しだけ厄介だ。それが分かっただけでも収穫としよう。

「今里たち、休んでるな」

 築山は日替わり定食の唐揚げ丼をかきこみながら、別の話題を振ってくる。その意図を考えながら、わたしは不味いオムレツを口に運ぶ。

「そうね」わたしは軽く流す。

「なにをした?」すかさず築山の一手。

「なにも」

 スプーンで、オムレツを一口大に切る。築山は築山で、わたしの行動に興味があるらしい。

「なにも、ね。確かにこのままなにも無ければいいけど」

 丼の底に散った米を集めながら、築山は呟く。

「なにも起こらないわ。あなたが心配するようなことは、なにも」

 業腹だが、築山の興味をそそるには、こいつが突っ込めるような隙を見せつつ、この話題を続けるほかない。

「乃木を、巻き込むなよ」

 そんな台詞を、前も聞いた気がする。

 

 ――ぎり。錆びた鉄の弦を引くような音が、頭の中に響く。どうやら無意識に歯を軋ませていたらしい。これしきのことで、感情を昂らせてはいけない。

「築山くんは、わたしを疑っているようね」

「当たり前だ。おまえは突拍子の無いことをしでかす女だ」

 我ながら、酷い言われようだ。事実だとしても。

「それとさっきから気になってたんだが、その包帯はなんだ」築山は、箸で右手の包帯を指す。マナーのない人間だ。

「軽い火傷よ。お湯をこぼしてしまったの」

「折田」築山は改まって、わたしの目を見る。

「おまえってさ、本当に何考えてるかわからないよな。秘密主義って感じ」

「否定はしないわ。“信義に二種あり。正直を守ると秘密を守るとなり。両立すべき事にあらず”って言うわね。わたしはわたしの信義を貫いているだけ。築山くんの信義はどちらかしら」

「誰の言葉だよ」

斎藤緑雨さいとうりょくう。本は読んだ方がいいわね」

 ついつい皮肉が口をつく。わたしは表面上はこいつに好かれなければならないのだが。

「それがおまえの気になってる人間に対する態度かよ」

「あら、気になっているのは本当よ。彼女がいたなんて、知らなかったけど」

 築山は寝癖頭をぽりぽりと掻いている。そう、それでいい。わたしを見ろ。そして、興味を惹かれるがいい。目を細めて、口角を上げ、にこやかに微笑んで見せよう。それが好感を持たれるプロトコルというものなのだろう?おまえは、確かに他の男どもよりは人間が出来ているかもしれない。だが、由奈には相応しくない。わたしは、おまえから、必ずや由奈を奪還して見せる。

 予鈴が鳴る。

 そろそろ教室に戻らなければならない。次は選択授業で、築山は別の教室に向かうはずだ。

「築山くん」

 わたしは立ち上がり、築山を見下ろす。

「わたしは、諦めないからね」

 そう言い放ち、トレーを持って食器返却口まで歩いていく。築山の瞳孔はわずかに開いていた。動揺、あるいは驚きのサインだ。おそらく、築山はわたしを見送っているだろう。だがわたしは振り向かない。そう演出することで、彼に印象付ける期待値を上げる。

 “信義に二種あり。正直を守ると秘密を守るとなり。両立すべき事にあらず”。

 さきほど、築山に言った台詞だが、原典で緑雨はあとにこう加えた。

 ――“秘密無き者はまこと無し”。

 おまえが誠かどうかは、じきに明らかになるだろう。

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