第4話 戦え!!何を!?人生を!!
月曜日。わたしは今里瑞穂を放課後、人気のない部活棟裏に呼び出した。
思いのほか早くやってきた彼女は、わたしを睨め付けるように仁王立ちしていた。
「なんの用?」
なんの用、か。わたしも用が無ければこんな低脳の猿にいちいち構ったりしない。
「これ以上わたしと由奈に干渉するな。わたしの用件はそれだけ。理解できたらさっさと帰っていいわ。もしはぐらかしたり、従わないようなら実力行使に出る」
「は?なにを言ってるの?なんのことだか――」
もういい。面倒だ。わたしは今里の胸ぐらを掴み、左脚を内側から蹴る。バランスを崩した今里はまともな受け身を取れずにカバンから手を離す。コンクリートの床に背中を打ち付ける。肺の中にあった空気が漏れるような、「うっ」という言葉にならない呻き声を尻目に、わたしはマウントポジションに移行する。彼女の両腕はわたしの両膝でがっちりと抑えられている。
「はぐらかすな、と言ったでしょ。わたしはあなたにお伺いをたてにきてるわけじゃない、ってことは今ので理解できたかしら?」
わたしはブレザーのポケットの中で石を握りながら、今里にどちらが優位かを説明する。
「てめえふざけん――」
返答を待たず、石を握った右手で今里の鼻あたりを殴打する。思いっきり体重をかけて。ぐちゃ、という音が拳から直接伝わる。やや時間をおいて、殴った拳の痛みが伝わってくる。そして、今里の鼻からは鮮血が吹き出す。
「今からの質問には、“はい”か“いいえ”で答えてくれると助かるわ。それ以外の答えは聞きたくない。理解できた?」
今里は鼻血と涙で顔をぐちゃぐちゃにしながらわたしを睨め付ける。肺に空気を吸い込んでいる様子が臀部から伝わる。こいつは今、大きな声を出そうとしている。わたしはもう一度拳を振り落とす。今里が避けようとして、顔を背けたせいで頰を撃ち抜く。肉の奥にある歯の感触が拳に伝達される。とても嫌な感じだ。
「頭が悪いわね。わたしは理解できた?と聞いているの。人の話はよく聞くことね」
右手がじんじんと痛み出す。わたしは彼女の頭上で手をひらひらとさせる。
「今里さん。あんまり殴らせないで。右手がとても痛いの。もう殴れそうにないくらいに。ただ、今里さんには残念なお知らせだけれど、わたしの手はもう一つある。その点を踏まえて心して答えてね。この距離だから大きな声を出さなくても聞こえるわ。どう?理解できた?」
「――はい」
流れる鼻血を拭うこともできずに、今里はそう答えた。
「いい子ね。では次の質問。わたしと由奈にこれ以上干渉しない。干渉しないって言葉がわからないならあとで辞書で引いてね。できそう?」
「――はい」
「わたしはこんなクソみたいな高校なんていつ辞めてもいい。大検なんて楽勝で受かる自信がある。あなたみたいに、高卒の資格にしがみつく必要がない。退学になってもなんともない。だから復讐とか報復とか、そういうことは考えないことね。別にやってもいいけど、わたしには常に迎撃の用意がある。わかった?」
「はい」
今里は口からも血を流しながらそう答えた。
「次が最後の質問。今からあなたを解放するけど、余計な気を起こさないこと。あなたが先に帰る。なにか捨て台詞を吐いたり、わたしの方を一度でも振り返ったら走って掴まえて、また同じことをする。痛くない方の左手で思いっきり殴る。黙って帰る。家に帰ったら、そうね。階段から落ちたことにしなさい。いいわね?」
「はい」
わたしは今里の両腕の拘束をゆっくりと解く。立ち上がり、スカートの砂を払う。今里の動きに注意を払いながら。彼女は、手で鼻を覆いながら、ふらつきながら遅れて立ち上がる。膝がガクガクと震えている。非力な女子高校生が石を握って殴ったところで、脳震盪にもならないし、歯も抜けない。鼻骨も折れない。ただ、普通の女子高校生はマウントポジションを取られて顔面を殴打される経験があまりにも乏しい。あの膝の揺れは、身体的ダメージによるものではない。今里はわたしに恐怖している。わたしはそれが確認したかった。
今里がふらふらとした足取りでカバンを拾い、校門に向かっていく。姿が見えなくなると、わたしは胸をなでおろす。安堵していると、急に膝が笑い出す。普通の女子高校生は、マウントポジションを取って他人を殴打する経験に乏しい。
「疲れた」
達成感のようなものがこみ上げてくる。これで、猿どもの露払いは済んだ。右拳が鋭い痛みをあげる。アドレナリンの分泌が落ち着いたせいだろう。近くにある水道で、患部を冷やす。かなり大きく腫れ上がっている。
「ふふ。無理もないか」
わたしは独り
なにせ今日だけで、五人もの人間を殴ったのだから。
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